「目付けと崩し!!」
~~~新堂助~~~
「俺が勝てば、あんたが全部丸ごと、俺のモノになる……だと?」
突然の申し出に、俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「あんたが……」
改めてウルリカを、爪先から頭のてっぺんまで見直した。
目つき涼やか、眉毛はキリッと整っている。
赤銅色の肌を包むのはクルルカ族の民族衣装──袖なしのシャツとズボン、鹿革の靴──という活動的なものだ。
勝ち気で強気な発言も相まって、男装の麗人的な雰囲気がある。
「全部丸ごと……」
背は平均的な女の子よりやや高いくらい。体つきは引き締まっていて、無駄な肉はついていない。
なので胸はそれほど大きくないが、かといって小さすぎるということもない。ツンと上向きで形が良い。
「俺のモノになる……?」
下半身、そう、このコのチャームポイントは下半身だ。
槍を嗜み、日常的に乗馬をしているせいだろう、尻がパツンと張っている。むっちり肉感的な太ももが、ズボンの下からはっきりと自己主張している。
一流スポーツ選手の筋肉が硬くないのと同じように、きっとあれは、触るとめちゃめちゃ気持ちのいいやつだ。弾力があって、指が吸いつきそうになるやつだ。
俺は思わず拳を握った。
「いいね!」
「うるさい! あまりジロジロ見るな! しかもなんで足ばかり!」
俺の目線に気づいたのか、ウルリカは顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。
「いやちがう! 足がどうとかじゃない! ウルリカが貴様のモノになるのは、あくまで貴様が勝ったらの話だ! あり得ない話だ! だっ……だからそうやってジロジロ見るのを今すぐやめろ! このスケベ! まったく外なる者は! どいつもこいつもそんなことばかり考えて! 神聖なる決闘をなんだと心得る! 誇りはないのか!? 誇りは!?」
「誇りはあるよ。あるけど、誇りじゃ腹は膨れないし、欲求も満たされないだろ?」
「よ、よ、欲求だとおーっ!?」
ウルリカは足をモジモジさせた。
遠慮ない俺の姿勢に耐えかねたのだろうが、胸ならともかく、足では隠しようもない。
「なんだよ、そんな大騒ぎするほどのこと言ったか? 性欲、肉欲、種としての本能。どう格好つけたって、人間ってのは本来そういう生き物だろうが。否定するほうがどうかしてる」
「そ、それはそうかもしれんが……っ」
俺はジト目でウルリカを見た。
「……なあ、どうも自覚が足りないみたいだから言っとくけどさ、負けたら俺のモノになるって、当たり前だけどそういうことだぜ? 誇りも尊厳も踏みにじられて、あんたの尻や太ももも好き放題にされるってことだぜ? あれ、もしかして、俺が子供だと思って甘く見てる? モジモジ赤面して、指一本触れないと思ってる? おあいにく様、こちとら年齢は子供でも、下半身は古強者だ。未通女なあんたなんて、一瞬で虜だぜ?」
下卑た風を装い、舌なめずりまでしてみせた。
「ぐっ……うっ……うううっ……!?」
ウルリカは嫌悪感で青ざめ。
「タスク……あとで話があるからね?」
ジーンが低い声で釘を刺してきた。
(んふ、ふっ、ふふふふふ……っ)
アデルがたまらんといった風に噴き出した。
(……お、面白いことを言うな。ぬ、ぬしよ……っ)
ヒイハアと笑いを堪えながら、アデルが話しかけてきた。
(経験も……ないくせにっ)
「な、なんで知ってんだよ……あ、まさか……っ?」
(横になりながらちょっと、な)
「おっまえっ……人の記憶を寝しなの読書みたいに扱うんじゃねえよっ」
俺の苦情にアデルは(腹が……痛い……っ)と笑い崩れた。
(ど、どうあれ……ごほん)
咳払いしながら立ち直った。
(どうあれ目的には叶っとるが、やりすぎて小娘に背後から撃たれぬようにな?)
「……ちぇ、わかってるよ、重々気をつけるよ」
ぶうたれながら、俺は答えた。
(さきほどから、ずいぶんとぬしのことを睨んでおるからな?)
「承知しておりまーす」
小娘──ジーンは相変わらず俺のほうをめっちゃ見てた。
不満そうに腕組みして、口をひん曲げてた。
足の裏でタシタシ地面を叩いて、苛立ちを表現してた。
(かてて加えてあの娘……)
「ああ、エーテル使いだって言うんだろ?」
(……ほう、気づいておったか)
アデルが驚いたような声を出した。
「それぐらいわかるっつーの。あの年齢で、しかも女の子が武の一族の頂点に君臨してるってのは変だろ? しかも世襲制じゃなく完全実力主義みたいだし。だったらなにがしかのカラクリがあんのが普通だろ? 武術を極めてるか、あるいは他に、何がしかの手を持ってるか……」
俺は精神を集中し、目を凝らした。
その場にいる人間を見渡した。
エーテルってのは生命力そのものであり、生物なら何であれ、少しは持っているものだ。
少年漫画特有の気やオーラみたいに体に帯び、纏っているものだ。
「ほらやっぱり」
その量が、ウルリカだけ異常に多かった。
他の男たちがロウソクの火ぐらいだとしたら、ウルリカのはちょっとしたキャンプファイアぐらいの量がある。
ジーンには及ばないが、俺よりは多い。かなり多い。
つまり、決して甘く見ていい相手ではない。
(知った上で煽っておったのか?)
アデルが不思議そうに聞いてくる。
「知ってるからこそだろ」
(……ふむ?)
アデルが首をかしげた気配がした。
「格闘技と古流武術の差ってやつでさ。ま、すぐにわかるよ」
俺は左足を大きく前に出した。
右足はわずかに後ろに引いた。
腰を落とし、身構えた。
「張……装……」
球状にエーテルを展開し、きゅっと萎めた。
体の周囲1センチのところでピタリ固定した。
これが今の俺のベストだ。最も扱いやすく動きやすい幅。
「転」
両掌の間に一本の棒を思い描いた。
硬く長く、先端に鋭い両刃のついた棒。
シュウウ……と何かが凝縮するような音と共に、それはただちに形を成した。
長さ1丈(180センチ)、穂先やや大振りで1尺足らず(25センチ)。
直槍。
槍としては短めの分類のもので、格闘戦に適する。
そいつが俺の掌の中にあった。
淡く青い光を放ちながら、ずっしりと、心地よい重みを伴って。
(ほう……転を応用して槍を創り出したか)
アデルが感心したような声を上げ。
「むう……っ!?」
ウルリカは唸り、目を見開いた。
「バカな!?」
「あの子供!?」
「まさか、ウルリカと同じ……!?」
男たちの間からもどよめきが起こった。
「うん、いい出来だ」
俺は自画自賛した。
毎晩の練習の甲斐ありだ。
自分の得意とする武器なら、かなりの速度精度で形成出来るようになった。
「……貴様もエーテル使いだったのか?」
ウルリカが、警戒するような声で確認してくる。
「そうさ、ついでに槍使いでもある」
見せつけるように、俺は頭上で槍をぶるんと一振り。
ゆっくりと、もったいつけるような動作で中段に構えた。
弄ぶように前後にしごきながら話しかけた。
「一応確認しとくけど、あんたんとこって槍が本業?」
「そうだ。始祖エンギから代々培ってきた技術で……」
「──三条流はそうでもねえんだわ」
長い長い系譜を語り始めようとしたのを、すかさず止めた。
「広い広ーい範囲の総合武術。槍は片手間、余録の余」
「なんだ……何が言いたい?」
馬鹿にされてると感じたのか、ウルリカの目つきが険しくなった。
「その程度のもんでも、あんたんとこには……少なくともあんたには勝てるぜってことを、はっきりさせておきたいんだ。あんたみたいな未熟者には負けやしないって」
ピシリと、空気が凍った。
「未熟者……だと……?」
ウルリカの声が擦れている。
「誰のことを……言ってる……?」
槍を握る手が震えている。
血の出そうなほどに、唇を噛んでいる。
「誰がも何もねえだろう。あんたの立ち方、重心、体捌き、それが答えだ。こうして向かい合ってりゃわかるぜ。決闘相手を前にして、まったくのノーガード。仕掛けの方針すら定まってるようには見えない。なあ、俺がその気になればさ、あんたなんて今頃とうに、串刺しになってるんだぜ?」
「……っ!?」
ウルリカの顔は、青を通り越して真っ白になった。
にたぁりと、俺は笑った。
チンピラみたいな笑みを浮かべた。
「言っただろ? 未通女にゃ負けねえって。あんたは突かれたことがねえから、本当の突きを知らない。槍扱いがわからない。だからさ、俺が教えてやるってんだよ。あんたをぶっ倒して、素っ裸にひん剥いて、女の悦びってやつをさ。この槍でってな。ひゃーはっはっはっ」
技術論を仕掛けると見せかけて、実際に叩きつけたのはただの下ネタだ。
股間を指し示しながらのハラスメント。
だけどそういったことに免疫のないだろうウルリカにはよく効いた。
高いプライドを刺激した。
「お……お……おのれ……っ、どこまでも人を虚仮にしおって……っ」
ウルリカは屈辱に身を震わせた。
「ウルリカをっ、クルルカをっ、バカにして……っ」
ウルリカの体を覆っていた炎のようなエーテル光が、ブワッと急速に輝きを増した。
「──殺してやるっ!」
張はすぐに収縮し、装となった。
だが、幅は2~3センチくらいと安定していない。
濃淡にもバラツキがある。
腕にも足にも、無駄な力が入ってる。
目が据わり、視界も狭まってる。
あれでは本当の実力の半分も発揮できないだろう。
(……なるほどのう)
アデルが感心したような、呆れたようなため息をついた。
(何かと思えば、こういうことか)
「そうさ。古流武術なんだ。ゴングをカン、で始まる格闘技とは違うのさ。武器を使って遠間から攻撃する、背後から不意をつく、寝込みを襲って当たり前。口で崩すなんてなあお優しい手段さ。汚いって思うか? 思うよな。決して正々堂々とはしてねえもん。だけどさ、それでいいんだ。軽蔑されようと、罵られようと構わねえ」
俺はにこやかに笑った。
笑いながら、その言葉を発した。
「──勝てるなら、それでいい」