「闇の奥で待つ者は!!」
~~~新堂助~~~
エンジンが唸りを上げている。
車輪とレールの間に火花が散っている。
坑道内特有の埃くさい空気に砂や塵の混じったものが、真っ向から顔にぶつかってくる。
俺の運転するトロッコは、最深部を目指して猛スピードで走っていた。
「ゼシカさん、もっと体勢を低く! 手にもっと力を入れて! 俺の腰に回すように!」
「わかった!」
けたたましい走行音に負けまいと、ゼシカさんが大きな声を出した。
俺の腰に回した手に、ぐっと力をこめた。
「ダメダメそんなんじゃ! もっとぴったりくっつく感じで! こう……ぐいっと押しつけて!」
「こ……こうかい!?」
「そうそれ! 完璧! 最高! マーベラス!」
「……完璧最高マーベラス?」
「表現間違った! ともかくそれでいいですよ! そのままで!」
「……ふうん?」
ちょいちょい私情を差し挟んだりはしてるけども、指示自体は正しいはずだ。
都会の電車とかとは違って、トロッコってのはガンガン揺れる。
しかも今は、全力全開フルスロットルで飛ばしてる最中だ。レールの継ぎ目を越えたりカーブを曲がったりするたびに、体が浮くほどの衝撃がある。
振り落とされでもしたら、俺はともかくゼシカさんが大変なことになるだろう。
じゃあ飛ばさなきゃいいじゃんって話なんだけど、状況が安全策を許してくれない。
アリア姉さんとの距離は、時間に比例して離れてる。
追いつくためには、多少の無茶も身体的接触も、やむを得ないのだ。
「すまないねえタスク様! 無理言って連れて来てもらって!」
少しすると、ゼシカさんが改めて礼を言ってきた。
「気にしないでください! 出発前にも言ったでしょ!? 俺が同じ立場でもそうするって! 意地でもついてくって! だったら一緒にいてくれたほうがありがたいってさ!」
「だけどさあ……!」
ゼシカさんはなおも、申し訳なさそうな声を出す。
「あたしは全然、戦力にはならないし……!」
拳銃タイプの光線銃を持っているゼシカさんだが、戦力としては甚だ怪しい。
さきほどの戦闘でも、ひとりてんで違う方向を撃ってた。
運動神経自体は悪くないと思うのだが、実戦とはまた違うのだろう。
「ホント、さっきのことなら気にしなくていいですよ!? そもそも素人がいきなり撃って、バシバシ当てる方が珍しいんですよ! あれはミノリさんが変なんです!」
「でもさあ……!」
「いざとなった時の最後の手段! それぐらいに思っといてくれればいいんですよ! 荒事は基本、俺がするんで! ゼシカさんはアリア姉さんの救出にだけ集中してくれてればいいんです!」
「アリアに……集中……っ」
唾を飲みこむ音がした。
ちょっと怯んだような気配がした。
真後ろにいるゼシカさんの表情は、俺には見えない。
でも、わかるような気がした。
きっと、複雑な顔をしているはずだ。
妹を死の淵へ追いやってしまっている後悔と、今度こそしっかり抱きしめてやんなきゃって緊張感と。
プレッシャーに胸をぎゅうぎゅう締め付けられて、いっぱいいっぱいな顔をしてるはずだ。
「そうだよ! なあゼシカさん!」
だからこそ──俺は思い切り煽ってやった。
「もう二度と、離すんじゃないぜ!?」
「……っ!」
瞬間、ゼシカさんの体がぶるりと震えた。
そしてすぐに、力いっぱい俺の背中を叩いてきた。
「うるさいよ! ああもう! 生意気なガキだねえあんたは! 生意気で! 小賢しくて! ホントに……! ホントにもう……!」
俺の頭に手を乗せると、グシャグシャにかき乱してきた。
「ありがとよ! おかげで目が覚めた気がするよ! そうさ、あたしにはもうビクついてる暇なんてないんだ! あとはとにかく、精一杯やるだけだ!」
わずかに潤んだような声で叫んだ。
「おうおう! その意気その意気いい感じ! 調子出てきたんじゃないのゼシカさーん!?」
「こっ……のガキ! いったいどこから目線なんだってーの! アリアとクロエの気持ちが今さらになってよくわかるよ! このっ! このこのこのっ!」
「あ痛たたたたた……! た、叩くのダメ! 叩くのダメだってばゼシカさん! 手元が狂うから! ほらほら、トロッコが揺れて危ないからあーっ!」
「きゃああああああああーっ!?」
激しく揺れながら、トロッコは坑道の中をひた走った。
やがて、レールの終点に辿り着いた。
先に2台のトロッコが停まってた。
ひとつはたぶんアリア姉さんのもの。
もうひとつは誰のものだかわからない。
俺たちはそれぞれ電子カンテラを手にトロッコを降りた。
ゼシカさんは光線銃も握ってた。
2台のエンジンに触れてみた。
どちらもすでに止まっていたが、ほんのり温かさを残していた。
「……いったい誰のだろうね? 誰かお目付け役でもついて来たのかね?」
「わかんねえ……と言いたいところだけど、ごめんわかるわ。たぶん俺の知ってるあの人だ」
首を傾げるゼシカさんに、俺は苦笑いを返した。
ただの勘に過ぎない。
だけどたぶん当たってる。
俺が最も嫌がるだろうこの状況で、あのおっさんが仕掛けて来ないはずがない。
少し通路を進むと、照明の類がまったく無くなった。
電子カンテラの明かりと壁に記された蛍光チョークの赤色のみを頼りにそろりそろりと進むと、暗闇の中に誰かが立っていた。
「……やっぱりあんたかよ。薄々そんな気はしてたけどさ。さすがにちょっとしつこすぎない?」
佇んでいたのは、予想通りの人だった。
「しかも明かりもつけずにさ。なんなの? 地虫かなんかなの? 暗いところが大好きなのなの?」
大佐は腕組みしてこちらを見つめている。
俺が斬り落とした右足は、すでに義足に交換されていた。
生体工学の結晶であるバイオニックレッグではなく、ただの「金属製の足の代用品」なのは、ジャンゴという慢性物資不足な土地柄のせいだろうか。
「……ふん」
大佐は口元を歪めて笑った。
「ずいぶんとずれたことを聞くものだな。エーテル使いが手持ちの明かりなどと。装の輝度を増し、視力を増幅すればよかろう」
……ああーなるほど、そうやるんだ。
とにかく目に集中ってことね。
内心感心したことは、けれどおくびにも出してやらない。
「気持ちの問題だよ気持ちの問題。ぱあーっと明るく照らしたほうが気分も明るくなるじゃん。こんな地の底でもさ、あんたみたいな世を拗ねたおっさんでもさ、そしたらちいーっとはマシな顔が出来るんじゃないのって言ってんの」
「おや、そんなにおかしな表情をしているか? 私自身は恋焦がれる少女のような顔をしていると思っているのだが……」
「おええっ……あんたそれ、本気で言ってる?」
「本気だとも。久しく痛みを感じたことのない私に痛みを与えてくれた。死の存在をすら感じさせてくれた。少年は私にとって特別な存在で……」
「ちょっとマジで気持ち悪いんでやめてください。俺ノーマルなんでそういう趣味全然ないんで柔らかくて可愛い女の子が大好きなんで。あんたみたいなねちょねちょ粘着系なおっさんには興味ありませんので。一昨日戻って出直して来てください。その間にどっかに逃げますんで」
ガチで引く俺だが、大佐はさも楽しそうに、にたありと笑った。
──その時だった。
ズズウゥゥ……ンと、何かとてつもなく重い物が地上に落下したような音──後から聞くと、それはガリオン号とハンマーヘッドが胴体着陸した時のものだったらしい──がした。
坑道内は上下に激しく揺れ、砂塵が大量に舞った。
「うお……っ!?」
「きゃああぁっ!?」
ゼシカさんが悲鳴を上げ、俺の腕にしがみついて来た。
そして──
通路の奥から、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
「……アリア!?」
一瞬棒立ちになったゼシカさんは、しかし勇気を鼓して前に出た。
そのまま走って行こうとするのを、俺は慌てて腕を掴んで引き留めた。
「待ってゼシカさん! あいつに近寄っちゃ……」
「でもアリアが……!」
先に進むには、どうしても大佐の脇を通過する必要がある。
だけどそれは、餓えた猛獣の脇を走って通過しようとするようなものだ。
「──構わん。その女だけ先に進め」
興を削がれたと感じたのか、大佐はつまらなそうに息を吐いた。
「この先にいる女にも興味はない。生きるも死ぬも、どうでもよい」
なにこのおっさん、マジで俺のことだけしか見てないのかよ気持ち悪い。
「……タスク様。あたし、先に行くよ?」
俺の手を振りほどくと、ゼシカさんは真剣な表情で言った。
「ええ、だけどあまり無茶はしないでくださいよ? 危険があったらその場で待っててください。俺、すぐに追い着きますんで」
「うん、なるべくそうする」
ゼシカさんはうなずくと、大佐の脇を横歩きしてすり抜けた。
その姿が通路の奥に消えるのを待って、大佐は身構えた。
義足はそのまま動かさず、生身の左足だけを半歩後ろに引いた。
両腕を立て、胴体から顎先までを守った。
「すぐに追い着く? さすがに冗談が上手いな、少年」
俺の言葉で殺る気スイッチが入ったらしい。
辺りに濃密な殺気が垂れこめた。
「冗談? とんでもない」
俺は首を横に振った。
「俺はいつだって本気さ。やると言ったらやるんだよ。家族を守ると決めたからには守るんだ。守りきるまで止まらねえんだ。途中に立ちはだかろうって不届き者がいるんなら、真っ向から粉砕するのみさ」
電子カンテラを足元に置いた。
特別に構えたりはしなかった。
まっすぐ、力を抜いた自然体で立った。
「すぐってのも冗談じゃないんだぜ? なあ大佐、3秒だ」
にやりと嘲るように笑い、宣言した。
ざっくりと、大佐の自尊心に斬り込むように。
「3秒で、あんたを殺す──」




