「Slap」
宇宙港の管制塔であるモデストタワーへと続く道は、一連の生物災害の影響で通行規制がかけられているため、車一台人っ子ひとりいなかった。
もともと物資の輸送路を兼ねた道であるため幅員も広く、全力滑走には誠に都合のいい状況が整っていた。
「……ふん。おあつらえ向きというやつか」
キルステンは金属製のフェイスガードを頭にかぶると、ぐっと体勢を低くした。
エンジン付きのローラーブレードを活かすため、スキージャンプの選手のような両脚揃えの姿勢になった。
ギャッギャッ……!
エンジンが唸りを上げる。
ブレードが激しく路面を噛む。
空気を割るように、彼女の体を前へ前へと押し出していく。
ギャギャギャギャギャッ……!
速度はぐんぐんと上昇し、瞬く間に音の壁を超えた。
超音速流体と化した彼女の発した衝撃波が、路上で炸裂した。
宇宙港管理地の金網をひしゃげさせ、物資倉庫の窓ガラスを割り、シャッターをグシャグシャに変形させた。
「テロリストめ……。この世で最も価値の低いクズどもめ……」
身に着けていた戦闘服は弾け飛び、メタリックなボディが露わになったが、キルステンは気にも止めない。
フェイスガードの下でぶつぶつと、怨嗟の念をつぶやいた。
「万物の中で最も醜き蟲どもめ……。貴様らは滅びねばならぬ……」
彼女の故郷である機甲世界ガンドールは、独裁国家の恐怖政治下にある。
忠誠心に溢れた彼女は極めて優秀な猟兵として、国家に仇なす者どもの命を狩ってきた。
その志は熱く、鋼のように固い。
敵の重囲に遭い、四肢すべてを失うほどの傷を負ってもなお失われなかった。
むしろ戦闘を重ねるごとにいや増していった。
強固に、偏執的になっていった。
「滅びよ……滅びよ……」
その心は恨みで煮えている。
その目は憎しみで濁っている。
もはや正常な判断など出来る状態ではない。
「滅びよ……滅びよ……」
だから気づかなかったのだ。
タバサとトーラの実力と、自分のそれとの間に遥かに隔たりがあることに。
「滅びよ!」
彼女は跳んだ。
宇宙港のゲートを飛び越え、モデストタワーに接近した。
円錐状の傾斜の最下部に取りつくと、中腹まで全力で駆け上がった。
いよいよブレードが噛まなくなると、ひらり宙へ身を踊らせた。
そこから先はロケット推進だ。
バックパックに収められている個体燃料が燃え、二基のバーニヤが火を噴いた。
六百メートル……七百メートル……八百メートル……。
人間ロケットのようになった彼女は、モデストタワー上空から地上を眺め下ろしているタバサに向けて、真っ直ぐに飛んだ。
「ほ・ろ・び・よおおおおおおおおおおおお!」
両掌を結着させた。
体ごとドリルのように回転しながら突っ込んだ。
巨大戦艦の複合装甲だろうと紙のように切り裂く一撃だが、しかしタバサの身には届かなかった。
直前2メートルのところで何かに当たって弾かれた。
「──なんだと……!? 何に当たった……!?」
キルステンの攻撃を弾いたのは、ヘキサ・クレイパーだ。
一辺十センチ程度の六角形の金属板の集合体により成るそれは、ある種の反応障壁である。
敵の攻撃を察知すると瞬時に展開し、しかも極めて硬い。
「タスクは……どこかな……?」
タバサはキルステンの攻撃を脅威とすら感じていないようで、なおも平然とした顔で人探しを続行している。
「こいつっ……!?」
衝突の勢いできりもみ状に回転する体を、キルステンは無理やり制御した。
バーニヤの出力調整と超人的な空中感覚で立て直し、タバサの後ろに回り込んだ。
「舐めるなぁぁぁー!」
両掌の結着を解除すると、そのまま前方に突き出した。
掌底の開口部分から超高温の熱線を射出した。
摂氏六千度にも及ぶ熱線の直撃、しかしタバサは小動もしない。
「ぐっ……ぐっ……ぐぅ……っ!?」
憤るキルステンは、さらなる攻撃に打って出た。
全身の至るところに仕込んでいた武装の一斉射撃を行ったのだ。
右腕前腕に仕込まれたフレイムスローアー、左腕前腕に仕込まれたガトリング砲、両太腿から近距離ミサイル、バックパックから投擲用のEMP弾──これは効いたのだろうか──タバサがピクリと反応し、こちらを見た。
「……これかっ!」
キルステンはにやり笑うと、彼女の体を動かすエネルギー源──超小型のエーテルトロンエンジン──に命令を与えた。
オーバーロードだ。
限界を超えてエネルギーを供給せよと。
エンジンは即座に応えた。
バチバチと、キルステンの全身が強烈な電荷を帯びた。
一番最初の仕掛けの時と同じように両掌を結着させ、体ごとドリル状に回転した。
双眸を狂気に血走らせ、タバサを睨みつけた。
「滅びよ! 滅びよ! 滅びよ!」
真っ直ぐに飛んだ。
さながら一本の、雷の槍のように。
しかし──
「……トーラ、叩け」
タバサの命令に従い、トーラは速やかに動いた。
十五メートルにも及ぶ巨体からは考えられぬ動きで旋回すると、前足を振り上げ、振り下ろした。
分厚い肉球の真下に、特攻してきたキルステンの体があった。
──バヂィィィンッ。
殴打音と放電音。
ふたつが入り混じったような音と共に、キルステンは叩き落とされた。
千メート近い高さから地上へと、まっしぐらに。
「……邪魔だ」
EMP攻撃が効いた、というよりはたんにうるさかっただけなのだろうか。
タバサは清々した、とでも言いたげに首をコキコキ鳴らした。
「……あ」
そして、少ししてから気が付いた。
「……タスクの居場所、訊けばよかった」
わずかな後悔と共に、地上で四散しているキルステンの体を見下ろした。