「決戦前夜のetc」
~~~新堂助~~~
「なーんだタスク、こんなとこにいたん……だ?」
丘の上にひょっこり顔を覗かせたジーンが、俺たちの体勢を見て硬直した。
「なん……なん……なんっ?」
顔から血の気が引き、声は上擦っている。
「よ、様子が変だと思って探してみれば……っ?」
──様々な紆余曲折を経た上で、俺は仰向けに地面に倒れていた。
パイロットスーツの上半身が剥かれ、アンダーシャツは胸までまくり上げられていた。
ウルリカは俺の腰の上に馬乗りになって座っている。
慌ててドリーさんを懐に隠したせいか、ちょっと挙動が不審だ。
見ようによっては、これから野外でいやらしい行為に及ばんとしている図に見えなくもない。
「まさかこんなところで……しかも昨日今日知り合ったような相手と!? キミって……キミってやつは……っ!」
ジーンは目の前の光景を見たまま受け止めると、いきなりガンベルトから光線銃を引き抜いた。
「ちょっ……待てジーン! これは誤解だ! おまえは勘違いをしてる!」
「そんなあられもない格好で何を言ってるんだよ! ああもうっ! 気が多くて手が早いってのは理解してたつもりだけどっ、これはあまりに早すぎるんじゃないかなあーっ!?」
「だから違うんだって! 違うからその銃を下ろすんだ! たしかに……たしかにぱっと見! それ以外には見えない体勢なんだけど! とにかく全然違うんだ! そ……それにそもそも! 俺が何かしたからこうなったわけではなくてだなあー!?」
「この期に及んでしらばっくれるつもりかい!? しかも女の子に全部引っかぶせて逃げるつもりかい!? それって男の子としてどうなんだい!? いつも思うんだけどキミはもう少しそういった部分をだねえ……!」
「む……? なんだ? 何を騒いでいるんだ?」
話の展開についていけてないウルリカが、まずジーンを見て、俺を見て、またジーンを見た。
俺の敏感な部分にキュートなヒップを当てたまま、ぐりんぐりんと体を左右に動かした。
「おふっ……」
ウルリカの無自覚な、そして予想外の動きに、俺は思わず声を漏らしてしまった。
俺の反応を見たジーンはビキビキッとこめかみに青筋を浮かべ、まだよくわかっていないウルリカは、はてなと不思議そうな表情を浮かべた。
「この体勢に何か問題があるのか? ウルリカは単に、こやつの日々の鍛錬の成果を確認しようとしていただけだなのだが?」
「日々の鍛錬の成果ぁー……?」
ジーンがうろんな目で俺の顔を見た。
「そうだ。なあ、こやつの肉は素晴らしいぞ? 強くしなやかで、機敏に動く」
「肉が素晴らしい……強くしなやか……機敏に動くぅぅ……?」
ウルリカが言葉を重ねるたびにひくひくと、ジーンの頬が引きつっていく。
……あれ、おかしいぞ?
ウルリカは腹筋のことを説明してるはずなのに、なぜかまったくそうは聞こえない。
「な、なあウルリカ。その……言いかたなんだけどさ……」
これ以上大変なことになる前に止めようとしたのだが……。
「なんだ、ちょっと黙っていろ。今、いかに貴様のそれが素晴らしいものかということを説明しているところだ」
と一蹴された。
「いいか? よく聞けよ? 最大の美点が硬軟自在ということだ。普段は柔らかく余裕を持って構えているくせに、ここぞという時にはガチガチに硬くなれるのだ。見ろ見ろ、今もほら、衝撃を受けたせいで金属のように……ん? さっきまでと当たる位置が違う……? こんなところに腹がある……だと……?」
ごそごそとヒップの下をまさぐったウルリカの手が、あろうことか俺の俺を探り当ててしまった。
「……む? なんだこれは?」
俺の俺を握りしめたまま、首をかしげるウルリカ。
真っすぐ純朴な目でそれを観察するうちに……。
「………………あ?」
ようやくそれが何であるかに思い当たったのだろう。
ウルリカは瞬時に真っ赤になって手を離した。
「あ……ああ……っ、うあああ……っ?」
全身をわなわなと震わせた。
手を胸元に抱え込み、とんでもない台詞を吐いた。
「赤ちゃん……出来ちゃう……っ?」
「出来ねえよ!」
俺は全力でツッコんだ(隠喩)。
「おまえの性知識がガバガバすぎてビックリだわ! 子供が出来るまでにいったい何重の壁があると思ってんだ! 俺の下着にアンダーにパイロットスーツだろ!? おまえのズボンに下着だろ!? 計5枚の防壁だ! それだけありゃたいていの巨人の侵入が防げるよ! 守備隊すらいらないんじゃないかってレベルだよ! 言わんや俺の俺だぞ!? 未経験のぴっちぴちの新兵だ! 壁一枚乗り越えることすら出来ねえよ!」
「うう……ホントに……?」
「ホントだよ! ホントだからその『じわっ……』って目の端に涙浮かべんのやめろよ! 普段と違う乙女チックなリアクションやめろよ! 元々可愛いのがギャップでますます可愛いく見えちゃうじゃん! 俺の俺がますます大変なことになっちゃうじゃん!」
「可愛いって──あっ……また大きく……っ?」
「タスク……もういいよ」
ジーンがハアと重々しいため息をついた。
「よくねえよ! 全っ然よくねえよ! このままじゃ俺、自分の上に女の子を乗せて泣かせて興奮してるだけの変態じゃん! 弁解する余地をくれよ! とりあえず迅速に暇をくれよ! 俺の俺を静めるためのひとりきりの時間をさあー! ……あれ!? あれあれ!? なんで今かぶりを振ったの!? なんで銃の安全装置を外したの!? 俺いまなんか変なこと言った!? ……ああーっ! 言った! 言ったかもおー!?」
「……ウルリカ、ごめんね? あとできっちり謝るから、今はちょっと、離れててくれるかな?」
「え、なにそれ!? ウルリカを俺から離してどうするつもりなの!? んでなんでおまえの目はそんなに据わってんの!? 言っとくけどバイオレンスはご法度だかんな!? 暴力は何も生みませんから! ウルリカも何も産みませんから! わかった!? わかったならさっさとその銃をってうわああああああああっ!?」
鉄をも融かす熱線が、いきなり俺の顔面に向かって飛んできた。
「うおわああああーっ!?」
悲鳴を上げながら顔を倒し、すんでのところで直撃は免れたが……。
「ひょえええーっ!? 掠った!? 掠った!? 掠った!? 前髪の先っちょが消失した!? 顔面も熱っ!? 炙られただけで火傷しそう! ──待て! 待て待てジーン! ダメだって! そういうのダメ絶対! 話し合おう! 話せばわかるって!」
ジーンはなおも銃口を下ろさない。
「うるさい! 問答無用だよ! しっかりきっちり反省しなさい!」
「反省する前に死んじまうだろうがあーっ!?」
「大丈夫! これは古来から船乗りに伝わる裁判の手法なんだ! キミが本当に潔白なら死なないよ!」
「そんな魔女裁判みたいな判別方法があってたまるかあー!?」
まあその……そんなこんながありまして……。
夜明けを間近に控えた薄闇の中、俺の悲鳴とジーンの銃声が、クルルカの村を見下ろす丘の上にこだましたのでありました。
いやあ……ホントに何してんだろな……俺たち……。




