「その名はウルリカ!!」
~~~新堂助~~~
全速力で飛ばしたおかげで、夜が明ける頃にはかなりの距離を稼げていた。
だけどまともな休憩もなく走らせたせいか、馬は盛んに舌を出していた。
毛並みはしとどに汗で濡れ、いかにも苦しそうだ。
「ドードードー……ごめんな、ちょっとキツすぎたか?」
さすがに可哀想になって、速度を緩めた。
ブルルル、といななくと、馬は不快げに首を振った。
「ねえタスク、そろそろこのコ、休ませてあげたら? 水を飲ませて、ひと息つかせてあげてさ」
深酒からの復活を遂げていたジーンが、申し訳なさそうに馬の腹を撫でた。
俺の背を叩き、「……ねえタスク?」と気づかわし気な声を出した。
「お姉さんたちのこと心配するのはわかるけど……」
「ああ……うん。だけどもう少し……もう少しのはずなんだよ……。座標的には、もう目的地周辺にいるはずなんだ」
ジーンの言いたいことはわかってる。
今の俺の余裕のなさも。
だけどさ……。
早くクルルカ族を見つけて、ロキに会って、ケルンピアに戻って……やるべきことはマジで山積みなんだよ。
「こんなとこで手間取ってるわけには……」
「──馬の扱いがなっていないな」
俺の言葉に被せるように、誰かが発した。
ジーンじゃなかった。
アデルでもなかった。
別の誰か。
聞いたことのない女の子の声──
「誰だ!? どこにいる!?」
辺りを見回したが、人の姿はなかった。
目に見える範囲にあるのは、荒野、小高い岩山、荒野、荒野……。
「──ここだ。外なる者」
小高い岩山の上に誰かいた。
馬に跨り、こちらを見下ろしていた。
逆光で、姿かたちはよく見えなかった。
「ハイヤッ」
馬の腹を蹴ると、そいつは一息に駆け下って来た。
断崖絶壁みたいな斜面を、平地みたいに降りて来た。
「……お、女の子?」
歳は俺と同じか、ちょっと上ぐらいだろうか。
黒々とした髪を大きな三つ編みにした女の子だ。
おそらくクルルカ族なのだろう。
ざっくりした麻の民族衣装を着ている。
むき出しの腕は赤銅色で、サソリの入れ墨がある。
全体的に細身だけど、ほどよく筋肉がついて引き締まっている。
重心も安定していて、いかにも強そう。
小脇にかいこんだ長めの手槍、馬の腹に括り付けた弓矢、首から下げた何かの牙の首飾りなんかも、武の一族感を醸し出している。
あ、もひとつ大事なこと、超絶美少女。
いやホント、顔立ちがめっちゃ整ってる。
眉毛がきりっと凛々しくて、アーモンド形の双眸は深い黒色を湛えていて、見てるとなんだかゾクゾクしてきちまう。
「何者だ。何をしに来た?」
「あ、えーっと……」
ぽーっとなって反応出来ないでいる俺の顔をぐいと押しのけ、後ろからジーンがしゃしゃり出た。
「キミこそ、誰さ!」
子犬が吠えるみたいに叫んだ。
「人に聞く前に、自分から名乗るのが礼儀だろ!? どこから来た何者で、なんでボクらの前に立ちはだかるのか! それをまず答えなよ!」
「ちょ、ジーン……」
「タスクは黙ってて!」
「あ、はい」
女の子は大儀そうに首を横に振った。
「ウルリカだ」
短く名乗った。
「クルルカの族長を任されている」
「族……長……?」
「……その若さで?」
最初にジーンが、次に俺が驚いた。
「若い?」
ウルリカは鼻で笑った。
「外なる者とは違う。強き者が一族を率いるが、クルルカの慣わしだ。たしかにウルリカは若いが、誰も疑問を差し挟む者はいない。純粋に強いからだ」
尚武の一族ってのは世の中に多くある。
だけど年齢も性別までも度外視して族長につけるってのは、かなり珍しいパターンだ。
クルルカが特別なのか、ウルリカだけが例外的に強すぎるのか、それとも他に理由があるのか……。
困惑しているうちに、ウルリカの背後の山から複数の馬が降りて来た。
皆、大人の男だった。
筋骨逞しい腕に、ウルリカ同様に槍をかいこみ、同様にサソリの入れ墨をしていた。
「どうした、ウルリカ?」
「その子供が、何か?」
「外なる者、殺すか?」
口々に言う彼らを、ウルリカは後ろ手で制した。
「やめよ。クルルカは誇り高き一族だ。弱き者をいたぶるを是とはしない」
「そうだな、ウルリカ」
「我ら、外なる者とは違う」
「命拾いしたな、子供」
男たちはガハハと笑い合った。
いかにも舐められてる感じ。まあ無理もないけど。
「この……っ、好き勝手言ってくれちゃってえー……」
不満げなのはジーンだった。
最近やたらとケンカっ早くなったこのコは、「ゴゴゴゴ……」と怒りのオーラを立ち上らせていた。
「まあまあ、落ち着けってば」
ジーンの太ももを擦ってなだめると、俺は改めてウルリカに向き直った。
「俺は地球から来た冒険者、シンドー・タスクだ。こっちはケルンピアのジーン・ソーンクロフト。故あって、ロキ・マグナスに会いに来た」
俺の言葉に男たちがざわつき、ウルリカは片眉を跳ね上げた。
「警戒するのはわかる。いきなりで変な話だよな。だけど聞いてくれ、ジーンがロキの知り合いなんだ。すんげえ仲がよくて、爺ちゃんと孫娘みたいな関係なんだ。話さえ通せばわかってくれるはずだ。な、そうだよな? ジーン」
「……うん」
まだ相手の態度を怒っているのか、ジーンはむくれたような声で答えた。
「……会えばわかるよ。早く会わせてよ」
「おいおい、そんな言い方……」
言い方を改めさせようとしたが、ジーンは腕組みしてそっぽを向いてしまった。
「………………孫娘、だと?」
ウルリカの声が、わずかに震えた。
どうしたんだろうと思って振り返ると、ウルリカは眉間に皺を寄せた、険しい表情をしていた。
「あの……種馬っ」
ぎりっと、歯を食いしばるような音を発した。
ん? あれ? なんか勘違いしてる?
というか何? 種馬? このコのNGワードに触れちゃった感じ?
「待った、ウルリカ。ジーンは別に本当にロキの孫娘ってわけじゃなくて……」
「……ははーん。なるほどそういうことか。ねえキミ、だったらどうするつもりだい? ボクがロキの孫娘だったとしたら」
ジーンが挑発的な態度で言った。
「待て待てジーン、おまえ何言ってん……」
「知れたこと……」
ウルリカは頭上で槍をぶんと回すと、ピタリ穂先をジーンに向けた。
「──殺す」
「はああああああっ!?」
何その急展開!?
「──やってみなよ。出来ないだろうけど」
「おまえはおまえで何言ってくれちゃってんのおぉー!?」
俺の絶叫もむなしく、ふたりはガンを飛ばし合った。
馬を降り、至近距離で向かい合った。
「落ち着いて落ち着いて落ち着いて! 意味がわかんねえよ! なんでケンカみたいになってんの!? おかしいだろ! 全然いがみ合う要素なかっただろ!?」
俺は慌てて馬を降り、ふたりの間に割って入った。
「この人、タスクをバカにした。弱いって。ボクの……タスクを……っ」
「いいよおー! そんなことおー! 俺まったく気にしてないよおー!」
「悪しき血……滅ぶべし……」
「だからそれは違うんだってばあー! ただジーンが煽っただけなんだよおー! 本当はふたりは血縁関係なんかじゃなくってえー!」
俺は互いの行き違いを精いっぱい主張したが、すでにスイッチが入ってしまっているふたりは、まったく引こうとしなかった。
「いずれにしろ、貴様らの申し出を受けるわけにはいかない。縁もゆかりもない者を、一族の内部に踏み込ませるわけにはいかない」
「こっちだって後には退けないね。ロキ爺ぃに会わないまますごすご帰るなんてあり得ない」
「遮二無二進もうとするなら、殺すしかないな」
「出来るもんならやってみなって言ってるだろ? ボケてるの? おばさん?」
「おば……!? う、ウルリカはまだ15だぞ!?」
「へえー、じゃあやっぱりおばさんだー。なんせボクらはぴっちぴちの14歳だもーん」
「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁー!」
ふたりとも、俺の言葉にまったく耳を貸そうとしない。
どうでも結着をつけようって態度だった。
「あのさあ、さっきからずいぶんと余裕ぶってるけど……キミ、負けたらどうするつもりだい?」
ホルスターに納まっている光線銃の銃把に手をかけながらジーン。
「知れたこと、クルルカの掟に従うのみだ」
ウルリカは槍を構え腰を落とした。
「なんだよ掟って?」
「簡単だ。敗者は勝者のモノとなる。まああり得ない話だがな」
止まらない煽り合いを、男の人たちはにやにや笑いながら見ている。
それだけウルリカを信頼してるってことなんだろうけど……。
「だああああああぁーっ! しかたねえなあもう! このわからず屋どもめ!」
俺は叫ぶと、ジーンの腕を掴んで遠くへ引き離した。
「俺だ! 俺がやるよ! 俺が相手だ!」
代わりにウルリカと対峙した。
「ええー、なんでタスクが?」
不満そうなジーンの額を、ぴしゃりと叩いた。
「女の子に戦わせて、男が黙って見てるわけにはいかないだろ!? それに、こういうのは俺のほうが向いてるんだよ!」
ハッキリ言ってジーンは強い。
きっちりエーテルを操れば、そうそう負けることはないだろう。
だけど加減が出来るほどの技術はないんだ。
ワンパンが強すぎる。
怪我させるぐらいで済めばいいが、殺しちまったらそれこそ大変なことになる。ロキに会うどころじゃなくなる。
その点、俺なら穏便に決着をつけられるし……ん? 今この人、変なこと言わなかった?
「……敗者は勝者のモノになるって言った?」
「その通りだ。強者が全てを手にする、それがクルルカの掟だ」
ウルリカはどうでもよさげに首をこきこき鳴らした。
「ウルリカが勝てば、貴様はウルリカのモノとなる。ウルリカに勝てば、ウルリカは貴様のモノとなる。さすればウルリカは、貴様をあの男の元まで導くだろう。もっとも、出来はしないだろうがな」
不敵に笑い、槍の穂先を俺に向けた。




