「舟の行き先」
~~~メレラ~~~
タスクに何事かを告げたウルリカは、顔を拭うようにしながらその場を去った。
宴席に向かって、まっしぐらに駆けていく。
タスクはその後を追うことが出来ず、ただ立ち尽くしていた。
胸の痛みに耐えるように、顔をしかめて。
「……」
ふたりの別れを、メレラは遠くからじっと見守っていた。
もうほとんど見えない目で、でもたしかに、目の前にある出来事のように感じ取っていた。
エーテル視のおかげ……というだけではない。
ただ単純に、想像しやすかったのだ。
だってそれは、遥か昔に一度、見たことのある光景だったから。
星を発つロキと、星に残ることを決めたマウラ。
あの姿にそっくりだったからだ。
「追えない……ものなんだろうね」
「……」
「手を掴んで引き留めて、抱きしめてやればさ、それで済む話なんだろうにね」
「……ああ」
「無理して言わないでいいよ。あんたには荷が重いだろ?」
「……違いねえ」
ロキはただガシガシと、頭をかいた。
「……なあ、メレラよ」
杖をつきながら宴席に戻ろうとしたメレラに、ロキが声をかけた。
「今さらわしがどうこう言えた義理じゃねえのはわかってる。だがよう……なあ、後生だから、ひとつだけ教えちゃくれねえか?」
「なんだい、改まって」
足を止め、メレラは振り返った。
「マウラは……シリカはよう。……幸せに、暮らせてたかい?」
「………………はっ。何を今さら」
ロキの未練をメレラは鼻で笑い、再び歩き出した。
「おい、メレラ──」
「うるさいよ」
「なあ、頼むって──」
「いいから、離しなっ」
追いすがるロキを振り払った。
そしてなおも、前に進んだ。
「なあ、ロキ。わかってんだろ?」
振り返りすらしなかった。
「それを知る権利があるのはさ、きちんと帰って来た者だけだよ」
「ああ………………まあな」
痛烈な返しに、ロキは言葉を失った。
自覚している通り、彼の帰還はあまりに遅すぎた。
こうしてメレラにすげなく断られるだろうことも、わかっていたに違いない。
だけどそれでも、知りたくなったのは……タスクとウルリカの姿に、昔の自分とマウラを重ねたせいだろう。
もしあの時別れることなく共にいたなら、今ごろどんな生活をおくっていたのだろうかと、詮無きことを思ったのだ。
ちょうどメレラがそうだったように。
ぽつねんと立ち尽くすロキをその場に残して、メレラは歩き続けた。
「……バカだね、本当に」
誰にも聞こえぬような、小さな声でつぶやいた。
「追いすがらないで掴めるものなんて、何も無いのにさ」
そしてそっと、ため息をついた。
「はあ……それにしても。あのお人ならあるいはと、期待してたんだけどねえ……」
失望と落胆は、老いさらばえた身にはことに堪える。
コツコツと杖を突きながら、メレラは──
マウラのことを思った。
シリカのことを思った。
願いを叶えることの出来なかったふたりと、ウルリカのことを思った。
「もう少しきちんと、発破をかけてやればよかったのかね? 背中を蹴飛ばしてやればよかったのかね? だけどまあ、それも……未練だわね?」
答える者のいない問いを、繰り返した。
「舟の行き先を決めるのは、他の誰でもない自分自身だ。それがわかった上で、あんたらはそうしたんだものね?」
繰り返しながら、歩き続けた。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
赤い月の照る中を。
柔らかな夜風の中を。
静かに。
静かに。