「降りかかってきた火の粉!!」
~~~小山妙子~~~
ある日のことだった。
夜中にこっそり官舎を抜け出そうとしていた御子神を捕まえた。
どこへ行くのか聞いても言を左右にして誤魔化してばかりいるので、有無を言わさずついて行くことにした。
「……なぜついて来る、小山」
地下鉄の駅に着いたところで、御子神が焦れたようにあたしをにらみつけてきた。
「監視だよ監視。あんたが抜け駆けしないように見張ってんだ」
「べ、べつに私は抜け駆けなどと……っ」
「でも、ガリオン号へは行く気だったろ?」
「ぐぅう……っ?」
ズバッと的中。
「まあそこしかないわな。あんたみたいなやつがこの星で、官舎とガリオン号以外に行く場所なんてあるわけないもんな」
あたしの指摘に御子神は、むっとした顔になった。
「人を暇人扱いするな。私だって色々とやってることはあるんだ。シロや官舎の警護以外にも、路地裏で野試合とか……」
「野試合ぃ? なんだそりゃ、辻斬りの間違いじゃなくか?」
「や、本当だぞ? こっちの人間はお祭り騒ぎが好きだからな。ちょいと肩でも当てれば、すぐに喧嘩だ決闘だとくる。すると一気に人が群がってきてな、即席の賭場のご開帳だ。みんな慣れたものでな、警察も多少のお痛はお咎めなしで見逃してくれるのだ」
「マジかよ……」
「なんとこれにはランキングもあってだな。そのランキングでは戦士のことを決闘者と呼ぶのだが、有力な決闘者の試合には億単位の金すら動くのだ」
「マンガかよ……」
そういう事情があるのなら、たしかにこいつみたいな戦闘民族が退屈することはあるまい。
「だからまあ、暇ではないのだ。毎日色々とするべきことはあって、それなりに充実している。でもな……」
「……うん?」
奥歯にものの挟まったような言い方をしながら、御子神は宇宙港の最寄り駅までの切符を買った。
地下鉄を降りたあたしたちは、宇宙港への道をふたりで歩いた。
物資の輸送路も兼ねているため、道幅は広い。
両脇はすべて宇宙港の管理地であり、金網の向こう側には野原だけが延々と広がっている。
地の果てに来たような、うら寂しい光景だ。
船の出入りを監視する千メートル超の管制塔──モデストタワーがいよいよ近くなってきた頃、御子神は観念したようにため息をついた。
「……やっぱり不足しているのだ。足りんのだ」
「何が」
「旦那様成分が」
「もうちょっと他に言い方なかったのかよ……」
直裁的すぎるだろ。
「ふん、どう言いつくろっても貴様にはお見通しだろうからな。無駄なあがきはやめたのだ。率直に言って、旦那様に会いたいのだ。顔を見て、話しをして、ちょっと戦って」
「……戦ってってのは、女としてはどうなんだろうな」
「互いの健闘を称え合って、汗を拭いてあげたりして、軽いその……せ、接触みたいなのもあったりして……」
「顔真っ赤すぎだろおい」
どことどこが接触してんだ、あんたの頭の中では。
「き、きき……貴様にはそういうのはないと言うのか! 旦那様に会いたいとか、会って色々したいとかしてほしいとか、そういったことが!」
御子神は動揺して声を荒げた。
「声でけえよ。夜中だぞ? わきまえろ」
「う……うううっ? き、貴様にはないと言うのかー……」
口に手を当てメガホンを作って、小声で訴えてくる御子神。
「なかったら来ないだろ」
「うう? あ、ああー……なるほど?」
「……まあたしかに、最近ご無沙汰だったからな」
あたしは頭の後ろで両手を組んで、空を見上げた。
澄んだ空気の中、空には名前も知らない無数の星々が瞬いている。
地球からケルンピアへ渡り、もう1週間近くが経過している。
「シロから始まって、あたしたちも気を使って。なるべくタスクに近づきすぎないようにしてた。話す言葉も控え目にして、同じ空間にいることすら極力避けて……ちょっとかわいそうかなと思ってた。なのにあいつは全然寂しそうじゃなかった。毎日喜々として、ケルンピアを全力で楽しんでるみたいな……」
「そ、そうなのだっ」
御子神が「そうそれ!」みたいな顔をした。
「旦那様も寂しくしてればいいのに、『俺、充実してます!』みたいなニコニコ笑顔で……。官舎にもさっぱり戻って来なくなって……。まるでもう、違う家の人みたいで……私のことなんかもう忘れ……うぐっ……」
「おいおい、自分で言って自分で泣くやつがあるかよ」
「うう……だって、だってぇ……っ」
ボロボロ泣き出した御子神にハンカチを差し出すと、思い切り鼻をかみやがった。
ちっ、こいつ……。
「だ、だからこうなればいっそのこと、私もガリオン号で生活を共にしようと思ったのだ。そうすればきっと、こんな不安なんか消えてなくなるから」
「……そこまで考えてたのかよ。油断も隙もない」
御子神がいつもの竹刀だけでなくずだ袋までも担いで来ていることに、今さらながら気がついた。
まさかの長期滞在プランだったとは。
あたしはちっと舌打ちした。
「ビッチめ」
「ビ……!? そこまで言うか!?」
「淫乱女とか雌犬でもいいけどな」
「よりひどく!? ……と、というかそもそもだな、これはただの精神安定のための行動であって、そのようなふしだらな行為をするためのものではないのだ!」
「ほおう……?」
あたしは目を細め、探るように御子神を見た。
掌を上にして、「その心は?」と促した。
「うぅ……っ? そ、そう改まって振られると……」
御子神は顔をうつむけ、指と指を合わせていじいじし出した。
「その……そのだな……っ。もちろん、同じ屋根の下で男女が臥所を共にするからには? 間違いが起こる可能性もあるわけだが? だが私からそうするつもりはないし? 向こうから迫って来られたって断るつもりではあるし? だ、だけど……なにせ旦那様は寝技が得意だから、抵抗及ばずそういうことになる可能性もあるわけで? かかか、かといってそれを望んでいるわけではなくてだな……っ」
おーおー、苦しい苦しい。
「抜け駆け厳禁なのは百も承知だ! だから事故が起こらないかぎりはそういった関係になることはないと断言出来る! 事故が起こらないかぎりは! 事故が起こらないかぎりはだぞ!?」
「はいはいわかった、とりあえず落ち着け」
ぽむ、とあたしは御子神の肩を叩いた。
「ま、察してやるよ。ほっとくとどこへ飛んで行っちまうかわからない風船みたいなやつだから、いっそ肉体で繋ぎ止めておきたいって気持ちは大いにわかる。あたしだってもうちょっと発育がよかったら、あんたと同じことを考えたかもしれない」
「……む? あー………………すまない」
「どこ見て謝ってんだ殺すぞ」
「全面的に謝罪する」
御子神はあたしから目を逸らした。
「ちっ……あとで覚えとけよ?」
こほんと一度咳払い。
「まあそれはそれとして、だ。あたしの場合はそれ以外にもちょっと考えてることがあるんだよ」
「考えてること?」
「最近のあいつ、なんか怪しくないか?」
「……怪しい?」
御子神はきょとんとした顔になった。
「男友達が出来たって言ってたじゃんか。ほら、初日に乗ったエアバスの運転手のおっさん。元船乗りだとかいう」
「ああ、鷲頭人の。でも男だろ? 何が怪しいって……はっ、ま、まさか、衆道的な意味で!?」
「違えよ。そういうんじゃねえよ」
しかもなんで顔赤らめてんだこいつは。
「さらに言うとだな。あいつ最近、妙に船の資材とか燃料とかのことを知りたがるんだ。どこで何が買えるか、いくらかかるか。どれだけの期間継続して航行できるのか」
「ふうむ……?」
「なあ、まるで旅の準備でもしてるみたいだろ? 自分に足りない知識や経験をおっさんから教授してもらって、勝手に旅に出ようとしてるみたいな」
「旅に? この過密スケジュールの中で、いったいどこへ行こうというのだ?」
御子神はぽかーんと口を開けた。
「わからんよ。そこまではさすがに。だけどさ、あいつは昔からそういうとこあったからな。ふと思いついて計画して、誰にも告げずに旅に出る。みんながヤキモキする中、一週間後にふらっと帰ってきて、首長竜の化石だとか紅水晶の勾玉だとかヒヒイロカネの七支剣だとか、怪しげなお土産を携えて、ニコニコ笑顔で冒険を語る」
「だ、だが今回はそういうわけにはいくまい? なんと言ったってモノがモノだ。次元破砕船だぞ? 旅の範囲が異なる」
「そりゃそうさ。だけどまあ……そこはタスクだからさ。何がしかの理由があれば、あいつはやるぞ?」
「理由……」
「例えば可愛い女の子に頼まれたりとか」
「……ありそう!」
「だろ?」
あたしたちはうなずき合った。
そうだ、あいつならそれぐらいはやる。
すべての女の子にきちんと向き合う。
そのためなら、きっと手段すら選ばない。
「最近とみに女慣れしてきた感じもあるしな。おかしなことにならないうちに、そろそろブスッと釘を刺しとかんとと思ってたんだ」
外れてたら外れてたでいいわけだしな。
「おのれ旦那様……私というものがありながら、女にねだられて旅行だと……? なんと怪しからん!」
一方御子神は、勝手に妄想して勝手に嫉妬の炎を燃やしている。
「や、まだただの想像の段階だけどな? 証拠はなにもないけどな?」
一応訂正するが……。
「いーや! 私にはわかる! 旦那様が爛れた生活をしている姿が目に浮かぶ! きっと船に女を連れ込んでいるに違いないのだ! 今も今とて、くんずほぐれついやらしいことをしているに違いないのだ! お・の・れえぇ~!」
すでに御子神の頭の中では、タスクの浮気が確定事項になっていた。
顔を合わせた瞬間に襲いかかりそうな勢いで怒っている。
「……ま、それはそれで面白いからいいか」
悲鳴を上げて逃げ惑うタスクの姿を想像し、あたしは少し笑った。
バシバシと竹刀でガードレールを叩き出した御子神から、少し距離をおいた。
と──
路肩にバギーが数台停車していた。
揃いの革のツナギを着てシルバーアクセをじゃらじゃらさせた、一見して品のない連中が、酒瓶片手にドンチャン騒ぎをしている。
……いるんだなあ、こっちの世界にも。
「あっれー? 姉御ぉー。なあーんか、女がふたり来ましたぜー?」
金髪モヒカンの男が、あたしらを見て頭の悪そうな声を出した。
「はあ? 女? 知るかいそんなもん、それよりちゃんと船を見張ってな!」
リーダー格の女が、双眼鏡を覗いている。
薄紫色の髪、褐色の肌。革のツナギの胸元が大きく開き、蠱惑的な谷間が覗いている。
身体にぴったりフィットしたツナギの腰のポッケには、光線銃が左右に二丁納められている。
「ちっ……! ジーンの奴、こんな大事な時期に男と船にしけこむなんて、舐めた真似してくれるじゃないか!」
……何をしてるのかはわからないが、ずいぶんと暇そうなやつらだ。
「でもでもさ-、姉御ぉー。ひとりは棒きれ振り回してるし、ひとりはめっちゃこっちにらんでるー」
「うるさいねえもう! 女のひとりやふたり、裸にひん剥いて泣かせちまえばいいだろうが!」
蓮っ葉な言葉づかいで吐き捨てる女。
男たちは口々に歓声を上げた。
「えー? いいんすかー?」
「やったー、お許しが出たー!」
「オレでっかいほう! でっかいのがイイ! やっぱ女は乳だよな乳!」
「いやいやいや、オレもそっちなんだけど……ってーか、色々小さいほうはほっとけばよくね? ああゆうのはデンゴローみたいな特殊性癖のやつに任せとこうぜ」
「う? ううー? おで? おでにくえゆの?」
男たちはウキウキとこちらに向かって来る。
金髪モヒカン、ライオンへア、偏向グラス、トウモロコシヘッド、スキンヘッドのデブ。
全部で5人。
それぞれが光線銃や電磁警棒、ナイフにチェーンなどで武装している。
「……御子神」
「言われるまでもない」
「殺せ」
「……そ、そこまで言われるとは思ってなかった」
あたしは御子神からずだ袋を受け取ると、邪魔にならない位置まで下がった。
「法が許さなくてもあたしが許す。いいから殺せ」
「そ、そうか……」
あたしの言葉に御子神はわずかに動揺したが……。
竹刀を構えた瞬間、ピタリと落ち着いた。
ふうと静かに息を吐くと、きりり引き締まった表情で男たちに対した。
「まあよかろう。せっかく降りかかってきた火の粉だ。殺すまではいかなくても、せいぜい楽しませてもらうとしよう──」




