「Little Brother is Back!!」
~~~新堂助~~~
車両と馬、ハンマーヘッドとガリオン号。
武装したメイドさんズと、クルルカ族の戦士と精霊使い。
俺たちは持てる戦力のほとんどを、正面からぶつけることにした。
ほとんどを、だ。
すべてじゃない。
俺とジーン、ウルリカ、ゼシカさんとミノリさん。
さらにクルルカ族の戦士の中でも最精鋭を集めた14名の別動隊は、鉱山の裏手に回った。
崖みたいな急峻を馬で乗り越え、駆け下っての奇襲。
一ノ谷のひよどり越え、と言ったらわかるだろうか。
日本史上、最も果敢な決死行に倣った。
「体を倒すな! まっすぐ立てろ!」
「絶対に腰を引くなよ!? 体勢が崩れる!」
「後ろの者は前の者にぴったりくっつけ! 離れるなー!」
7頭の馬が──騎手と射手のふたり乗りだ──急坂を駆け上がっていく。
「もうすぐ頂上だ! 皆、気を引き締しめて行くぞ!」
とんでもない斜度の九十九折れをすいすいと登って行くウルリカの檄に、クルルカ族の戦士たちが「おう!」と威勢のいい返事を返した。
「ホントに!? ホントにやるの!? 本気なの!?」
ウルリカの腰にしがみつくようにしたジーンが、後ろにいた俺を振り返った。
「俺はいつだって本気だよ! ジーン、おまえは舌噛むから黙ってな!」
「ううぅ……っ」
ジーンは半泣きになって唇を噛むと、ウルリカの首筋に顔を埋めた。
そうだ、それでいい。
平坦な地上はもう何百メートルも下にある。
だったら認識しないほうがいい。
今あるものに、遮二無二しがみついていたほうがいい。
「あーっははは! なんだこりゃ面白え! 最っ高の気分だ! ねえ、ゼシカ姉!?」
クルルカ族の戦士の後ろに乗っかったミノリさんは、何かのアトラクションでも楽しんでるみたいなご機嫌の表情で笑っている。
「……あんたも黙ってな。まったくどいつもこいつも、正気じゃないよ……」
ゼシカさんは俺の腰を痛いほどに抱きしめ、弱々しい声を発している。
「そりゃあ連れてってくれって言ったのはあたしだけどさ……。まさかこんなことになるとは……」
つぶやくたびに、熱い吐息が俺のうなじにかかる。
背中に当たる双丘が、むぎゅむぎゅっと得も言われぬ弾力を伝えてくる。
「いっ……やあもう最っ高の気分ですね! ミノリさん!」
興奮して叫んだ俺に、ミノリさんがビシッとサムズアップを返してくる。
「おう! おまえ話がわかるなあ! 地球人ってのはみんなおまえみたいなのか!?」
「俺みたいなのがたくさんいたら、少なくとも地球は2、3回終わってますね! 『おまえはホント頭のネジが一本外れてるよな』って、友達から教師から、皆に言われてましたから!」
「だろうなあー! あっははは!」
「まったくですねー! あーっははは!」
「何がそんなに楽しいんだいあんたら……」
げんなり声のゼシカさん。
「──出るぞ! 頂上だ!」
ウルリカが声を発する。
「ここから先は敵中だ! よいか!? 風の如く速やかに駆け抜けろ! 足を止めるは死と思え!」
『おう!』
一斉に、人馬は峰を超えた。
『………………!』
皆が息を呑んだ。
ウルリカですら、わずかに顎を引いた。
俺たちを待っていたのは、地上まで一本道の大坂だ。
ジェットコースターが上昇から下降へ移る瞬間のように、すべてが変わった。
ド、ド、ド……馬の足に加速がついた。
頬を風が叩く。
景色が高速で後ろへ流れていく。
重力に引っ張られ、落ちるような速度で急坂を駆け下っていく。
「……っ」
ゼシカさんは唇を噛むようにしている。
おそらくは悲鳴を上げたいだろうジーンも、必死に口を閉じている。
──最初の一撃がすべてを決める。それまで絶対に口を開いてはならない。
作戦通りだ。
誰も言葉を発しない。
聞こえるのはただ馬のいななきと、石の転がる音と、蹄の音のみ。
やがて地上に到着した。
幸いなことに、脱落者はひとりも出ていない。
敵の注意は、完全に本隊の方に向いている。
バリケードにいる連中も、火の見櫓みたいな形状の防御塔の上にいる連中も、そして──
……クロエ姉さん!
予想通り、クロエ姉さんは別のところにいた。
幌を収納した四輪駆動車の後部座席に立ち上がり、何かを叫んだ。
そして即座に、隣にいた荒くれに取り押さえられた。
座席の下に押し倒されるような格好になった。
綺麗な足が跳ね上がり、悲鳴が聞こえた。
「……タスク様っ」
ゼシカさんが、押し殺したような声を出した。
俺の腰に回された腕に、ぎゅっと力がこめられた。
「……任せろっ」
短く答えると、俺は皆と別れた。
ミノリさんの乗る馬だけが、猛然と追走して来る。
「……殺してやるっ」
物騒な言葉をつぶやくミノリさんが、SMG型の光線銃を構えた。
「まだだっ、タイミングを合わせてっ」
「ちっ、わかってるよ……っ」
苛立ったような返事を返しながらも、ミノリさんの馬は速度を落とした。
俺と一緒に、円弧を描くように回り込んでいく。
そうだ、気持ちはわかるが落ち着くんだ。
間違ってもクロエ姉さんを盾にはされたくないだろ?
他の皆の初撃に驚いたところへ仕掛ける。
有無を言わさずクロエ姉さんを奪還する。
それが俺たちの役割だ。
どんなに悔しくても、どんなに苦しくても、それ以外のことをしちゃいけない。
俺たちが我慢しているうちに皆もばらけ、所定の位置についた。
狙いは4つの防御塔、そして──
「Vamos a Matar, Companeros!」
力のこもったウルリカの声が、辺りに響き渡った。
『………………っ!?』
反応する間もあらばこそだ。
クルルカ族の戦士たちが、一斉にヤッカ玉を放り投げた。
ヤッカ玉ってのは、油と火種を混合して作られた、クルルカに伝わる手榴弾みたいなものだ。
そいつが防御塔の上に放り込まれた。
4つ4投。
狙い過たず、防御塔の上で炸裂した。
敵の射手たちは炎に巻かれて悲鳴を上げた。
何人もが地上へ落下し、そのまま命を落とした。
バリケードに陣取っていた連中が、こちらに気付いて振り向いた。
──だが遅い。
「『リ・ヴァル・ベア、アスターラム・ヴァイン!』」
凛としたジーンの声。
「『我、汝に命ず! 古き嵐の精霊よ! 契約に基づき、ここにその威を示せ!』」
詠唱の開始と同時に、精霊銃の銃身に納められていた青い宝玉がチカリと光った。
「『猛き牙と呼ばれる者よ、鋭き爪と称される者よ、無窮なるその暴威を示せ……!』」
青い宝玉を中心に、渦巻くように風が生まれた。
まばゆい閃光を、共に生じた。
雷鳴のような轟音。
銃口から、青白い光が奔流のように迸った。
しかし──
エネルギー波の狙いはわずかに逸れ、両先端の間を塞いでいたバリケードの端に命中した。
「……ぐううううううううううっ!?」
凄まじい放出圧力に、ジーンが悲鳴を上げた。
たまらずのけ反り、後ろへ吹っ飛びそうになった。
「足場のことは気にするな! 貴様はただ全力で放てばよい!」
ウルリカの纏う赤いエーテルがシュルシュルと生き物のように伸び、ジーンの腰に巻き付いた。
さらに枝分かれした数本が馬の胴に巻き付き、地面に先端を突き刺し、人馬をその場に固定した。
これぞ足腰の弱いジーンを砲台役に集中させるための奥の手、ジーン×ウルリカ×馬による、3身合体スタイルだ。
「うわあああああああああああああああっ!」
放出することにのみ集中できるようになったジーンは、全力で叫んだ。
叫びに呼応したかのように、エネルギー波がぐぐうっと膨れ上がった。
「ようし! そのままだ! いいぞジーン!」
ウルリカはジーンを称えると、馬首を巡らした。
すると、直線で放出されていたエネルギー波に横向きの変化がついた。
コンパスが円弧を描くように、バリケードを端から端へ薙ぎ払い、敵の士気ごと粉々に粉砕した。
算を乱して逃走する荒くれども──
鬨の声を上げて吶喊する味方本隊──
その頃俺たちは、クロエ姉さんの捕まっている車の斜め後方に忍び寄っていた。
やがて蹄の音に気づいたのか、車に乗っていた連中がこちらを振り向いた。
「……なんだこいつら!?」
「いつの間に!?」
銃を手に、慌てて立ち上がった。
だが──
「遅いよ!」
ミノリさんの銃がたて続けに二発、熱線を放った。
一発が荒くれの胴を捉え、一発は外れた。
「こいつら……!?」
残ったふたりが銃口をこちらに向ける。
そこへ──
ジャンプ一番、俺は車に飛び移った。
着地する前に、足刀をひとりの顔面にぶち込んだ。
最後のひとりがクロエ姉さん盾にしようと動いたが、それよりも俺の足の方が早かった。
光線銃を後ろ回し蹴りで蹴り上げ、踵落としを頭頂部に落とした。
「ご……う……っ?」
荒くれはわけのわからぬうめき声を上げ、ずるずると座席にへたりこんだ。
「な……んで……?」
クロエ姉さんは座席下に仰向けになったまま、ぽかんとした顔で俺を見上げている。
「なんでもなにもあるかよ。助けに来たんだろうが」
じわっ。
クロエ姉さんの目尻に涙が浮いた。
「だって……そんなの……っ。あなたは生きて戻って……っ、だからわたしは……っ」
声が詰まり、上手く喋れないでいる。
「安心……出来るって……っ、思って……っ」
脇の下に手を差し入れて抱き起こすと、なぜか怒り出した。
唇を噛んで、眉を歪めて。
ぽかぽかと、痛くないパンチで俺を叩いた。
「なんでよ……バカぁ……っ」
「いや、だからさ……」
何度説明しても、クロエ姉さんは首を横に振った。
「今すぐ……帰りなさいっ、ここは危ないから……っ」
って、頑なに。
パニックに陥りながらも俺の身を案じてくれてる。
それはたしかにありがたいことなのだが……。
「そのために来たんだってば。なあ、わかってくれよ……」
「ダメっ……あなたはわたしたちの弟で……だから……っ」
「──クロエ姉さん、聞いてくれ」
愚図るクロエ姉さんの肩を、強く掴んだ。
真正面から顔を覗き込んだ。
冷静でツンと澄ましたようないつもの感じは、そこにはなかった。
涙でメガネをびしょびしょに濡らした、泣き方の下手な女の子がそこにいた。
「弟だから来たんだよ。なあ、姉さん。弟が、家族を守りに来たんだよ」
「んぐ……っ」と、クロエ姉さんは喉を漏らした。
涙の量はさらに増した。
唇を噛み、顔をくしゃくしゃにして泣いた。
泣いて、泣いて、そして──
「おね……がい……っ、タズ……グっ」
くぐもった声でお願いしてきた。
「アイ……アをっ……たず……けでっ……」
って、これ以上なくストレートに。
「ああ、もちろん」
俺は、安心させるように笑いかけた。
笑って、抱きしめた。
「そのために、俺は来たんだぜ?」