「最強の虎!!」
~~~龍花~~~
──さてどうしたことでしょう。龍花選手とタバサ選手、一時休憩して何事かを話し合っているようです。さすがに音声までは拾えませんが……龍花選手が驚き、タバサ選手が……これは……笑っている? いったい何が起きているのでしょうか。まさか休戦というわけではないのでしょうが……。
ゼッカ大黒の憶測混じりの実況をよそに、龍花はひたすら戸惑っていた。
わけのわからぬことを言い出したタバサが、突如として笑い出したのだ。
表情を変えぬまま、口元だけを歪めて。
「ふひっ、ふひひひひっ」
「……なんだ? 恐怖のあまり気でも触れたか? それとも相棒が復活するまので時間稼ぎか? どちらにしてもくだらん事だが……」
龍花は腕組みを解くと、やれやれとため息をついた。
「まあよい。やることは変わらん。敵がいるならば打ち砕くのみだ」
そう言って瓦礫の上から飛び降りた──瞬間を狙われた。
ジャラアアアッ。
タバサの前面の空間に小さな穴が開き、そこから青色の金属製の物体が滑り出て来た。
さきほど防御に使っていた五角形の金属板だ。
縦に何十枚も組み合わさり、長く撓るブレードのような形状となって飛んで来た。
「……なんだとっ!?」
狙われたのは右の脛だ。
着地の瞬間の、最も無防備になったところを突かれた。
龍花は体勢を崩しながらも右足を上げ、これを回避した。
だが、それで終わりではなかった。
「……ふひっ」
タバサの笑いに反応したかのように、ブレードの軌道が変化した。
直進していたものが、そのまま斜めに斬り上がった。
今度の狙いは左の膝だ。
「ちぃぃっ!?」
龍花は左脚を抱え込むようにして跳んだ。
ブレードは空中に浮かんだ龍花の真下ギリギリのところを通過した。
それで終わりかと思っていたら……。
ジャラアアアッ。
なんともう一本のブレードが飛んできた。
空中にいる龍花は、これを躱す術が無い。
とても飛行で避けられる速度ではなく──つまりは、受けるしかない。
「しゃらくさいっ!」
龍花は両膝を立てて揃えて体の正中線を隠し、渾身の装で覆ってガードを固めた。
ガチィィィンッ。
金属同士がぶつかるような、鋭い音が辺りに響いた。
「……なるほど、こういう手か」
衝突の反動を利用して後ろへ飛んだ龍花は、くるりトンボを切って着地した。
防御に使った足を確かめると、下衣の一部が切れていて、刺突を受けた脛が赤くなっている。
ほぼ無傷だが、装で固めていなければおそらく足の片方は持っていかれていただろう。
「油断させておいて、隠し刃で一気に決める。そういう腹積もりだったわけだ」
龍花はぴょこぴょこ嬉し気に尻尾を振った。
「実に小賢しい。だが悪い気分ではないな。本気で防御を固めるなど、ひさしぶりのことだ」
口の端から息を吐くと、ゆったりと構えた。
右足を半歩前、左足を半歩後ろ。
踵は両足とも上げ、重心はわずかに前。
両腕を顔の前に立て、隙間から眼光鋭くタバサを見据えた。
ブレードによる攻撃を捌きながら突進する。
明確な意思の籠もった、力強い構えだ。
「認めてやろう。貴様は強い。だが……勝つのは余だっ」
仕掛けようと右足を上げると、すかさずブレードが飛んで来た。
「……ふひっ」
狙いは右の膝頭。
左から斬り下ろすような軌道。
跳んで躱せばおそらくさきほどの二の舞になる。
「同じ攻撃が通じると思うか!」
龍花は右足を素早く下ろした。
同時に腰を沈め、装で固めた左の前腕でブレードを払った。
ギギィィイィッ!
金属同士がぶつかり、擦れるような音が辺りに響いた。
受け流したブレードは後方へとすっ飛んでいった。
「……ふひっ」
次に来るのは当然、もう一本のブレードによる攻撃だ。
顔面に向かって飛んで来たのを、かいくぐるようにして突進した。
タバサまであと7メートル……5メートル……。
「もらった!」
踏み込んで靠撃──
おそらく展開されるだろう障壁ごとぶっ飛ばす──
「喰らえ……む──!?」
しかし嫌な予感がした龍花は、途中で技を中断した。
踏み上げた足をその場に下ろし、思い切り左へ跳んだ。
果たしてその読みは当たっていた。
ついさきほどまで龍花のいた空間を、3本目のブレードが上方から貫き、地面に深い穴を穿ったのだ。
「ふん……! やりおる!」
龍花はごろごろと地面を転がってから跳ね起きると、構え直した。
「まさか3本目を隠していたとはな。しかも同じパターンの攻めの最後に繰り出すとは。なかなかの策士ぶり……」
最後まで台詞は続けられなかった。
「トーラ、吼えろ」
「──ふぅるるるるぅぅぅぅあぁぁぁーっ!」
いつの間にか復活していたトーラがタバサの命令に答え、直上から吼え声を浴びせかけてきたのだ。
木管楽器を数千本束ねて吹き鳴らしたかのような甲高い咆哮が、超音波となって龍花を襲ったのだ。
「な──」
白炎──
強力な振動波が標的の体内の水分に干渉し、気泡崩壊を引き起こす。トーラの得意技だ。
まともに喰らえば、龍花とて無事では済まない。
「め──」
これを龍花は、超人的な反射神経で躱した。
大きく跳び退り、白炎の範囲から逃れた。
「る──」
その隙を見逃すタバサではない。
3本のブレードを、今度は同時に繰り出してきた。
左右から薙ぐように、上方から斬り下ろすように。
逃げ場のない、完璧な攻撃だった。
だが──
「なああああああっ!」
龍花は逃げなかった。
四つん這いで体を支える獣のような格好になると、そのまま口を開いた。
キュボゥッ。
空気が一点に収束して破裂するような音がした。
それは火袋より生じた劫砲が、タバサに向けて射出された音だった。
「……っ!?」
攻撃態勢に入っていたタバサは、これを避けられない。
六角形の金属板を多重に展開してなんとか熱線を防いだが、威力自体は殺しきれずに後ろへ吹っ飛んだ。
倒壊寸前のビルにとどめを差した。
「……ふん、出力不足か。まああの体勢からでは仕方がない。溜めも無かったからな」
瓦礫の山を振り払うようにして出て来たタバサを見て、龍花は目を細めた。
「だがまあ、結果的にはよかったな。これで終わらせるのはもったいない」
「……服、汚れた」
体に負った打撲や頬に負った擦り傷よりも、セーラー服やマフラーが砂まみれになったことが許せないらしい。
タバサは不機嫌そうにつぶやいた。
凍てつくような瞳で龍花を見た。
「あっはっは。体よりも服が大事か? 面白い奴だ」
「……服、汚れた」
「よかろう。余と戦って生き残れたなら、もっとよい服を買ってやろう」
「……服、汚れた」
「もっとも、その可能性はほぼゼロだがな」
「……服、汚れた」
噛み合わぬ会話を続けながら、ふたりは睨み合った。
「なにせ主従もろとも、貴様は八つ裂きになる運命なのだから」
「……服、汚れた」
バチリと、目に見えぬ火花を散らした。