「What is needed in women,women」
~~~カヤ・メルヒ~~~
普段は各種コンサートや大型スポーツイベントで賑わうアルカンシオンのメインスタジアムは、星穹舞踏会用に特別の衣替えを施されていた。
一階部分の競技フィールドを換装してダンスフロアに。
形式としてはいわゆる立食ビュッフェで、フロアのあちこちに料理や飲み物を乗せた大テーブルが配置されている。
超重量級の『嫁』や特大サイズの『嫁』に対する配慮から、床にはこの世で最も硬い鉱物とされるウルダイト石が敷き詰められ、空中には羽根付き妖精の姿をした給仕ドロイドがふわふわと浮遊している。
二階から上の客席部分は構造ブロックごと水平に持ち上げてテラス席風に。
立食に疲れた『嫁』たちが休めるよう、こちらは着席ビュッフェになっている。
近習たちに対する扱いも、決して雑ではない。
立ち入り制限エリア等の区分けこそあるものの、料理その他のサービスに関しては『嫁』とまったく遜色のないものが用意されている。
演奏を務める管弦楽団や娯楽を提供する雑技団も当然超一流。
天井の膜屋根付近には、ケルンピアの壮大な自然や天体現象が超細緻な立体映像によって今まさにそこで起こっているかのように映し出されている。
今夜一晩のためにいったいどれほどの資金が投入されたのか。
ケルンピアの本気度が伺える。
もちろん、本気なのはケルンピアだけではない。
参加者である『嫁』たちの意気込みもまた、半端ではない。
衣装にアクセサリー、髪型に化粧。
実に煌びやかに着飾っている。
我こそは『星穹の乙女』たらんと三万人超の美女たちがダンスフロアにひしめく光景は、まさに圧巻の一言だ。
「ひええ、こりゃあすごいですねえー……」
三階の手すりにかじりつくようにしてダンスフロアを見下ろしながら、セリはハアとため息をついた。
「イベントの派手さもそうですけど、皆さんお綺麗で……お可愛くて……思わず変な気分に……ってそうじゃないっ。わたしはシロ様一筋だからっ。でもでも……うああああっ」
「……なにやってんですかあなたは」
顔を真っ赤にして興奮しているセリを軽く小突くと、カヤもまたダンスフロアを見下ろした。
「ふぅん……」
鋭く目を走らせてシロの様子を窺い──忌々し気に舌打ちした。
「……ちっ、駄犬じゃやっぱりかないませんか」
「え、なんでですか? シロ様可愛いじゃないですか。全然負けてませんよ」
シロは最重要の神事の時にのみ着用を許される、霊糸で編まれた巫女服──白衣に白袴、白足袋に白木の下駄のセット──を着ている。
その上から薄紅色の千早を羽織り、頭に黄金の天冠を被っている。
いずれも国宝級の品で、見た目も造りも普段のものとはまるで違う。
顔にも薄く化粧を施している。
唇に引かれた紅が普段の幼さとはまた違う大人の魅力を引き出し、蠱惑的な怪しげな色香を放っている。
「ロリなのに大人っぽいっていうアンバランスな感じが最高じゃないですか! 身長なんて百三十もないのに、胸だってほとんどまっ平なのにエロいってヤバくないですか!? 丸さと短さと平さの、あれがまさに黄金比率ってやつですよ!」
「セリ、セリ」
「わたし正直ちょっとした犯罪になら手を染めてもいいような気になってるんですよね! 今すぐここを飛び降りて駆け寄って引っさらって裏へ連れ込んで! 涙ぐむシロ様を後ろから抱きしめてあちこち撫で擦って! 色んな窪みや陰りに顔を埋めて! 『ふええ……やめておくれ、セリぃ……』なんて危うげな台詞を吐かせたくてしかたない気分なんで……ってぎゃああああああ!?」
「やめなさい、セリ」
「わかりました! わかりました! やめますからそのビリビリするのもやめてください! 痛い! 熱い! 死ぬ! 死ぬ! 真っ黒焦げになっちゃううううう!」
「ホントにあなたって人は……」
勝手に盛り上がり出したセリを電撃で大人しくさせると、カヤはため息をついた。
「あのね、こういうのは見た目だけじゃないんですよ」
「えぇー、可愛いだけじゃダメなんですかぁー?」
髪の毛をチリチリにしたセリが、いかにも不満そうに唇を尖らせた。
「考えてもみなさい。ここにいるのは各世界を代表して出て来た女性ばかりなんですよ? 何千億何兆分の一の存在ばかりなんですよ? 見た目が麗しいなんて当たり前でしょう」
それでもシロの美しさは抜きんでていると思うが、それだけではダメなのだ。
「ここで試されているのはね、人間として、女性としてのすべてなんです。武力や容貌の美しさを兼ね備えていることを前提として、さらに礼儀礼節が必要なんです。互いの国や世界を尊重し、美を称え合う。日頃の研鑽と武を称え合う。洗練された立ち周りと機知に富んだ会話で場を盛り上げる。言うなれば和の心。武・美・和の三局面における総合最上位。それこそが星穹の乙女なんですよ」
「むぅぅぅーん……」
セリはしおしおとうなだれた。
万事につけシロびいきの彼女をもってしても、そこはさすがに認めざるを得ない。
シロは最初の挨拶が終わった後──カヤが用意したカンペを棒読みの、とにかくひどいものだった──急速に行き場を失った。
誰とも話すことが出来ず、愛想笑いの一つも出来ず、ただおろおろとフロアを行き来している。
料理にがっつかないぐらいの理性はあるようだが、それだけだ。
「まあー……シロ様って人見知り激しいですからねえー……」
親しい者とはどこまでも親しくなれるが、そうでない者とは目を合わせて喋ることすら出来ないタイプだ。
「特別貴賓なんかに選ばれた分、その後の立ち回りのまずさが悪目立ちしてますね。ほら、誰も近寄ろうとしませんよ。これだけ人がいるのに、駄犬の周りだけが空白地帯になってる」
『星穹の乙女』は舞踏会の最後に行われる『嫁』全員による投票制で決められるのだが、これではほとんど票を稼ぐことが出来ないだろう。
「地球風に言うならコミュ症ってやつなんですね。ああもう、せめてもう少し時間的余裕があれば……ってのは言い訳なんでしょうけどねえ……」
カヤはぎゅっと奥歯を噛みしめた。
シロの躾は、筆頭目付たる彼女の役割だ。
責任も当然、その大部分が彼女に帰する。
「ま、まあでも、さすがにこの中で一番ってのは難しいですし、そこまで気にする必要はないんじゃないですか?」
気を使ったのだろうセリが、明るい声で励ましてくれるが……。
「……それで上が納得すると思いますか?」
カヤはうらめしい思いで訊ねた。
「うっ……」
「一位でなくてもね、せめて善戦したと胸を張れる順位だったら言い訳も立つんですよ。でもこれじゃ、多くて数票。自分自身への投票も出来ないルールですから、ゼロすらあり得る。多元世界中の耳目が集まる公の場で、ゼロ。わかります?」
「ううっ……」
「完全な失態ですよ。そもそもわたしは宇宙港の一件で相当上から睨まれてますからね。ケルンピアを救った分がどれだけ影響を与えるか……。いずれにせよ、秋の講評は楽しいことになるでしょうね」
カヤやセリたち高等女官の人事考課は、人事院と一部の王族・士族による講評によって行われる。
厳しいことで知られる年に二回のその講評が、もうじき行われる予定なのだが……。
「げ、減給とかあったり……?」
セリが震え声を出す。
「ふっふっふ……減給程度で済めばいいんですけどねえ……」
病んだ笑みを浮かべるカヤに、セリは「……ひっ?」と息を呑んだ。
「左遷に降格、星流し……」
「うわああああっ!? カヤさんいなくなっちゃやですよおおお!」
最悪の事態がすぐそこにあることに気がついたのだろう、セリが半泣きになってしがみついてきた。
「まあ星流しまでは冗談にしても……」
配置換えぐらいは覚悟をしておくべきだろうと思いながら、カヤはセリの頭を撫でた。
「一位は取れないまでも、少しでもいい印象を残してくださいよ、ホントに……」
己の不甲斐なさを呪いながら、シロの姿を目で追った。