「エーテリック・ピュアボルト!!」
~~~新堂助~~~
(い、一撃って……いったいどうするつもりだよ?)
いまさら言うまでもないことだが、星喰いは巨大だ。
本気で全長100メートルはあるかもしれない。
当然それに見合うだけの体重もある。
骨格がしっかりしていて、筋肉も発達している。
毛皮の下の皮下脂肪も、見る限り相当に分厚い。
(あんなのをまさか、打撃でなんとかしようってのか?)
アデルの構えは、明らかに打撃を狙ったものだ。
右足を前、左足を後ろに引いている。
腰を落とし、右拳をわずかに前に出した半身の構え。
誰から習ったんだって、たぶん俺の真似なんだろうけど。
付け焼刃の割には上手く出来ていた。
重心の位置も、拳の握りもまずまず。
……って違う、そういう問題じゃない。
(絶対無理だって。打撃なんか通らねえって。どんだけ体格差があると思ってんだよ。もはや裏当てがどうとかいうレベルですらねえぞ?)
俺は必死に説得した。
(言っとくけどさあ、武術ったって万能じゃないんだぜ? 相手の力を利用する、重力引力を味方につける、梃子の原理。術理は様々あるけどさあ、どうにもならないものがあるんだって。なんでも出来る魔法の力ってわけじゃないんだよ。悔しいけどさ、体格体重ってのはどうしようもないもんなんだ。まして相手はこんな化け物だ。生半可な打撃なんか通じるもんか)
「柔よく剛を制す」よりも「剛よく柔を断つ」ほうが、よほどあり得ることなんだ。
だからこそ武術家は鍛練を積むのだが、目の前のこいつは、そういった次元を超越してる。
生物としての階層が、根本的に異なってる。
努力や研鑽でなんとかなるようなようなもんじゃない。
「……」
俺の説得もなんのその、アデルはただ静かな瞳で、星喰いを見つめてた。
「そもそも、武とはなんだ」
(……は? なんだよいきなり……)
「答えよ」
(えっと……武は矛を止むるをもってす。だっけ。中国の昔の書物の言葉だとかなんとか、お袋が言ってた。暴力を制することだって。弱者が強者に抗う術なんだって)
「そうだ。制し、御する。ぬしがいつか言ったようにな。武もエーテル運法も、根本は変わらん。術を学び、理を貴ぶ。相手の強きを察し、弱きにつけこむ。己の弱きを隠し、強きを押しこむ」
(弱きにつけこむ……)
動物の弱点といえば鼻っ面だろう。
分厚い筋肉や皮下脂肪に守られていないくせに、痛覚や重要諸器官が集中している。
顔面狙いは、人間だけでなく熊や狼にだって有効な方法だ。
(強きを押し込む……)
こっちの強きってのはなんだ?
とんでもない速さで動けることか?
そりゃあたしかに立派なアドバンテージだけど、だからなんだって……。
(ん……?)
とんでもない速さで動ける?
弱きに強きを押し込む?
(……おいおいお師匠様、まさかあんた、おかしなこと考えてるんじゃないだろうな?)
「ほう? おかしなこととは?」
だからやめろよ、なんであんたそんなに楽しそうに笑ってんだよ。
(突撃、特攻、カミカゼアタック)
「……んふ」
(やっぱりかーい!)
俺は全力でツッコんだ。
(ふざけんなよ! 他にもっとマシな選択肢あるだろ!? このまま環で回避し続けて時間を稼いで2隻の修理を待つとかさあ……!)
「では聞くが、これまでに何分が経過した?」
アデルの鋭いツッコみに、俺はたじたじになった。
(じゅ……十分も経ってない……)
「我はさきほど、なんと言った?」
(限界……だって……)
渋々認めると、アデルは得意げに肩をそびやかした。
(だ……だけどさあ!)
俺は必死に食い下がった。
(おかしいだろ! 限界だったらなおさらダメじゃないかよ! それこそあんた言ってたじゃないか! とんでもなく消耗するって! 肉体と脳がそんも……う……?)
あれ?
アデルは言うまでもなく精霊だ。
肉体も脳もない。
そのアデルが損耗すると、どうなるんだ?
(待った! 待ったお師匠様!)
「待たない」
(待てって! ホントに待てって! 話を聞けよ! 損耗したあんたはどうやって回復するんだよ! シロは食って寝てりゃそのうち回復するかもしれないけど……! あんたはだって……精霊じゃないか!)
アデルは構わず動き出した。
前足を振り上げ、勢いよく踏み下ろした。
「発──」
接した地面に無数のヒビが入った。
次の瞬間、それらはサイコロ状に分解され、爆発的な勢いで噴き上がった。
こちらに接近しつつあった星喰いの目に向けて、猛烈な勢いで噴きつけた。
──……!?
星喰いは堪らず後退した。
姿勢を下げ、盛んに頭を横に振っている。
「発──」
アデルは上空へと跳んだ。
星喰いの直上、見下ろす位置だ。
吸は行わない。
補給せず、このまま一気に仕留める気だ。
そして今さら気がついた。
打撃の構えはフェイクだったんだ。
正面から行くぞと思わせて、星喰いの目を引きつけた。
まっすぐ突っ込んできたところへ目潰し──すかさず上からの強襲。
くそっ……本気で古流の術者みたいな崩しじゃないか!
「……技名、あったほうが格好よいか?」
茶目っ気たっぷりにウインクしながら、アデルは聞いてきた。
(は? 何言って……)
「なるべく格好よいほうがよかろうな? では、そうだな……」
(お師匠様! やめ──)
「エーテリック──」
瞬間──俺の体の中をバチバチと、電流のような何かが荒れ狂った。
それは肉、骨、血管、体液──俺の体を構成するありとあらゆる要素に働きかけ、分解した。
エーテル体に分解された俺は、黄金色に輝く金平糖みたいな物体──おそらくはアデルそのもの──に吸い寄せられた。
吸い寄せられたのは俺だけではなかった。
水色のは水のエーテル。青色のは風のエーテル。
土色の一大勢力は地のエーテルだろう。
赤いのは──もしかしたらさっき接触した時に奪ったのだろうか──ウルリカに似ていた。ぷんぷん怒ってるみたいに、真っ赤に燃えていた。
それは凄まじい体験だった。
他のエーテルと混じり合い、融け合ううちに、やがて自我というものが失われていくのを感じた。
俺が俺でありながら俺でなく、他のみんなと共にアデルを構成する一要素となっていくのを感じた。
嫌な気分はしなかった。
怖いとも、寂しいとも思わなかった。
その時俺たちの中にあったのは、たったひとつだ。
──敵を討つべし。
峻厳で苛烈な、稲妻のような思念に染まっていた。
「ピュア・ボルト──」
アデルの声が聞こえた。
そう思った瞬間、俺たちは一条の電撃となって迸っていた。