「多重攻撃!!」
~~~新堂助~~~
「っしゃあああ! 次はあんたの番だぜ!? 風!」
大蜘蛛の右後方、最も後ろの足に外掛けを掛けて崩したところで、ちょうど逆側にいる風に声をかけた。
「……小僧、我を誰だと心得る」
言われるまでもないとばかりに吐き捨てると、風は走り出した。
体操選手のような動きで二転、三転と倒立前方回転を繰り返した。
そして天高く跳躍。
くるくると回転すると、そのまま大地を揺るがすような勢いで着地した。
着地したのは大蜘蛛の左後方、最も後ろの足の裏側、人間で言うなら膝の裏。
「──噴!!」
気合い一声。
足の裏から発した閃光のようなエーテル光が渦巻のように旋回しつつ、股関節を通して丹田へ、丹田を経由して胸へ、肩へ、肘を通過し、即座に拳へと到達した。
心技体の合一した、無駄の無い直突き。
インパクトの瞬間に最大量のエーテルを集約させた完璧な一撃が、ドンと凄まじい轟音を立てつつ大蜘蛛の膝裏を直撃した。
50メートル超の巨体を、ぐらり大きく傾がせた。
──ギャアアアアアッ!?
左右の足をほぼ同時に崩された大蜘蛛は、腹ばいになるような形でその場に伏した。
機動総覧武会会場の地面に伏した──隙が、出来た。
「今だ! ジーン! 龍花!」
「放て! 娘ども!」
俺と風の発声は同時。
遠く離れた位置にいるジーンと龍花に、時の到来を告げた。
~~~ジーン・ソーンクロフト~~~
「へっへー、言われるまでもないってねー!」
王虎に肩車をされた格好で、ジーンはニヤリと笑った。
笑いながら、精霊銃をスチャリ構えた。
「土台役は任せろ! ジーン殿!」
叫びながら、王虎は腰を落とした、
デカい両足の外装がガチャリと外れ、中から支持脚が飛び出し、深く地面に突き刺さった。
「おっけー! 頼りにしてるよ!」
ジーンは深く息を吸い込むと、呪文の詠唱に入った。
「『リ・リ・ヴァルビュート・アライラム! 我、汝と共に在り! 古き嵐の精霊よ! 汝の牙は我の牙なり! 汝の爪は我の爪なり!』」
精晶石の奥底に、ポツリと青白い光が灯った。
それはぐんぐんと輝度を増し、やがて恒星のような閃光となった。
ジーンそして王虎の体そのものを覆い隠すかのように、まばゆく光った。
足元から風が生じた。
それは徐々に風速を上げ、やがて竜巻のような暴風となった。
ジーンそして王虎の体を取り巻くように吹きすさんだ。
「『怒りも嘆きも、死ですらも共に分かち合わんことをここに誓う! 聞け、我と一身なる者よ! 見よ、我と一心なる者よ! 眼前なるは、我と汝の仇敵なるぞ! 切り裂け! 穿て! 復讐の雄叫びを上げろ!』」
猛る精霊の偉大な力そのものとなったジーンは、銃口をまっすぐに大蜘蛛に向けた。
「さあ、思い知らせてやろうじゃないか古き嵐の精霊! 相手は人と機械人の敵! 命を塵とすら思わない巨悪なんて、キミの最も嫌いとするタイプだろ!?」
ジャンゴ以来の相棒を鼓舞すると、カチリ引き金を引いた。
~~~龍花~~~
「ううううう~……」
龍花は観客席の椅子の背もたれに隠れるようにしていた。
逃げ遅れた観客の悲鳴と苦痛の呻き、怒号が飛び交う中、身を震わせていた。
「ううううう~……」
自分が何をしなければいけないかはわかっている。
風の言う通り、タイミングを合わせて劫砲を放つ、ただそれだけ。
それだけなのだけど、今の彼女にとっては難事業だ。
怖くて、恐ろしくて、出来ることならこの場にずっと隠れていたかった。
すべてが終わって、脅威が無くなってからゆっくりと顔を上げたかった。
出来ればタスクに、優しく手を引いて欲しかった。
でも、そんなわけにはいかない。
風の指示はタスクの指示であり、龍花はそれを受け入れた。
つまりタスクと直接約束を交わしたようなものだ。
約束を破れば、タスクはきっとがっかりするだろう。
怒って、手を上げるぐらいのことはするかもしれない。
あるいは失望して、相手にしてくれなくなるかもしれない。
もう二度と、あの笑顔を向けてくれなくなるかもしれない。
もう二度と、あんなに優しい言葉をかけてくれなくなるかもしれない。
そんなのは嫌だ。
それだけは、絶対に。
「ううううう~……」
龍花は背もたれに手をかけると、おそるおそる顔を上げた。
タスクと風が目まぐるしく動き、飛び回り、大蜘蛛の後ろ足に技を仕掛け──倒した。
「あ……っ」
今だ、と思った。
これ以上ない絶好機。
体勢を崩した大蜘蛛は、おそらく劫砲を躱せない。
どてっ腹に一撃、それは致命的な傷となるはずで……。
──今だ! ジーン! 龍花!
タスクが大声を上げ、こちらを見た。
自ら光を発するような強い目を、こちらに向けた。
シロという少女の中から、自分に──
「くっ……うっ……あっ……!」
その瞬間、龍花の体は自然と動いた。
それが当然であるとでもいうかのように、シームレスに。
プラスチック製の椅子をバリンと踏み割ると、両手両足でアスファルトを砕くように掴んだ。
支持脚のように尻尾を地面につけ、その身を固定した。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あー…………っ!!!!」
恐れを振り切るかのように強く高く叫ぶと、そのまま深く息を吸い込み、火袋へと引き入れた。
燃素と酸素が混合してガスを生じ、それはぶくり急速に膨らんだ。
キュボゥッ。
空気が一点に収束して破裂するような音と共に、劫砲は放たれた。




