Interlude: Liar Liar.
~~~ガドック~~~
「あーあ、ったく、先の見えねえ作業だぜこりゃあ」
タスクとジーンを送り出したあと、ひとり取り残されたガドックは、ぼやきながらもガリオン号の復旧作業に取り組んでいた。
麻痺していた腕は回復し、今は普通に動くようになっていた。
「……まあ内装はどうでもいいやな。外殻の傷も、デカいとこ以外は反重力スクリーン起動でなんとかなる。電装関係もオフ出来るとこは全部オフだな。吸排気系や水冷系はさすがに無視出来ねえか……ちっ」
少ない資材で亀裂や欠損の穴を埋め、短絡部を接合する。
無視出来るところは無視し、あるいは逆に取り外し、補填しなければならないところへ回す。
手先の器用さもだが、ガドックの最も優れているのは判断の的確さである。
時間も物資も限られたシチュエーション下で、それは神業と言っていいレベルの効率を発揮した。
当人はぼやいているが、船は驚くほどの速度で復旧していた。
さてその技術だが、ケルンピア警察特殊犯罪対策課の内偵官として培ったもの……ではもちろんない。
「……ちっ、前にもこんなことしてたなそういやよう。あの船もたいがいガタがきてたっけなあ……」
ふと懐かしさを感じたガドックは、作業をしながら自分の原点について思いを巡らせ始めた。
ガドック・ラッドはケルンピアの辺境星に生まれた。
町工場の技術者をしていた父親の背中を見て育ち、自身も首都星の技術学校に入学した。
卒業後、借金して友人たちと共に中古の商船を買い、星間交易商を始めた。
生活雑貨から始め、電子部品、レアメタルと、徐々に利幅の上がる商品を取り扱っていった。
顧客からの信頼を勝ち得て、商売は軌道に乗った。
港に帰れば毎晩豪遊。友人たちとジョッキを打ち合わせながら、輝く未来を語り合った。
船を追加しよう、事務所を借りて従業員を雇おう。
やがては自社ビルの購入。その頃にはいい歳だろうから、自分たち専用の個室を作って美人秘書をはべらかそう……。
肩を組んで笑った。
楽しかった。
怖いものなんて何もなかった。
だが破綻は突然訪れた。
海賊の襲撃だ。
船も積荷も、友人たちの命も失われた。
彼自身は足を折って入院していて、難を逃れた。
「……ボウヤたちは無事かねしかし……」
作業の手を止め、腰元に手を伸ばした。
古びたパイロットスーツの腰元に、小型ラジオくらいのサイズの受信機がぶら下げられている。
つまみを回し、ボリュームを上げた。
ピーガー、ノイズ交じりの機械音が、ひとりきりの室内にこだました。
「……はあーん? 生命の精霊にサソリの群れに異世界の魔法ねえー……」
発信元は超小型の盗聴器だ。タスクのパイロットスーツの胸元の、裏地の中に縫い込んである。タスクが意識を失っている間に仕込んでおいたのだ。
会話等の音声情報、いざという時のバイタルサイン、ガリオン号から直接射出した軌道バルーンを利用して、位置情報を送信してくる。リアルタイムでも聞けるし、こうしてまとめても聞ける。
おかげでガドックには、いながらにしてふたりの現状がわかる。
「……なるほどなあ、多元世界の向こうから来たガキ一匹に何を大げさなと思ってたが……どうしてどうして……」
亡霊部隊との戦い。
精霊銃暴発時のとっさの判断。
どちらもたいしたものだったが、この少年はさらに大統領の娘をモノにし、今またエーテル使いとして目覚めつつある。
「どっちの側に転ぶにしても、見張りはつけなきゃいけねえってわけだわな……こりゃあ」
ガドックはしみじみとつぶやいた。
タスクの暴れぶりは明らかに規格外だ。とても14歳の少年に出来ることとは思えない。
ペトラ・ガリンスゥやガリオン号のことを差し引いても、その行く末を注視しなければならない存在であることは間違いない。
「……ったく、損な役回りだぜ」
腹芸が得意で、注意力や観察眼に優れる。
悪を憎む強い正義心がある。
それが彼の内偵官としての長所だったが、決して好きな仕事というわけではなかった。
友情に篤い人間であるが故に辛かった。
騙す相手がいい奴であればあるほどに。
自分を信頼しきった顔を見るたびに。
タスクとは、出来れば何もない状況で出会いたかった。
内偵官のガドック・ラッドではなく、一個人のガドック・ラッドとして知り合いたかった。
「向こうじゃそろそろバレてる頃かね……」
もろともに行方不明になった時点で、ガドックの任務は内偵から警護に切り替わった。
要保護対象者であるタスクとジーンを無事に連れ帰る、あるいは共に救助を待つのが仕事になった。
向こうではガリオン号が動けない状況を想定しているはずだ。
航跡を解析し、合わせて妻の共感覚を使うはずだ。
ペトラ・ガリンスゥと歩調を合わせるためには、いくつかの情報を開示しなければならない。
その中には当然、ガドックの身分も含まれる。
身元が割れる。
エアバスの運転手のふりをして言葉巧みにタスクに近づき──嘘をつき──親交を深めた。
いまやひとり居残り、ガリオン号の修理を任されるまでになった。
船の心臓部に触れ、覗き、乗組員の生殺与奪を自在に操れる立場に立った。
すべてを明らかにした時、信頼と友情はどうなるのだろう。
そんなことを考えて──ガドックはわずかに、表情を暗くした。




