「宴の始まり!!」
~~~新堂助~~~
宴が始まった。
俺の飲み物はいつものサリア乳酒。
ジョッキでぐいぐい呷っていく。
「よっタスク。いい呑みっぷりだねえー」
隣の席のジーンもまた、サリア乳酒をがぶがぶいっている。
「やっぱり冒険者はそうでなくっちゃねっ」
なんて言いつつも、俺たちはそんなに強くない。
アルコール度数の低いサリア乳酒でも、ジョッキに3杯が限界といったところだろう。
この席だと強いのはアリア姉さんとゼシカさん。
ガドックは口ほどでもなくて、あとは……。
「なんじゃあー、わらわをさしおいてぇー、なぁにを女子とイチャイチャしとるのじゃあー?」
空になったジョッキを「ズダァァンッ!」と凄い勢いでテーブルに置いたのはシロだ。
「し……シロ?」
すでに酒が回っているのだろう。
ゆらあり……と妙なオーラを発しながら、シロは椅子を蹴立てて立ち上がった。
「ほんっ……とうに毎度毎度っ、女ばかり引き寄せよってぇー……」
「や、うんまあ……それはホントに悪いと思ってるんだけど……」
「悪いと思ってるぅぅー……? 思ってるやつはのうー……」
シロは手を伸ばすと、俺の肩に頬ずりしていたジーンの額にデコピンした。
「『嫁』の前で他の女にこんな風にはさせんのじゃあああーっ!」
「痛ったあああああああああい!?」
ベチコンといい音がして、ジーンが悲鳴を上げた。
「うるさい! 痛いのはこっちじゃ!」
「いやいやいやおかしいだろ!? どう考えたって理不尽な暴力を受けたボクのほうが痛いだろ!?」
「胸が痛んでおると言っとるんじゃ! いけ図々しい女のせいでズキズキとな!」
「はああー!? 痛む胸なんか無いじゃないか! どこをどう見たって絶壁じゃないか!」
決して触れてはならないデリケートゾーンを蹂躙されたシロは、顔を真っ赤にして怒り出した。
「はあああー!? はあああああああー!? そなた……そなた……それを言ったら戦争じゃぞ!? 戦争じゃからな!?」
「おーおーおー! いいよいいよ! やってやろうじゃないか! ケルンピアとクロスアリアの全面戦争だ!」
「おいおまえら、ちょっと待てって、頼むから落ち着けって……」
俺はなんとか仲裁に入ろうとしたのだが……。
「タスクは黙っとれ!」
「タスクは黙ってて!」
「あ、はいすいません……」
凄まじい剣幕で怒鳴りつけられ、すごすごと引き下がった。
「ちぇ……まあいいか、取っ組み合いのケンカをするってわけでもなさそうだし……」
シロとジーンは「前哨戦だ!」とか言いながら飲み比べを始めている。
ジーンはあれだし、シロもどう見たってそんなに強そうには見えないからほっといてもいいだろう。
落ち着いた席を探してウロウロしていると、ウルリカがぽつんとひとりでいるのに気が付いた。
ジャンゴから持ってきたメルカ酒を木製の椀でちびちびやりながら、らしくもなくおどおどと周囲に目を走らせている。
「おい、どうしたよウルリカ。盛り下がってんなあ」
「……タスクか」
びくりと肩を震わせたウルリカは、話しかけた相手が俺であることに気づくと、ほっと胸を撫で下ろした。
「なんだよ、らしくねえリアクションしてんなあ。ウルリカにかぎって、人見知りってこともねえだろうし……」
「いや、実は……」
ウルリカは途端にもじもじし出した。
「え、マジで? マジで言ってんの?」
ジャンゴという辺境惑星の、さらにクルルカ族なんていうミニマムな地域で育ったウルリカは、他の文明社会の人間と接した経験がほとんどない。
この場にいる女の子たちはどのコも可愛いしお洒落だし、共通する話題も無さそうで、だからなおさら気後れしていたのだという。
「あのウルリカが? 大胆不敵で傲岸不遜で理不尽大王の名をほしいままにしたウルリカが?」
「だ……誰がそんなことを言ってるんだ!?」
血相を変えるウルリカに、俺はざっくりと告げた。
「いや、俺だけだけど」
「き・さ・ま・かああああああ!」
ウルリカは顔を真っ赤にして怒り出した。
「おのれバカにしおって! ウルリカを弄んでそんなに楽しいか!?」
俺の胸倉を掴んで声を荒げるウルリカ。
「ああ、楽しいぜ?」
「はああああああっ!? きさ……きさ……貴様ああああっ!?」
「元気なウルリカを見てると楽しいよ」
「はあ……え? うん?」
突然のペースチェンジに困惑するウルリカに、俺は陽気に笑いかけた。
「だからさ、どんより沈んで座ってるウルリカより、声を上げて騒いでるウルリカのほうがらしくていいぜって言ったんだ。ほら、その調子でこれからも行ってみな」
「これからもって……あっ?」
ようやく俺の狙いに気付いたのだろう。
ウルリカは頬を染めた。
「き……貴様は気の使い方がおかしいのだっ。本当にわかりづらい……っ」
「そりゃ悪うござんしたっと」
肩を竦める俺に、ウルリカが訊いてきた。
「……でも、こんな勢いで行って失礼になったりはしないか?」
「失礼……失礼ねえー?」
俺はニヤリと口元を緩めた。
「何言ってんの? おまえは冒険者になるんだろ? 俺と一緒に多元世界の果てまで行くんだろ?」
「そ、それはそうだが……」
「だったらこんなとこでつまずいてんなよ。これから行くだろう数多の国の、星の、世界の人ら全部と上手くやってこうってんだったら、弱気なんてぶっ飛ばすぐらいの勢いがないと」
「ぬう……」
「なあ、勢いだよ勢い。あとは真心。それさえあれば、たいがいの相手はなんとかなるもんさ」
「ぬうううぅ……」
弱りきったような呻きを上げるウルリカに、俺は助け舟を出した。
「でもま、いきなり突き放しちゃのもあれだしな。最初の一歩は俺が手伝ってやるよ。まずはこの……俺の首筋にナイフを突きつけてるこいつと仲良くするとこからやって行こうか」
「ほう……面白いことを言うな、旦那様? この私に、新たな泥棒ネコと仲良くしろと?」
こめかみに青筋を浮かべた御子神が、切り分け用のペティナイフの横腹で俺の首筋をぴたぴた叩いてきた。
肉の脂が付くんで、やめて欲しいんだけどなあ……。
「まったく、ジーンだけでなくこっちのほうにまで手を付けていたとは、本当に油断も隙も無い……」
「ま、待てっ! 誰が手を付けられただと!?」
突然の濡れ衣に、ウルリカは血相を変えた。
「ウルリカはお手付きになんてされてないぞ!?」
「本当か? 意味無く抱き着かれたり、体中をいやらしく撫でまわされたり、唇を奪われたりされてないか?」
御子神は、いかにも胡散臭げな目でウルリカを睨みつけた。
「ないよ御子神。俺を信じろって」
「そんなこと……っ、そんなことは……っ」
「ほら、ウルリカだって否定してるだろ? 俺は潔白だ」
「あっ……」
「え?」
何に思い当たったのだろう、ウルリカはハシッと口元に手を当てている。
「いやいやいや、ないだろう。ないよな? ウルリカ」
「そういえば……ウルリカを腰に乗せて意味も無く動いたり、胸を鷲掴みにされたり、口を吸われたりした……」
「それほとんどアデルのせいだろ!?」
厳密に言えば最初のひとつだけ俺だけど、あれだってウルリカのパンチに耐えるためであって……。
「だ・ん・な・さ・まあああああああああー……?」
御子神が地獄の底から響いてくるようなおどろおどろしい声を上げた──と思った次の瞬間──ペティナイフを引き、瞬時に斬り上げてきた。
「──ってうおぅっ!?」
なんとか身を沈めて神回避した俺だが、頭髪の何本かがハラリと宙を舞った。
「待て待て御子神! たしかに厳密に言うと色々あれだが! 俺はほぼほぼ潔白なんだ!」
「一部は黒なのではないか!」
「や、それもどっちかってーと白寄りのグレーであって……」
「問答無用ー!」
逃げ回る俺を、御子神は即座に追って来た。
ウルリカはというと、ひとりその場に残り、ペタペタと自分の体を触っている。
「あれがお手付き……? ということはウルリカは、もう穢れてしまっている……?」
「お手付きじゃないし穢れてもいない! だからウルリカ! 俺を助けろおおおおおお!」
俺はむなしく声を上げながら、官舎中を逃げ回った。




