「塔手!!」
~~~新堂助~~~
「我が名は風──求道者なり」
突如空から降ってきた女性──風は、何事もなかったかのように立ち上がると、謎めいた言葉を口にした。
「風さんね。ええと、求道者っていうと……修行僧みたいな感じで? 何かの道を究めようとしてるみたいな?」
「そうだ。武を究めんと欲している」
「武を……っすか」
柿色の拳法着に豪奢な龍の面。
ボイスチェンジャーでも使ってるかのような奇妙な声。
だが何よりヤバいのはその気配だ。
ただそこにいるだけなのに、立って呼吸をしているだけなのに、長い年月をかけて培われたのだろう武術が漂う。
空気を伝播しピリピリと肌を刺激してくる。
間違いなく達人だ。
しかも伝説のってレベルの超達人。
格好からするとカンフーマスターってところか?
多元世界にもカンフーがあるのかは知らんけども。
「そんなお人がなぜわざわざこんなとこに? 強い人に会いたいなら、今ならアルカンシオンにいくらでもいますよ?」
多元世界中の『嫁』たちが、星穹舞踏会のために大集合してるからな。
「生物としての強さを求めるなら、銀河に巨大生物を求めればよい。単純な出力を求めるなら、科学者にでもなればよい」
風はきっぱりと告げた。
「我が求めるのは武だ。弱きが強くなるために、強きがさらに強くなるために作り上げた技術体系。強くなろうとする意志そのもの」
「さすがは求道者って感じすね……」
相づちを打ちながら俺は、手の平の汗をこっそりとパイロットスーツの尻で拭った。
武の求道者がわざわざこんなとこに来る理由。
そんなのたぶんひとつしかない。
「小僧、先ほどの貴様の術、なんと言う?」
……やっぱり。
俺は目まいを覚えた。
クロスアリアのために目立とうと頑張った結果、どうやら俺はとんでもない化け物の興味の対象になってしまったらしい。
「ああ、さっきの見てたんすか。三条流っす。地球って星の日本って国の武術です」
表面上は平静を装いながらも、内心ではひどく困っていた。
問題はこの状況だ。
十メートルと離れてない後ろにはシロとシェバさんがいる。
そのさらに後ろには、俺たちを温かく迎えてくれた避難者のみんなまでいる。
間違っても巻き込むわけにはいかない。
ここを戦場にするわけにはいかないんだ。
どうすればいい?
どうすれば戦いを避けられる?
風はしかし、考える暇すら与えてくれなかった。
「チキュー……ニホン……」
俺の言葉を反芻するようにつぶやきながら歩き出した。
「サンジョー流……」
一歩、二歩。
ゆっくりと、だが確実に近づいて来る。
「……来た!? ちょっ……ちょっと待った! 待った! ストップ! ストッープ!」
慌てて手を突き出して制したが、風は歩みを止めない。
「なんで近づいて来るんだよ止まれよっ……つっても無視ですかそうですか!」
俺はやむなくその場で身構えた。
右足を半歩前に出し、左足を一歩後ろに引いた。
膝を軽く曲げ、右手は軽く握って前に出す。
左手は腰元、開手のまま──右半身に構えた。
一方の風は、構えのひとつもとらない。
両手をだらりと下げ、ちょっと散歩にでも行くかのような気安さで間合いを詰めて来る。
「そのまま来るだと……!?」
互いの制空権が触れ合うまであと五歩……四歩……三歩……。
するすると手が伸びてきた。
風の右手──手形は開手──高さは鳩尾のちょい上──速度は速くも遅くもない──余裕をもって叩き落とせるし躱せるし──
「…………あれ? 止まった? え、なんで?」
風の右手は俺の身には届かず、ぴたり空中で静止している。
その意味がわからず、混乱した。
「どういう……」
俺がどうしていいかわからずにいると、風は「小僧」と急かすように言いながら右手を上下に動かした。
「……え? あ……もしかして、これって握手?」
思ってもみなかった展開に、俺はしかし、心底ほっとした。
戦わなくて済むならそれに越したことはない。
「……ああ、そうね? ──はっ、ははははっ。なんだそうか、焦らせないでくれよ。なるほどなるほど、シェイクハンドね。多元世界友好の証ってわけか。あーあーあー、なるほどなるほど、なぁんだ、ビビッて損したよ。だってあんたがあんまりにも意味深なこと言うからさあ。表情も読めないし。戦闘にでもなるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
やれやれ助かったと、気軽に右手を差し出した。
「ほいっと……あれ?」
するりと躱された。
なんだよどうして躱すんだよと思っていたら、空ぶった右手首の外側に風のそれが当たった。
右手首と右手首が、当たった。
「シンドー・タスク。サンジョー流の使い手よ」
「あれ……? これって……」
「改めて名乗ろう。我が名は風。数多を巡る武の求道者なり。我が術の名は──」
「や、ちょっと待って。これって……」
「──龍八極」
ゾクリ。
全身に寒気が走った。
電撃的に理解した。
これは握手じゃねえ──
塔手だ──
互いに正対し、利き腕の手首の外側を合わせる。
塔手と呼ばれるその行為は中国北派拳法における組み手の──始めの合図だ。




