「キミがいなくても」
~~~新堂助~~~
ひさしぶりに戻って来たケルンピアは、いきなり大変な事態に陥っていた。
市内の至るところで火が上がり、黒煙が立ち上ってた。
消防? 警察? それとも軍隊?
わからねえけど、無数のサイレンが鳴っていた。
地上では車両が、空ではエアバスの大渋滞が発生してた。
しかも──
「今のって銃声か!? なんだか爆発音みたいなのもするし……いったいなんだこれ!? なにがどーしてどーなってんの!?」
想像していなかった状況に、混乱して叫ぶ俺。
乗組員のみんなも騒然としている。
「……続きだな」
レーダー士席のガドックが、険しい表情でつぶやいた。
「なんだよガドック、続きって?」
「オレたちが向こう側へ行くきっかけになった事件、覚えてるだろ? 誰かが亡霊部隊を操ってこの船を襲撃させた。銀河漂流した先にまで刺客を送り込んで来た。刺客を返り討ちにしたことでなんとなく終わったように思ってたが……どっこいこっちじゃ終わってなかったってわけだ」
「じゃあこれは、亡霊部隊の生き残りが……?」
俺の疑問に、ガドックは小さく首を横に振った。
「……いや、違うな。奴ら単独で出来る規模じゃねえ。舞踏会本番に備えた軍警一体のセキュリティは、そんなに甘いもんじゃねえ」
「複数で組んだか……あるいは多元世界の干渉があったってことか?」
「そう考えるのが自然だろうな」
「マジかよ……」
思わず息を飲んだ。
寒けを感じて、自分の腕を自分で掴んだ。
──彼の船は、世界の垣根を超える術だ。あらゆる世界のあらゆる場所へ、即座に軍隊を送りこめる埒外の手段だ。無限に戦争を拡大させる、悪魔の兵器だ。
かつて大佐は、ガリオン号のことをそう断じた。
悪魔を駆るおまえたちこそがテロリストなんだって。
おまえたちのせいで、多くの世界に死がばら撒かれるんだって。
予言者みたいに言っていた。
「これじゃ、大佐の言葉が現実になっちまう……」
──呆然自失していた俺を現実に引き戻したのは、緊迫したジーンの声だった。
「ママ!? ママ!?」
ヘッドホンを頭につけたジーンが──大統領官邸だろうか? とにかくどこかへ向けて──無線で呼びかけ始めた。
「お願い! 返事して!?」
震える声。
目元には微かに涙がにじんでる。
「ジーン……」
その青ざめた横顔を眺めながら、俺はジーンの過去を思い出した。
小さい頃に遭遇したというテロのこと。
乗っていたバスが標的にされ、それ以来極度の怖がりになってしまったこと。
そうだ──ジーンにとってこれは、考えられる限り最悪の状況なんだ。
「ううぅっ……なにこれ!?」
ジーンは突然顔をしかめてヘッドホンを外した。
いったいどうしたのかと思っていると──なるほど──ドライバーユニットから激しくノイズがかった音が漏れている。
「……広域ジャミングか」
ガドックがかぶりを振った。
見れば、球状の立体レーダー装置にも意味不明の波線のようなものが走っている。
表示されている数字も、ちょっとあり得ない数値を弾き出してる。
「報道関係は……ちっ、さすがに甘くねえか……っ」
商業ビルの外壁に設置されていた大型モニタは、白黒の砂嵐を映し続けている。
ガドックは深いため息をつくと、俺に目を向けた。
「どこへも連絡がつけられねえ。詳しい状勢もわからねえ。目に見える範囲には無数の火の手。さぁて……かなり悲惨な状況のわけだが、どうする船長?」
「どうするって……」
「おいおい呆けてる場合じゃねえだろう。どうやるのか今すぐ決めろ。なあ、幸せの運び手さんよう」
にやりと笑いながら、わかりやすく煽ってきた。
「……はっ、言ってくれるぜ。やらずに逃げるって選択肢を最初から外すとかさ」
あまりにもわかりやすすぎて、笑ってしまった。
だけどありがとよ。
おかげで肩から力が抜けた。
「上等だ。やってやる」
誰が悪いとか誰のせいだとか、そんな寝言は寝てから言えばいい。
今はともかく現実だ。
目の前で起きてるこの事象。
ケルンピアのバカでかい市内全土に影響を及ぼすほどのテロ。
こいつをともかく片付ける。
「なあ、ジーン?」
ガシリと、ジーンの頭を掴んだ。
そのままグシャグシャと髪をかき乱した。
「え、え、なんで? どうして?」
混乱するジーンの頭を、強引にグシャグシャし続けた。
「なんでぇー……?」
がくんがくんと頭を揺らされてヘロヘロになったジーンの耳元に口を寄せた。
「あの日の続きをしようぜ? 相棒」
「続きぃー……?」
「そうだ。ケルンピアを旅立った日、俺たちの乗る船に亡霊部隊が仕掛けてきただろ? あの続きだ」
あの日俺は、ガリオン号の準備を整える時間を稼ぐために、けっこうな無茶をした。
エーテルすら未修得の状態で、光線銃の銃口に身を晒してた。
なぜならそうしなければならなかったからだ。
ガドックは船にかかりきりで、ジーンはまだただの家出娘で。
俺がやるしかなかったからだ。
「たしかにあの日とは敵の規模が違う。練度も、脅威としても、比べるのがアホらしくなるほどだ。だけど違うのはさ、こっちも同じだろ? なあジーン。考えるんだ。今の俺たちにはさ……」
「──大丈夫だよ、タスク。そういうことだったらもう、こんなことしなくてもいいんだよ?」
ジーンは俺の手をガシッとつかむと、頭の上からどけた。
「……へ?」
意外な力強さに面食らっている俺に、ジーンはくるりと顔を向けてきた。
その目にもう、涙の気配はない。
「わかってるさ。今日のガリオン号は完璧な状態だ。ボクもいる。ガドックもいる。ウルリカもいるし、アリアさんやクロエさんもやる気満点みたいだし。そこにキミもいるからって? だから必要以上にビビることなんかないんだって?」
クロエ姉さんは鼻息を荒くし、アリア姉さんは盛んに拳を打ち合わせている。
ゼシカさんは大儀そうに肩を回している。
カーゴルームからは目をキラキラさせたウルリカが、馬と一緒に顔を覗かせている。
その後ろからはトトリ、セルティ、メイルーさんら3人衆の賑やかな声も聞こえてくる。
グイン・ファラッドとの激戦を切り抜けたおかげだろうか、誰ひとり怯えた様子はない。
「わかってるさ。重々承知だよ。でもタスク。キミはダメだ。キミはその数には入れられない」
……ん?
……え?
いま、なんて……?
「なに言ってんだおまえ? 俺がいないと……」
「──キミにはやらなきゃいけないことがある。そうだろ?」
逃がさないって口調で、ジーンは言った。
「迷惑をかけた人がいる。謝らなきゃいけない人がいる。全力で駆けつけて、抱きしめてあげなきゃいけない人がいる。そうだろ? だったらやらなきゃ。そうしなきゃ。こんな状況だもん。その人は絶対怖がってるはずだよ。誰より強く、キミの帰りを待ってるはずだよ」
「だっておまえ、俺は……」
「──船長である前に男の子だろ? お嫁さんがたくさんいる、困った旦那様だろ?」
「だ、だけどそんな滅茶苦茶な話はないだろ。さすがに役割ってもんが……」
「──ボクはコ・パイだよ? 船長のいない間に船を守るのも仕事の内さ」
「……っ」
言葉に詰まった俺に、さらにジーンは畳みかけてきた。
「キミもさっき言ってたじゃないか。あの日とは違うって。ねえタスク……ボクはもう、ね?」
俺の胸倉を掴むと、至近距離で言い放った。
眼底から輝くようなまばゆい瞳を、俺に向けた。
「キミがいなくても、戦えるんだよ?」
「…………っ」
硬直している俺の胸を押すようにして身を離すと、ジーンはにっこり微笑んだ。
「大丈夫。こっちが終わったらすぐに合流するからさ。キミはキミで、そっちが終わったらこっちにすぐ合流して? ね、これは勝負だよ? どっちが先にカタをつけるかの、さ」
「………………負けたほうは?」
衝動をこらえながら、体の内側から振り絞るようにして聞くと。
「それはもちろん……」
人差し指を唇に当てたジーンが「んふ」と誰かみたいに笑って見せた。
「勝った方の言うことを、なんでも聞くのさ」
~~~ジーン・ソーンクロフト~~~
「……泣くぐらいなら言わなきゃいいのに」
機関士席に座っているアリアが、頬杖をつきながら呆れたように言った。
「だってえ……」
主操縦者席に移ったジーンは、えぐえぐと泣いていた。
「ああでもしないと、タスクは自分のしたいことを一番後回しにしちゃうからぁ……」
本音を言うならば、一緒に戦って欲しかった。
この緊急事態。
この難局面。
タスクの機転が必要な瞬間はいくつもあるはずだ。
そうでなくても彼の不在は、ジーンにとって大きすぎる。
不安な時、怖い時、すがれる場所がなくなる。
掴める袖がなくなる。
(いいんだ。これでいいんだ。でないと、またあの時の繰り返しになっちゃう……)
くじけそうになる自分に言い聞かせた。
(なあジーン。変わろうと決めたんだろ? 強くなろうと決めたんだろ?)
誰もいなくても、誰かがいても。
それだけは、変えないって。
「………………うん、大丈夫。もう、泣かない」
涙を拭うと、ジーンは無理やり笑った。
船に残ったみんなを見渡した。
「みんな。申し訳ないけどまた戦いだ。落ち着けるのはもうちょっと先になる。疲れてるだろうけど、ホントごめんね?」
ジーンの謝罪に──
「平気平気、なんやかやで暴れるのはスカッとするし」
アリアは変わらず元気よく。
「弟の留守を守るのもお姉ちゃんの役目……しっかりしなきゃ……」
クロエはぶつぶつつぶやきながらメガネを拭いている。
「あとで美味い酒の一杯も呑ませてくれりゃ、あたしとしちゃ異存はないよ……ああ、はいはいあんたたちはきちんと座る。シートベルトも締めるんだよ?」
カーゴルームからコックピットに移ってきた3人衆を機関士席に座らせながらゼシカ。
「ま、焦らず気楽にいこうぜ。船長代理」
ガドックは肩を竦め、気軽に笑ってみせた。
「……ありがと、みんな」
みんなの気遣いに礼を述べると、ジーンは正面に向き直った。
操縦桿を握った。
フットペダルに足をかけながら、チラリと外部モニタに目を走らせた。
そこには地上に降りたタスクとウルリカがの姿が映っている。
ウルリカの操る馬に跨り、ふたりはどこかへ向かって駆けて行く。
(……ああ、やっぱりね。わかってはいてもけっこう辛いや)
遠ざかる背中を見ながら、ジーンは胸を痛めた。
(キミがボク以外の誰かの元に駆けて行くのを見るのは……さ)
ズキズキけっこう痛むけど、唇を噛んで耐えた。
(だからさ……ねえタスク、覚悟しといてよね? 待った分だけ速く、キミの元へ駆けて行くから。辛かった分だけ強く、キミに抱きつくから。そして全身で、全霊で、キミにすがりつくから。そしたらキミはさ……)
目を細めてほほ笑んだ。
(ボクのこと、全力で甘やかしてくれなくちゃダメなんだからね?)