「槍合わせ!!」
~~~新堂助~~~
日本古流ってのは、言うまでもなく戦場武術だ。
合戦のさ中の組討ちに使うのが本義。
刀や槍に対する方法も、それを奪って使うことまで視野に入れてる。
だから俺はすべての武器を扱える。良いところも悪いところも、その特質まで頭に入れてる。
その上で言わせてもらおう。
素手、刀、槍。
この中で最も強い攻撃手段は槍だ。
刀は素手に強く、槍は刀に強く、そして槍には槍でしか勝てない。
リーチの長さは百難隠す。
どんなに鋭い拳も刃も、相手に届かなければ意味がない。
だから俺は槍を選んだ。
最も強く、最も速い攻撃手段を。
「死ぃねえええええええっ!」
大音声と共に、ウルリカが仕掛けてきた。
中段の構えから駆け出し、全体重を乗せるようにして踏み込んできた。
ウルリカの使う手槍の長さは約5尺(150センチ)、穂先は3寸(15センチ)。
俺のものよりも幾分短い。
俺を突くためには、当然、中段に構えた槍が邪魔になる。
「しゅっ……!」
鋭い呼気と共に、ウルリカの槍の穂先が一瞬上に跳ね上がった。
俺の槍の穂先を叩き、そのまま胴を突こうという狙いだ。
「……まあ悪くないんだけどね、勢いあるし」
ウルリカの槍の穂先が跳ねると同時、俺はあらかじめ前目に構えていた槍を、所定の位置まで戻した。
「な……っ!?」
ウルリカの目が、驚愕に見開かれた。
あるべきはずの位置に、俺の槍の穂がなかったからだ。
「三条流──虚返し!」
空ぶった穂先が浮上しようとするのを上から叩き、そのまま肩口を突いた。
しかし──
ガイン、金属同士がぶつかるような音がした。
肘の先まで、じぃんと痺れたような感覚が広がった。
ウルリカの装を、俺の槍は貫けなかった。
「な……っ、な……っ、な……っ!?」
ウルリカは慌てて後退し。
「うへえ、固てえなあーっ。エーテルの性質は性根を表すってか?」
腕を振りながら、俺はぼやいた。
なかなかに堅固な装だ。
なるべく濃度の薄い──防御の脆い──ところを狙ってこれだからなあ……。
万全だったらと思うとぞっとするぜ。
だけどそんな気持ちはおくびにも出してやらない。
弾かれるのも計算のうち、みたいににやにや笑いながら、中段に構え直した。
「ま、それぐらいガードが固いほうが楽しめるってもんだけどさ」
「くっ……この!」
ウルリカはめげずに攻撃を繰り出してきた。
上からの叩き、横からの薙ぎ、正面からの突き。
どれもこれも強烈で、目にも止まらぬような一撃だったが、なんなく対処出来た。
叩きは横に払い、薙ぎは叩き落とし、突きにはやはり──すかして返した。
「もういっちょう!」
ガィィィン……!
さっきと同じ位置をさっきよりも強く突いたが、ウルリカの装はなおも固く、傷をつけることはかなわなかった。
「ちぇ……まぁだ甘いってのか? どんだけだよ……」
ぼやきながら槍を手の中で弄んでいると……。
「なんだ……っ? 貴様のその槍……っ?」
突かれた肩を手で押さえたウルリカの顔に、驚愕の表情が浮かんでいる。
「いったいなんなんだっ? 伸びたり縮んだり……動きが変だっ。そんなの見たことないぞっ?」
なぜか非難めいた口調だが、それほど混乱してるってことだろう。
「あー……うん、やっぱそうだよな。そんな気はしてた。あんたの攻めが単調なのは、性格もあるんだろうけど、たぶんそれ以上にあんたらの技が未熟なんだ」
「未熟……?」
おそらく思ってもみなかったであろう単語に、ウルリカはきょとんとした顔になった。
「歴史の差、といったらわかるかな?」
「歴史の……差……?」
「わかんねえか。……うーんとさ、俺、ジャンゴに来るのは初めてなんだよ。初めてなんだけど、相棒がこういうの好きで、寝物語に聞かされ続けたもんでね。データ的にはかなり詳しいとこまで知ってんだ。地表の7割がこんな荒野で、寒暖の差が激しい。年間降雨量は200ミリにも満たないが、降る時はまとめて降る。雨のせいで滅んだ一族もいるってな」
「……」
「支配階層は、あんたらみたいなカンティラ人種だ。肌浅黒く、髪の毛は黒、目も黒。過酷な自然環境の中で鍛えられているから体は頑健、精強無比。住む地域によって、クルルカ族・ゴロッカ族・センテ族・ギド族・モド族の5部族に分かれている。それぞれ細かな違いはあるが、どの部族にも共通しているのは長柄の武器を得意とすること。馬で移動する機会が多いから、馬上での戦闘に長けていること。尚武の風があり、強者は一族の垣根を通り越して尊ばれること」
「……」
ウルリカは実に嫌そうな顔をしている。
よその人間が自分の星や一族のことで、知った風な口を叩いてるのが気にくわないんだろう。
ま、そう思わせるのも狙いなんで、別にいいんだけどさ。
「なあ、一応聞いとくぜ? この星でメインの戦争っていったら部族間抗争なんだろうけど、あんたらあまり、そういうのしてこなかっただろ?」
「何を言ってる? 地の5部族は互いに仲が悪く、水場争いで今までに何度も……」
「あーあー、はいはい、いいんだよそういうの」
俺は掌を突き出し、ウルリカの言葉を遮った。
「どうせ何年前にどこの部族とやり合った。そのさらに何年か前はどこの部族とやり合った。なんていう気の長いスパンの話をする気だろ? 規模だって、10数人対10数人ぐらいの話だろ?」
「む……ま、まあそうだが……っ」
「その何十倍何百倍、時には何千倍って規模の数の戦争なんて、想像も出来ねえだろ?」
「何……千……!?」
ウルリカは目を丸くした。
「俺の星はさ、あんたんとこよりももっと多くの人種がいて、もっとたくさんの部族に分かれてんだ。何億、十何億って単位の部族がごろごろいるわけ」
さすがに十何億ってとこは限られてるけども。
「……億? ……億?」
ウルリカは思わず二度繰り返した。
「とくに槍はさ、人類最古の武器なんても呼ばれてるわけ。何千年って歴史の中で、何億何十億って人たちが使ってきたわけ。たくさんの人達の肉を貫き、骨を砕いてきたわけ。当然、技術も磨かれるわな。我が子へ、またその子へと継承し、濃度を濃くしていくわな。なあ、わかるか? その最終形態が、他ならぬこの俺なんだ。数多の先人たちの、血と汗の結晶なんだ」
俺は口元を緩めた。
「あんたの攻撃はさ、たしかに速いし重いよ。だがそれだけだ。力任せ、身体能力頼み。エーテルの後押しがあるから多少は見栄えがするけどさ。俺から言わせりゃあ──」
馬鹿にするように、目をすがめた。
「児戯に等しい」
「──!?」
ゾクリと、ウルリカは背筋を震わせた。
明らかに怯みを見せた。
「……あらあら、びびっちゃった?」
俺は半歩、足を踏み出した。
「じゃあそろそろ、こっちから行くぜ?」
「ぐ……ぐ……ぐ……っ? な、なっ、舐めるなああああー!」
俺の言葉に触発されたのか、ウルリカが必死の形相で攻めてきた。
未熟と侮られたのを気にしてか、下段、中段、上段と、様々に散らして突いて来た。
フェイントらしきものまで混ぜてくるようになった。
「おーおー、いいよいいよー、今度は工夫してきたなあー?」
そのことごとくを、俺は笑いながら躱した。
「だけどまだまだだな。そんなんじゃ当たってやれねえぞ?」
なんなく払い、受け流した。
「おおおおおおああーっ!」
ウルリカの攻めはさらに激しさを増すが……。
そのうち、槍の穂先が俺の身に届くことすらもなくなった。
一連の攻防で、俺は完全に見切ったのだ。
伸びてくるウルリカの槍の穂先を、その都度上から叩き、横に払い、巻いて落とした。
専門用語で頭を押さえるとか、枕を押さえるなんていうやつだ。
槍の技術の根本で圧倒した。
制空権を掌握した。
「うう……ぐううっ……っ?」
突きも、薙ぎも、叩きも。
己の技のすべてが通じない。
そもそも届かない。
どうしていいかわからなくなったウルリカは、やむを得ず俺から距離をとり、呼吸を整えた。
といって、他の手段も思いつかないのだろう。
槍を握りしめたまま、呆然と立ち尽くしている。
「ウルリカ! 戦え!」
「そのような子供に後れをとるな!」
「クルルカの誇りを示せ!」
男たちの声援がむなしく響く。
(……確認するが、もったいぶっておるわけではないのだな?)
アデルの問いに対し、俺は小声で返した。
「当ったり前だろ? 誰が真剣勝負の最中にそんな舐めプするかい。殺しちゃまずいから、落としどころを探りながらやってるんだよ。つうかさ、勘違いしてるのかもしんないけど、古流の槍術ってのは崩しや拍子を重視するから、自分から突くなんてこと滅多にしないんだよ」
(槍術なのに突かないと……?)
「自分から攻めるってことは隙が出来るってことだろ? だから熟達者であればあるほど相手の攻めを待つ。後の先をとって、一撃で決めたがるものなんだよ」
(なるほどのう……ただのサディストかと思っておったが)
「失敬な……いやまあ、そういう感情がないとは言わんけどさ。動揺してる女の子って可愛いし」
でも、慎重に戦ってるってのは本当だ。
「あの装の硬さを見てもわかる通り、ウルリカのエーテルキャップは相当なもんだろ。転を見てもさほど驚かなかったし、運法に関しても、ひょっとしたら俺より上のステージにいる可能性がある。正直、エーテルでは争いたくないんだ。あくまで武術で雌雄を決していると思い込ませたい。このまま追い込んで、心をぽっきり折って降伏させるのがベスト」
(……なるほどのう。だがもし、あまりにも追い込み過ぎて、武術では勝てないからエーテルで……という流れになったらどうする?)
「はっ、それこそチャンスだろ」
(……ふむ?)
「今言ったろ? 熟達者であればあるほど後の先をとりたがるって。後の先、つまりは──」
カウンターだ。