「九骸流星!!」
~~~九骸流星~~~
「ああー……?」
楪は……いや、九骸流星は、わずかに顔を上げた。
焦点の合わぬ目で、辺りを見渡した。
「2匹……3匹……」
端から順に、指さし数えていく。
30まで数えたところで、「にい……っ」と、糸引くように笑った。
「ほうほうほう。御子神の小娘が、此度はまた、格別の得物を用意しおった」
楪の声帯から出たとはとても思えぬ、しゃがれた声だった。
歳重ねた老婆の声だった。
「……禍、と申したかな。あのお祭り騒ぎ以降は雑魚戦ばかりでのう。正直飽き飽きしておったのだ。だがこれはよい。これはよい。ひさしぶりにうずきよる……」
フヒヒヒヒ……。
イヒヒヒヒ……。
陰にこもったニタニタ笑いを浮かべる九骸流星に、その場の全員が戸惑い、顔を見合わせた。
「貴様……何者だ?」
彼女の存在に、ハイデンだけが気がついているようだった。
「おお……?」
ひとりだけでも聡い者がいてよかったと、九骸流星は目を細めた。
「……ぬしが頭領か。なるほどなるほど。どうりでのう……。誰にも気づかれぬままでは悲しいからのう。にしてもぬしは……背丈に身幅、皮膚も分厚く硬そうだ。斬りでがありそうで、何より何より」
「何者かと聞いている!」
「九骸流星。人里離れた山の奥、鞍馬山の先の先、護法魔王尊がヒヒイロカネを鍛えて造り上げた一振りよ」
「刀……そのものだというのか?」
ハイデンは疑わしげに眉をひそめた。
九骸流星はそっと目を閉じ、吟ずるように昔語った。
「神霊死霊、精霊悪霊、妖刀魔剣、狗神憑きに狐憑き。古来より、様々な形で我らは在った。人の世に関わり、人の世を騒がせ、時に傾けさえしてきた。御子神の小娘に言わせるならば、神代の昔にこの地を訪れし精神生命体、となるのだろうな。宙を漂い、時に何かに宿り憑く。人であるなら心を貪り、刀であるなら血肉を啜る……」
薄く目を開け、ニヤリと笑った。
「我が名は九骸流星。鋭きが故に使い手の味方を断ち、身内を断ち、ついには使い手そのものまでをも断ち割った曰く付き。クセが強すぎて、長い間使い手が見つからずに寝こけておったのを、先の戦に際し叩き起こされ……以来こうして、便利にこき使われておる。いやいやなんともこれがまあ、人使いの荒い小娘でなあ……」
自身の……いや、楪の体をいやらしい目で見下ろした。
「生意気な小娘でなあ……」
ぴらり、紺地の和服の裾をめくって見せた。
「どうだ? 興味があるなら、試してみるか?」
「……」
誰ひとり、答えを返さない。
皆、九骸流星の振る舞いに呑まれていた。
「冗談だ。そんなことをすれば、この小娘がヘソを曲げよる。塩水に浸して野ざらしにするぐらいのことはやりかねん。其方もわかりおろう? 怒らせると怖い女子なのだ」
イヒヒと笑った。
「……まあよい。無駄話はここまでだ」
息を吸い込む。
きりり表情を引き締めた。
「我が役目はただ、眼前の敵を斬り裂くのみよ──」
すっと腰を落とし、刀身を鞘に納めた。
腰溜めに構えた。
「断ん、断たん……」
例の拍子をとり始めた。
「雲か霞か、天地自在の鞍馬山の大天狗……」
しゃがれた声で歌いはじめた。
「怒り狂いて刀をとった。手足を断たん、首断たん。憎き貴様の胴を断たん……」
ある種のマントラのように単調なリズムが、トランスを深める。
彼女たちの同調を強める──
~~~ハイデン~~~
「……配下を下がらせたはそれでか」
ハイデン、遅れて気がついた。
幾多の略奪戦争の中で、多くの多元世界の中に、そういう者はたしかにいた。
剣や薬に己を託す。
自身の潜在能力のすべてを出し尽くす。
万能の力を得る代わり、大事なものを失う。
同じだ。
一個の生命体としての限界を超える代償として、楪は己が肉体を九骸流星へ譲り渡した。
理性は遥か彼方に飛び、いまや敵も味方もない。
だから側仕えたちを下がらせたのだ。
狂気の犠牲にならないために。
槍に薙刀、刺股に投網──彼らが構えていた長物や捕り物は、ペトラ・ガリンスゥに向けて使うものではなかった。
「皆の者! 心せよ……っ。この女は……!」
ハイデンが警戒の声を発する前に、血気盛んな戦士たちの一部が反応した。
「……舐めるな!」
ひとりが仕掛けた。
「誰がそんな虚仮威しに……!」
もうひとりが続いた。
「……断ん」
九骸流星は、前足の膝から力を抜いた。
重力で体が沈み込むのに合わせ、後足で押し出すように踏み込んだ。
次の瞬間。
ぴたり、空間転移でもしたかのように、先頭の男の懐に身を寄せていた。
互いの胸すら接する距離にいた。
爪の回転半径の、さらに内側にいた。
「なあっ……!?」
驚きを浮かべた男の顔を割った。
下から抜き様、斬り上げた。
「いったいどうやってあの体勢から……!?」
直近の男が立ち尽くした。
刀を抜く幅すらないのにどうして斬られたのかと訝しんだ。
「……断たん」
一瞬無防備になった懐へ──居着いた足元へ、九骸流星は跳びこんだ。
刀身はすでに、鞘の中に納めている。
その構えの意味を──居合を誰も知らない。
「ちぃっ……!?」
男は舌打ちした。
蹴りを入れようにも後退しようにも、前足の甲を踏まれていて動けない。
殴るにも距離が足りない。
肘を後ろへ引くようにテイクバックするが、それでは間に合わない。
「……影縫い」
九骸流星はニヤリ笑った。
後ろ足を引きつつ膝を落とした。
鞘を縦に構えて下に下げつつ、上へ刃を滑らせた。
無理やり抜き間を作り、男の顔面を垂直に断ち割った。
横ではなく縦へ抜く、発剣の奥義。
影に縫いつけられ、影に斬られるように見えることから、その名も「影縫い」。
「足らぬ……」
物言わぬ戦士ふたりの死体を、九骸流星はうらめしげに見下ろした。
「まだ……足らぬ……」
瞳を潤ませた。頬を赤らめた。
「まだまだ……足らぬ……」
情動が、欲求が、口から漏れ出た。
「……断たん」
刃を振って血を飛ばした。
「……断たん」
新たな獲物を求め、ぎょろりと振り返った。
『………………っ!?』
戦士たちは怯えた。
幽鬼のような剣術に、立ち姿に呑まれた。
この化け物には勝てないと、本能的に悟った。
「か……っ」
だが退かなかった。
いや、退けなかった。
「かかれえぇえーい!」
誰かが叫んだ。
妖しき引力に引かれるように、次々と打ち掛かっていく。
「……愛い奴らよ。それでよい、それでよい」
九骸流星は目を細めた。
「……断ん」
すれ違いざま目を裂いた。
「……断たん」
防御の隙から喉を裂いた。
発声のたびに、ひとりまたひとりと斬り伏せていく。
その斬線は特徴的だ。
叩きつけて押し斬るのではない。
手前に引き斬るのでもない。
柄元二寸にある重心を中心にして、ぐるり回転させるように斬っている。
切れ味が最大となる軌道を選び、精緻に精密に回し斬っている。
宙に血の真円を描く美女。
竜巻のように、ハリケーンのように、斬り裂き進む回転体。
「断ん断たん、断ん断たん……」
手が飛ぶ、足が飛ぶ、首が飛ぶ。胴がふたつに割れ落ちる。
4人、瞬く間に斬り捨てた。
それでも止まらない。一同は足を止めない。
パニックに陥ったネズミが海へと跳びこむように、九骸流星へと駆けていく。
妖刀の、刀の錆になりにいく。
「止まれおまえたち! 止まらぬかっ!」
ハイデンの叱咤も届かない。
「ひとりでかかるな! 陣を組め! コンビネーションで仕留めるのだ!」
地団駄踏み、癇癪を起こして声を荒げても、もはや誰の耳にも届かない。
──そしてとうとう、彼ひとりになった。
「なぜだ……なぜ貴様はこんなところで甘んじている……!? こんな地の底を這いつくばっている!?」
「……なぜ?」
最後のひとりの目玉を貫きぐるりと回しながら、九骸流星は顔だけをハイデンに向けた。
刀身から血が滴っている。
バケツで被ったように、全身に臓物がこびりついている。
壮絶な格好で、しかし彼女は童女のようにきょとんと小首を傾げた。
「そうだ! 貴様らなら戦えるはずだろうが! 永世中立などと寝ぼけことを抜かさずとも、地球圏代表の嫁として、立派に戦い抜くことが出来るはずだろうが!」
「ああ……そういうことか」
ようやく合点がいった。
そんな表情を浮かべた。
これほどのコンビを抱えていながら、なぜ地球人は『嫁Tueee.net』に参加しないのか。
なぜポータルに甘んじているのか。
なぜ巨額の富を目の前にして、指を咥えて見ていられるのか。
「……さても面倒な話でな」
九骸流星は刀を肩に担ぎ、うんざりと嘆息した。
曰く。
数年前、地球は様々な危険に晒されていた。
差し迫った災難としての禍。
土壇場ですら揃わぬ足並み。内部分裂。
「様々な主義利権、そういったことを得手とする者たちがおる。一極集中はよくない、そういった者たちがおる。平等を謳いながら、互いを監視しよる。だから中庸をとらざるを得なかった。……そういうことになっておる」
当世風の学者たち。平和主義者たち。人権主義者たち。
それらを装った何者か。
「……ま、だとしても参加資格がないのだがな」
九骸流星は肩を竦めた。
「なにせ我らは、地球圏最強ではないのだから」
「……貴様らより、上がいるというのか?」
俄かには信じられないことだった。
「おっと」
九骸流星は、いるともいないとも言わなかった。
内緒話をするように、人差し指を口元に当てた。
「……これ以上は内緒だ。タバサの婆さまに叱られてしまう」
「は……っ」
ハイデンの体から力が抜けた。
この女よりも強き者がこの地にいる。
これほどの実力を持つ者が、多元世界の精神生命体が、最初から競い合うことを諦めてしまうほどの者が。
「ははは……っ」
笑いがこみ上げた。
いかに自分が小さな物差しで世界を計っていたのかを思い知らされた。
たしかにこれでは、楪にバカにされてもしかたない。
てんで弱いと、愚か者だと、笑われてもしかたない。
ぽつり。
「……おや」
九骸流星は空を見上げた。
釣られて空を見ると、頬に雨粒を感じた。
「……そろそろ家に入らねばな。雨は嫌いだ」
全身血まみれのくせに、さも嫌そうに顔をしかめた。
「……さぁて。名残り惜しくはあるが、これにて喰い納めといたそうか?」
ぬるり、欲情に濡れる瞳でこちらを見た。
「……ふんっ」
ハイデンは鼻を鳴らした。
単純に逃げても、例の「神太刀」とやらに捉えられる。
尋常に斬り結んでも、あの神技に敵うとは思えない。
──ならば答えは簡単だ。自分の領域のみで戦えばいい。
ハイデンは覚悟を決めると、クラウチングスタートのように構えた。
両手を地につき、膝をたわめた。
ペトラ・ガリンスゥの速さ。一撃の重さ。
そこにすべてを賭ける。
「……ほう。よき顔になったではないか。さきほどまでの鬱屈した顔よりよっぽどよいぞ。いかにも美味そうだ」
九骸流星は、舌なめずりして喜んだ。
「善哉善哉……」
刀を垂直に振り上げた。
切っ先を天頂に向けた。
「ならばこちらも、最大の技で仕留めてやろう……」
厳かにつぶやいた。
次の瞬間──
振り上げた刀身が、青白く霊妙な輝きを帯びた。
其は気の閃きか?
はたまた妖しげなる術の類か?
──構うものか!
ハイデンは迷わず、まっすぐにスタートを切った。
どちらにしても、もう後ろへ退けはしないのだ。
前へ、前へ。
一歩、二歩……最高速度に到達すると同時に、防御用の左のナイフを顔面に投げつけた。防御ではなく攻撃に──牽制に回した。
これで仕留められればよし。仕留められずとも、多少の隙は出来るだろう。
そこへ本命の、右のナイフで胴を突く。
そういう計算だ。
「く……らえ……!」
ちょっとでも
当たれば
いい。
わずかでも
掠った
ならば。
いずこ
かを
斬
り裂けた
な らば。
コマ落としのような、一瞬の連続。
ハイデンは叫んだ。
「ああああああああああああああああ!」
全力で跳びこんだ。
だがしかし──
楪の積み上げた武が。
九骸流星によって極限まで高められた反射が、反応が。
「絶刀・神来」
発声と同時に振り下ろされた。
ひと呼吸を八つに分かち、さらに十に分かつこと四度。
八万分の一にまで圧縮された瞬間を、雲耀と呼ぶ。
雲耀の間に斬ること。
それが剣の極限だ。
極限の狭間で、その一閃は。
初手のナイフも。
次手の胴突きも。
岩盤の如き硬質な皮膚も、肉も。
ハイデンの魂ごと。
──真っ二つに、斬り裂いた。




