「被弾」
~~~新堂助~~~
力(F)=質量(M)× 加速度(A)
質量と加速度の積は、物体に作用する力に等しい。
ニュートン力学の初歩の初歩だ。
質量と加速度の値が大きければ大きいほど威力が高い。
つまりは相手へのダメージがデカいということになる。
個々の値を強くする手段が武なわけだ。
簡単に言ったが、もちろん簡単にはいかない。
質量はイコール肉体の重さであり、つまり肉体のそれ以上には増えないからだ。
それでいて、減りはするんだ。
なぜなら人は、常に自分の全体重を打撃に乗っけられるわけじゃないからだ。
四肢があり、頭と胴があり、常にどこかしらでどこかしらを支えていなければならないからだ。
つまりはなるべく質量を減らさず、かつ加速度だけを伸ばすのが正解だ。
加速度はS(距離)分のT(時間)で導き出される。
長い距離を短い時間で移動することで、この値を増幅させることが出来る。
極論を言うならば、寸勁というのはこの極限を目指したものだ。
相手の胴体と自分の拳の距離が3センチしか無くてもなお、最大限の威力を発揮させようと考えられたものだ。
抜重による身体落下で床から反力を受け──
腹への息の吸い込みによる全身の弛緩と、吐き出しによる緊張で深層筋を総動員し──
骨、関節、筋肉の稼働をそれらに合一させ──
──全力で、身体ごと打ち込む。
自らの体内に遠大な道を作り、なおかつ一瞬で踏破する。
それが拳訣だ。
そうして生み出された拳の威力は、一撃で人を死に至らしめるほどのものだ。
存在は知っていた。
理屈だってわかってた。
八極拳の系譜に連なる龍八極の使い手である龍花が使えるだろうことも。
当然、警戒すべきものだってことも。
だけどなんとなく、飛んでくるとは思ってなかった。
龍花の今までの戦いぶりからして、この局面でピンポイントでその技を繰り出せる練度にあるとは思ってなかった。
「やっべ──」
呻きながら、俺は激しく悔いていた。
自分のノロマさを。
多元世界最強位を侮り、さらに戦闘中に物思いにふけるなんて舐めプをかました愚かさを。
だけど後悔は先に立たない。
突き出された拳は止まらない。
ならやっぱり、どうにかするしかない。
受けるか、いなすか、躱すのか。
どれかを選ばなければならない。
と言いつつも、答えはひとつしかなかった。
先にも言ったように、俺と龍花の体勢だ。
現状、龍花の左胸と俺の左胸はくっつくようにしている。
蹴るには角度が足りず、右手を振り回して当てるのは見え見え。
ならやっぱり、ここは左だろう。
脇の下をくぐるような、左の縦拳。
そう思った瞬間、誰かが叫んだ。
──左だ! タスク!
耳を劈くような大音声は、妙子のアナウンスによるものだ。
俯瞰視点から俺の窮地に気づいたのだろう。
全力で注意喚起してくれたのだ。
(秘剣! 神太刀!)
御子神の声も聞こえた。
間を置かず、空気が炸裂するような音がした。
龍花の目の辺りから──おそらくは目潰しをしようとしてくれたのだろう。
「は……っ」
思わず笑っちまった。
普段は仲の悪いふたりの、しかしここぞという状況での息の合いっぷりに、笑みがこぼれた。
笑みは筋肉を弛緩させる。
縮むための余裕を産む。
余裕の中で、俺は精一杯に動いた。
まずは最初に、膝から力を抜いた。
重力加速度を、そのまま斜め後方への推進力へと切り替えた。
さらに肩口からエーテルをスラスターのように噴き出した。
同時に、左手で龍花の左手首を払った。
外側へと、押すように。
だが──
「──死ね」
神太刀による妨害も俺の回避行動も捌きも。
委細構わぬとばかりに龍花は突き込んで来た。
体勢を低くし、重い震脚の音と共に、左の縦拳を打ち込んで来た。
俺の脇腹に──
一寸の躊躇もなく──




