「電光石火!!」
~~~新堂助~~~
「はあ……! はあ……! はあ……!」
「ふう……! ふう……! ふう……!」
錯乱した御子神が、俺の貞操を奪おうと襲いかかってきた。
突然の凶行に不意をつかれた俺は、なすすべなく組み伏せられた。
床にうつぶせになってる俺の上に、御子神が馬乗りになった。
いわゆるバックマウントの体勢だ。
この体勢では突きも蹴りも打てない、関節技にだって持ち込めない。
逆に御子神からはなんでも出来る。
普通の格闘技の試合なら、この体勢になった時点で勝負あり。結着。おしまい。
だけどこれは試合じゃない。
戦いの本番は、むしろここからだ。
「はあ……! はあ……! はあ……! も、もう堪忍するのだ旦那様! 無駄な抵抗はやめて、私にその身を委ねるがいい! 大丈夫だから! 絶対優しくするから!」
御子神は息を荒くして、懐柔の言葉を繰り返してくる。
「ふう……! ふう……! う、うるせー! キメ顔で『……死ぬなよ? 旦那様』みたいなこと言ってたやつの言葉が信用できるか!」
「絶対加減するから!」
「体育会系の『加減する』は信用ならねえんだよ!」
「ちょっとだけ! ちょっとだけだから!」
「完っ全に変態オヤジの台詞じゃねえか!」
「だ……誰が変態オヤジか!」
心外、みたいに御子神は言うけれど。
「おまえだおまえ! 今まさに鼻息荒くして、俺のズボン脱がそうとして頑張ってるおまえのことだよ!」
「こ……これは健全な夫婦の営みだ! 貴様が変に抵抗するからそんな風に見えるだけだ!」
「いきなりこんなことされて抵抗しないやつがいるか! このエッチ! 変態! スケベ!」
「ふ……ふん! 言っただろう、健全な夫婦の営みだと! 私には後ろめたいことなどなにひとつない! そんなこといくら言われたって堪えるものか! 柳に風と受け流してやる!」
「性犯罪者! レイプ魔!」
「そ……そこまで言うか!?」
「性依存症! 異常性欲者!」
「ううううう……っ!?」
「色情狂! ニンフォマニア!」
「聞こえない聞こえない! 聞こえないもん! あーあーあー! あーあーあーあーあー!」
くそ……っ!
どうしてこいつはこんな風になっちまたんだ!
「ちくしょう! ちょっと前まではドラマのキスシーンでさえ目を背けるようなうぶな女の子だったのに! 誰だおまえは! 俺の可愛い御子神をどこへやった!」
「か……か……可愛いだと!?」
「勝手に頬染めてんじゃねえよ! おまえじゃねえ! お前は俺の知ってる俺の御子神じゃねえ! チェンジだチェンジ! チェエエエーンジ!」
「ううううう……っ!? こ……この、なんてことを言うんだ貴様……! 私は今、いたく傷ついたからな!? 絶対許さないからな!? ちょっとだけ眠ってもらう! 大丈夫だ! 目覚めた時には正しい旦那様に戻っているから! 安心しろ!」
「安心できるかああああああああ!」
業を煮やした御子神が、ぐるりと俺の首に腕を回してきた。
首を締め上げて大人しくさせようとの狙いなんだろう。
つうか、気絶してる俺に何をするつもりなんだこいつは。
その発想がおそろしいわ。
ま、だけどさ。
俺に関節技で勝負を挑むって? そいつは……。
──ミスだぜ、御子神!
今まさに首に回された御子神の手。
道着の袖から伸びた白い手首。
そこに思い切り噛みついた。
噛みつき。
一般的な格闘技の試合なんかではまずお目にかかることはない技だ。
というか普通は禁止されてる。単純に危ないからだ。
歯ってのは人間の体の中でも相当に硬い部分で、尖ってて、血管ぐらい簡単に引き裂ける。
視覚的にも効果は抜群で──
「い……っ!?」
想定外の反撃に、御子神は明らかに怯んだ。
俺の行動に驚き、腰を浮かせた。
「三条流は古流武術だからな! こういう裏技も教えてくれるんだよ!」
俺は口を放すと、ぐるり強引に横回転した。
御子神の腰はさらに浮き、半立ち状態になった、
その足首をとった。
御子神はバランスを崩し、前に倒れた。
「く……!? この……!」
御子神流は古式剣術だ。
打撃や関節技への対処は教えてくれても、しょせんは教養程度のものだ。
本気の俺の関節技からは逃れられない。
「離せ……!」
御子神は必死に足を飛ばしてきた。
狙いは俺の顔面。
蹴り離そうとの狙いだが……。
「はい残念賞ぉー!」
顔を倒して蹴りを躱した。
同時に御子神の片足を股に挟んだ。
剣道着の裾を掴んでロックした。
顔を倒す動きを、そのまま全身での横回転の動きへと繋げた。
ぐるんっ。
あっさりと、御子神の体が一回転した。
「ひ……っ!?」
御子神が悲鳴を上げたが、もう遅い。
回転の中、俺は御子神の膝を抱えこんだ。
回転が止まると同時、全身で、後ろにのけぞるようにして極めていた。
電光石火の膝十字固め。
御子神は顔を真っ赤にして床を叩いて、降参の意を示した。
「ぐ……っ、くっ、くそお……っ!」
「へっ、これで俺の1100勝目だな! 先に大台到達だ!」
「ぐやじぃぃぃ……っ!」
膝十字固めを極めたまま煽ると、御子神は悔しげに呻いた。
「まさか女子供のように噛みついてくるとは……! 恥を知れ! 旦那様!」
「はああああっ!? 知らないのお!? おまえ、武道を志してるくせに知らないのお!? 噛みつきなんて、俺たちの業界じゃ一般的な技術なんですうう! かのブルース・リー御大だって認めてる、正当な技なんですううう!」
「そ……そんなことを!? リー様が!?」
ブルース・リーをリー様という女の子、カッコ14歳。
「ひいーひっひっひ! 悔しいか!? 知らなかったのが悔しいか!? なあ御子神ぃ!」
「ううううう……っ!?」
「人を襲っておいて、しかも返り討ちにあってタップまでさせられて、あげくリー様知識でも後れをとって! ねえどんな気持ち!? いまおまえ、どんな気持ちでいんの!?」
「おおおおおのおおおれえええええ……!」
「ひいーっひっひっひ!」
「……なーにやってんだ? あんたら……」
気がつけば、妙子が半眼で俺たちを見下ろしてた。
「もおー……っ。うるさいぞー、タスクぅー……」
寝ぼけまなこのシロが、目を擦りながら寝室から出てきた。
そして。
──にゃー!? 死ぃぬううううううっ!?
階下から聞こえた悲鳴に、俺たちは顔を見合わせた。




