「禁呪詠唱!!」
~~~新堂助~~~
──そなたは、無敵じゃ。
その言葉の衝撃によろめいた。
「くっくっくっくっ……」
(ど……どうした? タスク)
俺は自らのものとなった体を見下ろした。
白い髪、白い肌、白い巫女服。琥珀色の瞳以外のすべてが白。
小さな体には、けれど驚くほどのエネルギーが詰まっている。
月までだって跳べそうな、星だって砕けそうな、純粋な力の化身。
「……はっ」
思わず笑ってしまった。
荒唐無稽で怪力乱神で──でもそうだ。これこそが俺の望んでいたことなんだ。
永遠の時を、無限の世界を旅する力を。
地球人という枠すら飛び越えた、物語世界の住人にしか持ちえない力を。
ずっと夢想してた。
ずっと妄想してた。
想像が、現実となった。
いつか火裂東吾は言ってた。自分に憧れる少年に対してこう言った。
──どうやったら俺みたいに強くなれるのか教えてくれ? やっぱり天与の才能がなくちゃダメなのかだと?
──違う。意志の力だ。強くあろうとする意志が、その者を強くするのだ。そう思った瞬間から、貴様は変わるのだ。
──ただ念じろ。己を強く信じろ。吼えろ。
「──俺は、無敵だ!」
俺は吼えた。
まっすぐに走った。
ぐんと加速した。
景色が後ろへぶっ飛ぶ。
ラリオスの斧が真正面から落ちてくる。
わずかに右へ避けた。
斧は地面を断ち割るように沈み込んでいく。
手首に跳び乗った。
そのまま腕の上を走った。ラリオスの顔の高さまで瞬時に駆け上った。
「ギギ……ッ!?」
驚くラリオスの顔面を思い切り蹴り飛ばした。
ガツン、足先に重い手ごたえがあった。
ラリオスの顔が、首をギシギシと軋ませながら横を向いた。
「──固ぇなおい!」
さすがは何百トンって石の塊だ。爪先を蹴り込んだところがちょこっと抉れたくらいで、ダメージとしてはさほどでもなさそうだ。
めげずに数発、拳を叩きこんだ。頬を、耳を強く打った。
ズルリ……長い舌が生き物みたいに伸びて来た。
「……うげっ」
バク転でそれを躱した。
距離をとりつつ、与えたダメージのほどを確認した。
拳大の穴が数個。ヒビ少々。
「……ちぇっ。キリがねえや」
考えてみりゃ傷を負っても血が出るわけじゃなし骨が折れるわけでもなし、そもそも痛覚すらなさそうだし、石像ってのはこうしてみるとやりづらい相手だな。
「──ま、それならそれでやりようはあるってもんだけどな!」
念じると、ブゥンと音をたて、手の中に光帯剣が現れた。
「おおっ、ホントに出た!」
じぃんと感動。
有名なSF映画でも似たようなやつがある。
刀身が金属ではなく、意志力の具現化である光の塊で出来た剣。光故に軽く、光故に切れ味鋭い。あと、振る時ブォンブォン音がしてかっこいい。
うるさげに髪を振り回すラリオスの肩から飛び降りると、落下の勢いのままに右膝に深々と突き刺した。
「……ギッ!?」
手前に引くと、紙でも斬るように石が斬れた。
ただでさえ自重を支えるのが大変な石像だ。これでもう満足な歩行は出来まい。
「ガアアアアッ……!」
苛立ったラリオスが、膝のすれすれにいる俺を狙って左の斧を振り下ろしてきた。
振り向きざま剣を振るうと、手首から先が吹っ飛んだ。
斧を握ったままのラリオスの手が、地響きをたてて遠くの地面に落ちた。
「……へっ、こいつぁいいや」
縦横に剣を振るった。
乳房を裂き、髪を斬り、もう片方の手首をも斬り飛ばした。
「ギ……ガッ……!?」
ラリオスはショックを受けたように己の体を見下ろしている。
「おおーっと! これは凄いシロ選手! ラリオス選手の巨体をいとも容易く切り刻んだー!」
ゼッカ大黒が興奮した声を上げる。
「ふっふっふっ……! あーはっはっはっはぁ!」
神殿の屋根に立ってラリオスを見下ろした。
腰に手を当て、全力で勝利宣言した。
「小さいからってなめんなよ! そうなっちまったらなにも出来まい! 俺の勝ち! ブイ! ウィナー! 石の神様ごとき何するものぞだ!」
両手首から先を失い、片足は半分がた千切れかけ、もはやラリオスには満足な攻撃手段が残っていない。
(す……すごいなタスク! そなたは本当にすごいな! そなたを選んでよかった! そなたが契約者でよかった!)
シロが感極まったような声を出す。
「はっはっは!! そうだろうそぉうだろう! もっとだ! もっと褒めてくれたまえシロくん!」
(いよっタスク! 男前!)
「うんうん」
(いよっタスク! 人類最強! 80億分の一の男!)
「そうだろうそうだろう! あーっはっはっはっ!」
(……あれ……タスク?)
「ん? どうした?」
シロの声の変化に気づいてラリオスのほうを見た。
目が合った。ラリオスは俺に向け、ぱかっと口を開いていた。
真っ暗な口腔の中に、チカッと赤い光の点が見えた。
「………………え?」
(ヤバいぞタスク! 避けろ!)
シロの注意に従って、俺は咄嗟に上へ跳んだ。
直後、ラリオスの口から熱閃が発射された。
直径2メートルはあろうかっていう熱の光線が、ついさっきまで俺のいた屋根を神殿ごと焼き払った。
「じゅううっ……!」とバターでも溶かすように融解した。
「おいおいおいおい威力凄すぎだろ! 石の融点って何度だよ!? おまえは何神兵だよ!?」
凄まじい威力だった。あのままあそこにいたら、一瞬で焼き尽くされ蒸発していたに違いない。
(──あ)
「──ん?」
宙へ跳んだままの俺に向かって、ラリオスが再び口を開いた。
「連発できんのかよ!?」
(ぴゃああああああああ!? 死ぃぬううううううううう!?)
シロが悲鳴を上げた。
さすがに空中では身動きがとれない。回避も出来ない。
口腔の中に赤い光が灯る。身じろぎするように蠢き、その都度徐々に大きさを増していく。
(こ、こらタスク! 早くあれをなんとかしろ! 万能無敵のなんちゃらと言っておったじゃろうが!)
両の手指を組み合わせ絡み合わせ、俺は忍者みたいに素早く手印を結んだ。
「……落ち着けシロ」
(これが落ち着いていられるかあああ!)
「……静かに」
神経を集中しながら、半眼でつぶやく。
「……火裂東吾は、古代魔法の使い手でもあるんだぜ?」
体内を巡る魔素の流れを意識した。
青白い光を放つ無数の糸。
火裂東吾の細胞同士を結束する、強靭で強大な力の源。
それをイメージした。
かっと目を開いた。
「『リ・ブルム! リ・ブルム! 翼持つ者の王! 偉大なる龍どもの長よ! 我が命令を聞け!』」
辺り一帯の空気が強い電荷を帯びる。両掌に風とともに集まり、巨大な力場を形成する。
「『我が命令は絶対なり! 汝の牙を剣に変えよ! 汝の翼を風に変えよ! 血も肉も皮も、持てる全てを捧げ尽くせ! 汝は我と我が主の供物なり!』」
両手に集まった風雷を頭上で併せひと塊と成した。
「消し飛べ──『龍雷』!!」
巨大な球電が、俺の手から解き放たれた。
ラリオスの口から熱閃が発射された。
両者は空中で衝突した。
せめぎ合い、拮抗した。
(いけ……いけ……いけ……!)
シロが力んだ声を出す。
「ガ……ア……ッ!」
ラリオスの全身が軋む。
衆生が思い描いた神様の像。似姿。人々の思いの形。
神像世界の女神様。
思念の力だって、そりゃあ相当なもんだろう。
一個人のそれと比べるなんて、本来なら失礼なことかもしれない。
(タスク……頼む……!)
シロが必死で祈り捧げてる。
負け続きだった祈祷世界の姫巫女が、真摯に祈りを捧げてる。
脳の奥に、じんじんと痺れが走る。
咄嗟の祈りが俺へのものであることが、ちょっと嬉しかった。
神でなく、奇跡でなく、ただ俺を信じてくれている。俺の勝利を願ってくれている。
たとえそれが、イコール自分のためのものであったとしても――今この一瞬は、シロの祈りは俺だけのものだ。
それがひたすらに嬉しかった。
ふつふつと煮えたぎるように、体に力が湧いて来た。
俺はヒーローだ。人々の平安を守る、女の子たちの笑顔を守る英雄だ。
たったひとりの女の子のためなら、こんなにも可愛い嫁のためならば、俺は何でも出来る。
──神にだって、打ち勝てる。
「俺は……無敵だ!」
強く吼えた。
拳を握った。
魔力が継ぎ足されたように、球電が大きさを増した。輝きを強めた。
拮抗が、崩れた。
──キュボッ。
熱閃を弾き、せめぎ合いを制した球電がラリオスの顔面を捉えた。