「From Beyond」
~~~ソニア・ソーンクロフト~~~
──ねえ、ママ?
モニタ越しのジーンが、春の日差しのような温かい笑みを浮かべながらこちらを見た。
──ありがとう。大好きっ。
まっすぐな感謝と、溢れんばかりの愛情を口にした。
「……っ?」
ソニアは思わず息を呑んだ。
凄まじい衝撃だった。
ふたりの間にあった諍いや軋轢を丸ごと吹き飛ばすような、それはとんでもない破壊力を秘めた笑顔だった。
「そ……っ」
ぶるりと、ソニアは唇を震わせた。
「……そうかい」
擦れないように、つっかえないように、細心の注意を払いながら言葉を紡いだ。
同時にこっそり、目立たない動作でメインコンソールのスイッチを押した。
上部モニタの映像だけを消した。
──……あれ、なんで!? なんで画像が!? ママ大丈夫!? ママぁぁぁーっ!?
突然こちらの姿が見えなくなったことで、ジーンは混乱に陥った。
「……ふん」
逆にソニアはひと息つけた格好だ。
年長者としての威厳が保てたと、ほっと胸をなで下ろしながら続けた。
「……っさいよ。これはあれだ、回線の調子が悪いんだ。音だけは拾えてるからさ、気にすんな。あと、きゃんきゃん騒ぐな」
つっけんどんな口調なのは、早く会話を打ち切らないとボロが出そうだったからだ。
──むむむ……そうかあー、じゃあ仕方ないかあ……。
ジーンの残念そうな声がチクリと胸を刺したが、無視。
「いいから、もう行きなジーン。みんなが待ってる」
水を向けると、ジーンは「うん! わかった!」と勢いよく返事してきた。
──ボク行って来る! ママも頑張ってね!? そんで出来れば、決闘も見ててね!? ボクが勝つとこ! カッコいいとこ! ね!?
「はいはいわかったわかった。いいからもう行きなってば」
──うん! わかった! ねえ、ママ!?
「なんだいもう、うるさ──」
──よく聞こえなかったかもしんないから、もう1回言うね!? ママ! 大好き!
ドタバタ騒々しい音ともにガリオン号との通信は途絶え、後にはソニアだけが残された。
「ああー……」
額に手を当て、目を閉じた。
「もう……」
鏡など見なくてもわかる。
自分は今、耳まで真っ赤になっている。
「参ったねえ……」
それ以外の言葉が出て来ない。
それほどに今のパンチは不意打ちで、強烈だった。
もしこの場に自分ひとりきりなら、ちょっと泣いてしまったかもしれない。
だが彼女はひとりではなかった。
船体コントロールフレームの窓が開き、赤い光点が灯っている。
3人の視線が注がれている。
『……』
いつもだったら大喜びで冷やかしてきそうな3人は、あえて黙っている。
赤い光点が左右にゆらゆら揺れているのは、にやにや笑いを表しているのだろうか。
「……ちっ」
ソニアは忌々し気に舌打ちした。
「ホントに性悪なババアどもだよ」
「おや、照れ隠しでこっちにぶつかってきおる」
「あのね、ガブガブ噛みついたってその緩んだ顔は隠しようがないんだからね?」
「そういうとこはホントあんた、昔のままだねえー」
しみじみと語る3人に、さすがにこの場は分が悪いと判断したソニア。
「ああもうっ。いいから、旋回しつつ索敵を続けるよ」
操縦桿を握り直し、正面をじっと見つめた。
「ほぼ片付いたと思うけど、まだどこかにデカいのが残ってるかもしれないからね。あたいの都市をこれ以上破壊されちゃたまらないんだから」
「んーなこと言って、ホントは娘の安全を図りたいだけだろうに」
「どうしてこう素直に物が言えないんだろうねえ……」
「ホントだよ。ちっとはあんたの娘を見習いな」
「ええい、ああだこうだうっさいよ。いいからキリキリ働きな。あんまふざけてると本気でスクラップにしてやるからねっ?」
嵩に懸かって攻め立ててくる3人に、ソニアは噛みつくようにして返した。
「おーおー、怖や怖や……ん?」
「人工知能への残虐行為はんたーい……んん?」
「あたしらにも権利章典をー……んんん?」
3人のおとぼけ声が、突如緊張を帯びた。
『ソニア! 後ろだ!』
同時に叫んだ。