「クルルカ族の村にて!!」
~~~ウルリカ~~~
夕暮れ迫るジャンゴの荒野。
小高い丘を背にして、数十戸ものティルトーが建ち並んでいる。
ティルトーというのは、木の杭と木の柱、野牛のなめし革だけで作った、円錐形の移動用住居のことだ。
軽量で持ち運びがし易い。
頭頂が開口部になっていることで、内部で火をくべて暖をとったり煮炊きをしたり出来る。
季節によって住処を変えるクルルカ族にとっては、実に効率的な居住形態なのだ。
家々から立ちのぼる夕餉の香りの中に、今日はしかし、妙に香ばしいような、もっと言えば薬臭いようなものが混じっている。
それはクルルカ族に伝わるミィル──薬餌の臭いだ。
聖なる植物とされる薬草類や木の根を煎じた汁で豆を煮たものだが、これが大層苦い。
傷ついた戦士たちにとって帰還とは、ひとつの戦いの終わりであり、また始まりでもあるわけだ。
「うええ……ミィルだ……あれ、苦手なんだよなあ……」
「うちもだ。出がけにたまには肉の一切れも入れとけって言ったんだがなあ……」
「お、うちのが出て来た。おおーい、帰ったぞー」
ぼやく戦士たちを迎えに、女子供が家々から走り出て来た。
再会を果たせた家もあるし、そうでない家もあった。
村のあちこちで、悲喜こもごもの光景が繰り広げられた。
そんな中を、ウルリカは肩をいからせ、早足で歩いていた。
彼女は男社会であるクルルカ族において、女子供の憧れの対象であった。
多くの声がかけられ、笑顔を向けられたが──ウルリカはすべて黙殺した。足を緩めることすらしなかった。
「……手、振り返したりしないの? 微笑み返しとかさあ……。ま、そういう状況じゃないのはわかるけどさ……」
後ろから、戸惑うように声をかけきたのはジーンだ。
ウルリカの早足に追い付くため、ほとんど小走りになっている。
「戦士は作り笑顔など浮かべぬものだ」
ウルリカは素っ気なく答えた。
「死に接して、必要以上に悲しむこともない」
「わお……クールなんだね?」
「当たり前だ。いいか? そもそも戦士には3つの美徳というものがあって……」
強靭さ。
寡黙さ。
不動心。
新族長に選ばれて以来ウルリカは、クルルカの戦士の理想を体現するよう努めてきた。
そしてそれは、多くの場合成功を見た。
年齢に似合わぬ落ち着きと強さを称賛された。
正直ちょっと、誇らしかった。
だが──
メラッと、腹の底で炎が燃えた。
あの男──タスクの顔が脳裏をよぎった。
口先で、槍先で、ウルリカは軽くあしらわれた。
そして最後の一撃。
あの渾身の一突きをもらっていれば、ウルリカは……ウルリカは……
「──負けてなどいない!」
突然立ち止まって大声を上げたウルリカの背に、ジーンはしたたか鼻を打ち付けた。
「……痛……っ!? もう! なんで急に立ち止まるのさ! 鼻ぶつけちゃったじゃないか!」
涙目になって抗議してきたが、ウルリカは取り合わない。
「にも関わらず、あの男どもの目はなんだ!? 侮蔑したような目を人に向けて!」
「ああー……あの時の……」
ウルリカが言っているのは、ハンマーヘッドの医務室でのやり取りだ。
応急処置を終えひと息ついた男たちは、先の戦いを振り返り、口々にタスクのことを褒め称えた。
やれ、あの若さで凄まじい練度だとか。
軽く扱っているようにしか見えないのに、あの鋭さはなんだとか。
エーテル運法もなかなかのものだったぞとか。
族長の熊も(ここでひとしきり笑いが起こった)見事だったが、小僧のほうが先だった。もしあのまま行けば……(そこでウルリカの形相に気づいて皆口を閉じた)。
「皆……皆……っ、ウルリカをバカにして……!」
「うん……うん、落ち着いて? 一度深呼吸したら?」
屈辱に身を震わせるウルリカに、ジーンは落ち着けというジェスチャーをして見せた。
「落ち着いている! 貴様なんぞに言われずともな! クルルカの戦士は寡黙で! どんなことにも動じぬ心を持っているのだ!」
「うんそうだねー。知ってる知ってる。だからさ、ねえもうちょっとさ……。声のトーンというか……静かにしたほうが?」
「ウルリカがうるさいとでも言うつもりか!」
「いやまったくそんなことはないと思うよ? うんうん、ウルリカは静かだよー? だからさ、ね、もう行こうよ。ボクらも先を急ぐ身だしさ。急いで行って、精霊の涙をもらって、タスクを治してさ。ほら、そしたらウルリカもリベンジ出来るじゃん」
「ウルリカは負けてない!」
ウルリカが殴る真似をすると。
「わあーごめん!?」
ジーンはしゃがみこんで頭を抱えた。
その光景を見た村の女子供が、ひそひそと囁きを交わした。
「ねえ……ウルリカ様……あんな年端もいかない子供に手を上げてるわよ?」
「あの人はたしかに強いけど……ちょっと乱暴なところがあるからねえ……。また何か、気に食わないことでもあったのかねえ」
「うぐ……ぐすっ……」
「こら、男の子が泣くんじゃないのっ。泣いたらウルリカ様が怒りに来るわよっ?」
「うわあ~ん、ウルリカ様怖いよ~っ」
「く……うっ……?」
凄まじい風評被害にあっているのを察して、ウルリカは拳を納めた。
まだ頭を抱えてるジーンの腕を掴むと、無理やり立たせた。
「わあー!? ぶたないで!? 乱暴にしないで!?」
「するかバカ者! 貴様も言っていただろうが! 先を急ぐと!」
ぐいぐいとジーンを引っ張り、歩き出した。
「大婆様に精霊の涙の使用許可を願う! そしてあの男を治療して! 完全な状態で! 今度こそ決着をつける! 完膚なきまでに粉砕する! わかったか!?」
「う、うん。わかってるよ……わかってるし……一から十までこっちの望み通りではあるんだけど……。なんていうか……なんだろう……。そんなに乗り気になられると逆に怖いというか……」
「誰の顔が怖いだと!?」
「そんなこと言ってないよー!?」
ふたりはぎゃあぎゃあ騒ぎながら、村の真ん中を突っ切って行く。
行き先には、ひと際大きなティルトーがある。
伝説の戦士であった前族長テギのものであり、現在は妻のメレラが住んでいる。
一族の中で図り事があった時や、祭儀の場所として開放される。
今夜そこで、ひとつの大きな議決がなされる。
それがつまりは、クルルカ族に伝わる霊水──精霊の涙の外なる者への譲渡ということになるのだが……。