「悪魔の三本腕!!」
~~~ロキ・マグナス~~~
地元の後援者からの出資を元手に辺境星域の調査を始めたのは、わずか14歳の頃だ。
最初は5人乗りの小型船から始め、徐々に大きくしていった。
10人乗り、20人乗り、30人乗り。
船の性能が上がるたび、乗員の数が増えるたび、行動範囲が広がった。
人跡未踏の地を巡った。
他文明人の遺跡を発掘した。
未発見の植物や鉱物を採取し、新たな航行ルートを見出した。
歴史に残るような冒険を、何度となく行った。
南天の開拓者。
人類の先導者。
彼を称える数多くの言葉は、そうして生まれた。
冒険者という職業は、しかし華やかな部分だけでは成立しない。
未開の地にはどんな危険生物が潜んでいるかもわからないし、どんな風土病があるかもわからない。現地住民との諍いも起こるし、同業者からの嫌がらせのような行為もある。自然現象や天体現象の脅威は言うに及ばず。
だが最も多いのは、そして最も危険なのは、海賊との戦いだった。
辺境星域には司法の目が届かない。
コネクションを頼みに出来ないのならば、自分の身は自分で守るしかない。
貴重な財宝や物資、情報を満載しながら航行する冒険者は、海賊にとって絶好の獲物であり──
何度も戦いになった。
そのことごとくに勝利した。
様々な異名で呼ばれ、怖れられるようになった。
だが、今をさかのぼること20余年前。
ジギタリス星近傍の戦い。
海賊と政府軍による激しい撃ち合いのさ中、彼の船は被弾し、炎を噴きながら小惑星帯に消えた。
誰もが死んだと思っていた。
英雄は、星の海を寝床に定めたのだと。
だけど今──
そして今──
彼は再び、帰って来た。
血風吹きすさぶ、戦場へと。
「……なんだ? このジジイ」
「もったいぶった登場の仕方しやがって」
カーシーとラドスキーが、不快そうに唸った。
「邪魔だ」
「蒸発して死ね」
銃口をロキに向けた、その瞬間──
ドドンと、二発の銃声が鳴り響いた。
「……は?」
「……あ?」
ふたりとも、呆けたような声を出した。
「なんで……撃てねえ……?」
「あれ……? これ……指が……」
直後、ふたりは悲鳴を上げた。
膝を突き、地面を転げ回った。
「オレの……オレの指がああああああ!?」
「なんだってんだ!? なんだってんだ!? どういうことだこれはあああああ!?」
ふたりとも利き手を撃ち抜かれていた。
トリガーを弾くための人差し指を、根本から失っていた。
「ああー? 指の一本や二本で何をおたついてやがんだてめえらは?」
ロキは不敵に笑った。
腹の前で交叉した両手には、いつの間に抜かれていたのだろう、二丁の光線銃が握られている。
指だけ飛ばすコントロールも含め、恐ろしい神技だった。
「なんでだ!? オレらの装は完璧だったはずだ!」
「光線銃ごときに抜かれるようなもんじゃねえはずだ! てめえジジイ! いったい何をしやがった!?」
「ああー……これのことかあ。こいつはなあ、対エーテル使い用の特別製よ。極限まで収斂して威力を上げてんだ。射程は短けえし燃料はバカ喰いだし、正直てめえら相手にする時ぐれえしか使い道はねえんだがよう……まあーだから、てめえらみてえなのには、よく効くわなあ?」
ロキは口元を緩めると、光線銃をくるくる回して弄んだ。
「たまたま上手く当たったぐらいで余裕ぶっこきやがって!」
「舐めてんじゃねえー!」
ふたりが同時に動いた。
素早く光線銃を持ち替え、銃口をロキに向けた。
だがまたしても──
ドドンと、二発の銃声が鳴り響いた。
カーシーは先ほどと同じように指を撃ち抜かれて光線銃を取り落した。
横っ飛びしながら撃とうとしたラドスキーは、額のど真ん中を撃ち抜かれて絶命した。
「うあああああああ!? 兄弟ぃぃぃぃぃぃ!?」
相棒の死に、カーシーが身を震わせながら絶叫した。
「あーあーあー、変に動くからだ。黙っときゃ左右の指が一本ずつで済んだのによおー」
ロキは肩を竦めた。
「ま、いいさな。どうせ三下の悪党だ。この先、生きててもロクなことしねえだろうし、ここでサンドイーターの餌にでもなるのが大地ってえお袋さんへの孝行だ──なあ? てめえらもそう思うだろ?」
視線の先にいるのは、大佐とズールだ。
「あっしの部下をよくもやってくれましたねえー……?」
ズールはひくひくとこめかみをひくつかせながら、手元の警棒を操作した。
すると、ウルリカとの間に繋がっていた鋼線がプツリと切れた。
ズールの手を離れた鋼線からは、エーテル光の輝きがゆっくりと失われていく。
ウルリカは未だ網に捕らわれたような格好でジタバタともがいているが、エーテルで強化されていない鋼線ならば問題なく切断して脱出出来るはずだ。
それまでにかかる時間は3分か4分か──つまり、出てくる前に決着をつけるつもりなのだ。
「……邪魔するようなら、貴様も殺す」
ズールより先に、大佐が動いた。
目を血走らせながら前に出た。
片足だけで器用に飛び跳ね、凄まじい速さで近づいてくる。
「……その辺の雑魚と一緒にするなよ? どれだけ収斂したところで、そのような玩具で私の装は貫けん」
赤黒い大佐のエーテル光は、片足を失ってもいささかも衰えていない。
むしろより一層禍々しさを増し、必殺の四本貫手を覆っている。
「……ふん」
ロキは馬鹿馬鹿しいというふうにせせら笑った。
「一緒だってえの。なあ若造、装がどうとかは関係ねえんだよ。わしに言わせりゃ、てめえらごときは等しく雑魚だ」
二発撃った。
片方は足の臑を、もう片方は少しタイミングを遅らせ、逆側の肩の先端を撃った。
装を貫くことではなく、衝撃を与えることを目的とした撃ち方だ。
大佐は体幹を崩され、回転するように地面に倒れた。
「な……あ……っ!?」
すぐに跳ね起きようとするが──
「雑魚は雑魚らしく、地べたでびちびち跳ねてな」
ロキは素早く距離を詰め、畳かけた。
額の端を撃ち、跳ね上がった顎を掠めて撃った。
ボクサーのコンビネーションパンチのように。
頭を揺さぶられ脳振とうを起こした大佐は、くらくらと力なくへたりこんだ。
「……ちょっと爺さん、頑張りすぎですぜ? 年寄りの冷や水もその辺にしといたらどうですかねえ」
ズールが二発、撃ってきた。
「……おっとっと、危ねえ危ねえ」
ズールの手元と目の動きから射線を読み切ったロキは、さっと横へ動いた。
熱線は、ついさっきまでロキのいた空間を通過していく。
タイミングをずらして飛んで来た鋼線8本は、光線銃を連射してすべて撃ち落とした。
「おいおい……マジですかい……?」
衰えることを知らないロキの強さに、ズールの頬を冷や汗が伝った。
「……ふん、ですがこれならどうです?」
巻き上げ機で鋼線を巻き取りながら、ズールは横へ走った。
ロキの右側へ大きく回り込む様な動きだ。
「ご老体に、こういう動きはキツいでしょう?」
たとえば銃を持って相手と対峙している時。
右へ動く相手に照準を合わせようとすれば、必ず脇が開く。
脇が開けば狙いはつかない。
しかも、エーテルで身体強化されているズールの動きは風のように速く、目で追うだけでも精いっぱい。
当てることなど出来るはずがない。
そういう理屈だ。
しかし──
「……ああー? なんだってえー? 最近耳が遠くてなあー」
ロキは、老体に似合わぬ軽捷なステップで逆へ動いた。
互いに回り込み、円を描くようにしながら撃ち合うことで、不利を帳消しにした。
さらに──
一丁対二丁の連射速度の差。
動いている人間の人差し指を撃ち抜く射撃精度。
あくまでスピードを生かそうとするズールの動きの単純さも、ロキには有利に働いた。
先読みして足元を撃つなどしてリズムを乱した。
反撃に対しては逆にステップを遅くし、不意に立ち止まるなどの変化をつけて翻弄した。
そうこうするうち、熱線の何発かがズールを捉えた。
臑、肩などの末端を狙った射撃は、装を貫くことこそできなかったが、その都度着実にバランスを崩した。
「伝説は死なず、ですか! つくづく規格違いなお人ですねえ!」
ズールは辛抱強く射撃を続けた。
合間を縫って鋼線を飛ばしてきた。
「お褒めにあずかり光栄ですってなあー」
射撃は躱し、鋼線は鼻歌混じりで撃ち落とした。
「ちぃぃ……っ、しかたねえっ!」
撃ち合いでは勝てないことを察したズールは、とうとう最後の手札を切ってきた。
光線銃をホルスターに納めると、腰の後ろから警棒をもう一本取り出した。
「左右合わせて16本、『黒蜘蛛の死の網』! すべて撃ち落とせるものならやってみなせえ!」
両脚を踏ん張り、上体をのけぞらせ、二本の警棒を振りかぶった。
「……なあ若造、知ってるか? わしの異名」
ズールの奥の手を見て、ロキはにたりと笑った。
隙が出来るのを待っていたのだ。
「──悪魔の三本腕っていうんだよ」
飛び跳ねるように後ろへ下がった。
「知るっ……かああああああーっ!」
ズールは構わず、二本の警棒を振り降ろそうとした──瞬間、大出力の熱線が空間を薙いだ。
「──あ……ぁぁぁああああーっ!?」
光線銃の放つそれとはレベルが違う。
もっと大規模な、それこそ宇宙船の武装のような熱線だ。
──躱す? 避ける?
いや……間に合わない!
咄嗟の判断で警棒を投げ捨てたズールは、体の前面に両手を突き出した。
掌の先で、幾重にも装を折り重ねた。
瞬間──
バヂィィィィイッ!
轟音と共に、ズールの装と熱線が衝突した。
即死しなかったのはさすがだが、ズールは凄まじい勢いで後ろへ吹っ飛ばされた。
二転、三転……玩具の人形のように地面の上を転がった。
平たい岩にぶつかり、ようやく止まった。
「が……はああぁっ!?」
内臓をやられたのだろう、ズールはしたたかに血を吐いた。
ふらつきながら立ち上がると、警棒が一本、手からポロリと落ちた。見ると、左の前腕が折れていた。
「へっへっへ……二本の腕以外にタチの悪ーいのがもう一本あるってなあー」
ロキの言葉を遮るように、それは空からゆっくりと降下してきた。
全長50メートルにも及ぶ、濃い灰色の宇宙船。
先端部の特徴的な形状からハンマーヘッドと呼ばれるその機体は、ロキの愛機として知られている。
多くの海賊船を星の海に沈めてきたハンマーヘッドだが、地上戦でも負けず劣らずの戦果を挙げてきた。
脳波コントローラーを利用した遠隔操作による精密射撃、というのがその正体だ。
宇宙広しとはいえこれほどの精度──射撃戦のさ中にピンポイントで撃ち込めるほどの──で操れるのは、ロキをおいて他にいない。
「ちくしょう……化け物爺め……っ」
右手に警棒を握ったズールが、全身を震わせながらも敵愾心に満ちた目でロキを睨みつけてきた。
「まぁだやるかい? 若ぞ──」
「──ロキ爺ぃ! タスクが!」
タスクのもとに駆け寄ったジーンが悲鳴を上げた。
「死んじゃう! 死んじゃうよ! ねえロキ爺ぃ! タスクを助けて! お願い!」
ジーンの腕に抱かれたタスクは、真っ青な顔をしている。
唇を震わせ、うわ言のようなものをつぶやいている。
ジーンではなくロキに目を向け、何かを告げようとしている。
あまりにか細い声で、何を言っているかはわからないが……。
「……ふうん」
だがロキには、わかるような気がした。
今までに何度も見たことがある。
志半ばで命を落とした仲間たちの表情にそっくりだ。
彼らは/彼女らは、死の間際になると、決まってこう言うのだ。
自分の命なんてどうでもいいから、後は頼むと。
自分の最も大事な人のことを、なあロキ、あんたに頼むと。
「……若えくせに心得たボウヤじゃねえか」
ロキは長い息を吐いた。
ポリポリと頭をかいた。
ズールのほうに顔を向けた。
どうでもいいといった口調で、一言告げた。
「急の用事が出来ちまったんでな。今日のところはこれで勘弁してやる。お仲間連れて、とっとと逃げな」
光線銃をホルスターに納め、背を向けて歩き出した。
「てめえジジイ! 逃げられると思うなよおおおおおお!?」
光線銃を腰だめにしたカーシーが立ち上がった。
絶叫しながら中指を引き金にかけた。
狙いは隙だらけのロキの背中──
ドン。
銃声一発。
額を撃ち抜かれたカーシーは、よろよろと力なくその場に崩れ落ちた。
「……二本の足で歩けるうちに帰りな。若造ども」
脇の下をくぐらせるようにして抜き撃った光線銃をホルスターに納めると、ロキは口笛を吹きながらジーンのもとに向かった。




