「外灯の下で彼女は!!」
~~~新堂助~~~
シェバの店を出た俺とガドックは、人気のない道を選んで歩いた。
角から角へ、路地裏から路地裏へ。
尾行者は、そのつど慌てて追ってきた。
パタパタ足音をたてて、ちょいちょい物にぶつかって。
心得のある者のすることじゃなかった。
「ふっふっふ……トーシロはこれだから困るぜ……」
「……そういうおまえはどこから目線なんだよ」
ガドックはため息をつきながら俺の頭を叩いた。
「んーで、このあとどうすんだ? 嫁に会わせるってのはあれか、つけて来てんのが嫁ってことか?」
「たぶんな。ほら俺、ここんとこ毎晩ガドックと呑んでるじゃん? 家にもあまり帰ってないし、きっとみんな寂しくしてんじゃねえかと思ってたんだよ。そうしたら、頭からすっぽりローブを被った怪しいのが俺をじろじろ見てるじゃんか。ティンときたわけだよ俺は」
「たしかに、ただのファンならここまで追ってはこねえだろうが……」
ガドックは半信半疑みたいな顔になった。
ちょうどよい地勢を発見した俺は、角を曲がった瞬間、ガドックを細い小道に押し込んだ。
「お、おい……。いきなりどうし……っ」
「しーっ、ここで仕掛けるっ」
俺は手近の建物の鉄階段の手すりに跳び乗ると、上の階の底部に手を伸ばした。ぐいっと引っ張り体を持ち上げ、一瞬で2階部分に到達した。
「トレク猿みたいな動きしやがって……」
ガドックの呆れにも似たつぶやきを聞きながら、息を殺して隠れた。
尾行者は、角を曲がった瞬間棒立ちになった。
「え? ウソだろ?」
左右をキョロキョロ見回している。
その後ろに、音もなく降り立った。
一気に距離を詰め、背後からガバリと抱き付いた。
「捕ったどおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「うわあああああああああああああああああっ!?」
悲鳴を上げる尾行者を、引きずり込むようにして寝技に持ち込んだ。
胴に足を回してロックし、空いた両手で体の前面を撫で擦った。
「さあさあさあ、誰だ誰だ誰だあぁーっ? 旦那の後を尾行してきた可愛い嫁さんはぁーっ?」
「いやぁああああああああああああああああっ!?」
「むむっ、この体格は? ……ふうむ、御子神にしちゃ小さすぎるしシロにしては大きすぎる……。てことは妙子か?」
「やめろよ! バ……ッ、バカバカ! どこ触ってんだよ!?」
「この威勢のいい返答は妙子っぽいが……にしては胸の触り心地が……んー、ちょっと大きい?」
「やめてよ! ホントにやめてよ! つけたりしたのは謝るからぁ!」
尾行者は必死に俺の腕から胸をガードしようとするが、無駄な努力だ。俺に寝技で勝てるものか。
たやすく抵抗を抑え込みながら、俺は確認作業を続けた。
「……まさか妙子、成長期か? それとも俺の日頃努力が実を結んだか……。いずれにしてもよかったなあ、毎日朝晩牛乳を飲んでた甲斐があったなあ……」
「誰だよそれ! 知らないよ! ボクは妙子なんて名前じゃない!」
「妙子はみんなそう言うんだよ」
「酔っ払いはみんなそう言うみたいに言うんじゃないよ! 人違いだって言ってるだろ!?」
「え、人違い?」
「そうだよ! ……ああもう、なんで手を止めてくれないんだよ! 人違いだってわかったらこれ以上揉む必要ないだろ!?」
「待て待て、もう少しちょっとこう……役得みたいなのをだな。俺ってハーレム主人公だからほれ。女の子の体を楽しむのが義務というか、そういう付帯条項があるというか」
「わけわかんないよもう! あああ……っ、もう! どうなっても知らないからな!? キミが悪いんだから! 死んでも恨まないでよ!?」
「え、死ぬ……っ?」
カキンッと、金属製のパーツ同士が嵌るような音がした。
瞬間──
ゾクリと、背筋に寒気が走った。
本能に従って、俺は尾行者の体を突き飛ばした。
ドズンッ。
俺の横の地面に、レーザー光線のようなものが突き刺さった。
アスファルトの地面に拳大の穴が開き、シュウウッと白い煙が上がった。
「そ、それはまさか光線銃……こっちでは実用化されてるのかっ?」
「ふ……フローズン社製の光線銃LP-9だっ。言っとくが、防弾ベストもボディアーマーも意味ないぜ? 防具ごと焼き払える大出力の最新型だからなっ」
尾行者は怒りに震える手で光線銃を構えている。
「オッケオッケ、俺の負けだ。お手上げだよ」
降参とばかりに手を上げる俺。
だが尾行者は銃を降ろさない。
「……謝って」
「え?」
「だから、謝って。ボクの……を……。触ったこと……」
もごもごと口ごもる尾行者。
「え? 聞こえなかった」
「だから……をだよ……」
「え? なに? もっと大きな声で言ってくれよ。じゃないと謝れないよ」
「うぅ……」
「どうしたよ? なんで言いづらそうにしてるんだよ? 俺がおまえの何を触ったから謝れって? 何をどのようにどの程度の力加減で?」
「くっ……こいつ……っ? ……わ、わかったよ。もういいよ……」
尾行者はめんどくさそうに手を振ったが、俺は容赦なく追い打ちをかけた。
「えー? なんだってー? よっく聞こえないなあーっ? 何がいいってー?」
「もう……っ、キミ、わざとやってるだろっ」
「わざとぉ? そいつは心外だな。俺は本気で聞こえてないんだぜ? ほら、おまえがフードなんか被ってもごもごやってるから」
「え? あ、そっか……」
外灯の下、尾行者は素直にフードをめくった。
天使がそこにいた。
光そのものを梳いたようなベリーショート。青空を映したような碧眼。顔立ちは超がつくほど整っている。
──か……っ。
俺は思わず息を呑んだ。
──可愛いぃぃぃいっ!
心の中の女子格付け審査員たち(スーツに蝶ネクタイの紳士たち)が、10点のプラカードを大量に掲げた。
「ろ、ローブ自体もけっこう怪しくて悪目立ちするから、それごと脱いだほうがいいと思う」
「え、そう? うぅ……似合ってると思ったのにな……」
ちょっとしょんぼりしながら、女の子はローブを脱いだ。
ガンマンがそこにいた。
背は160無いくらい、四肢は小鹿みたいにすんなりと伸びている。短パンにシャツ、革のベスト。ホルスターに光線銃二丁。首にひもがついてるなと思ったら、テンガロンハットをひっかけているようだった。
──可愛い、可愛い、可愛いっ。やだなにこの子っ。コスプレしてんの? ガンマンコスなのっ?
こっちにもそういう文化あったのっ?
「これでいい……かな? もう聞こえるし、もう怪しくない……?」
おっかなびっくりというように、女の子は小首をかしげて聞いてくる。
──えええええええっ!? なにそのムーブ! わざとなの!? わざと可愛い動きしてんの!? え……っ天然なの!? 天然ムーブでここまで俺のハートをがっつり掴んじゃった!? こいつは末恐ろしい逸材だあぁぁぁあっ!
心の中の審査員たちが鼻血を噴いて倒れていく。
「大丈夫だ可愛い人よ。いまやきみの声は天上の調べのように俺の胸を幸福で満たしているよ」
「ごめんちょっと何言ってるかわかんない」
「大丈夫、すぐにわかるようにしてあげるから。速やかにふたりきりになれるところに行こう。出来ればピンクの電飾のついた看板がかかってる建物がいいな。極限まで余分なものを取っ払った状態で、リラックスして話しをしよう」
「……ちょっと怖いから離れてくれるかな」
イケボを出しながら近寄る俺から、怯えるように女の子は距離をとった。
なぜだ。
あ、そうか。
「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺としたことが焦り過ぎた。段階を踏まずにいきなりとは、紳士にあるまじき行為だった。テヘペロだ」
「初対面の女の子の体をベタベタ触ろうとする紳士……」
女の子は疑わし気な目で俺を見た。
「ともかくだ、俺の名前は……」
「知ってるよ。シンドー・タスクだろ? 祈祷世界クロスアリアの『嫁』のパートナー」
「ほう、俺の名を知るとはなかなかに見どころのある女子だ。ご褒美にサインをやろうか?」
「ニュースでさんざんやってるからね。女の敵だって、半径1メートル以内に近寄った女性を妊娠させずにはいられない、若年性ハーレム症候群の罹患者だって」
「……ソースに問題があるようだな。ちょっとそのテレビ局の名前を……」
「別にいいよ、キミがどういう人間であれ関係ない。ボクに変なことしようとしたら撃ち殺すだけだ」
怖いセリフを吐きながら、女の子は胸に手を当てた。
「ボクの名前はジーン。ジーン・ソーンクロフト。現大統領ソニア・ソーンクロフトの娘だ」
「へえ、偉いさんの娘か……」
「今日はキミに頼みがあってやって来た」
「頼み?」
「そうだ。お願いだからボクを……」
──連れ去って欲しいんだ。




