「ちょっと強めに抱き締めた」
~~~新堂助~~~
やっちまおうぜ、なんて格好良くキメたジーンだけど、具体策や名案があるわけじゃなかった。
わりと勢いだけの発言だった。
あ、でもさ。だから悪いってわけじゃないんだぜ?
勢いってのは大事だよ。
こういう緊迫感のある場面で、しかも生き死にのかかった局面で、迷いなくみんなの進行方向を決められる奴は少ない。
たいていはさ、変に自分の責任を意識しちまって、恐怖心が先立って意見が割れて、より悪い方向へより悪い方向へと向かっていくもんなんだ。
今まさに、俺とガドックがそうなりかけてた。
ジーンを危険な目に遭わせたくない一心で、逃げることばかり考えてた。
その先に待っているのは先細りした未来だけ。内心うっすらわかっているのにも関わらず、目を閉じて耳を塞いで、走って逃げようって。
ジーンのおかげで気付いた。
そうだよ、最初から俺たちには、選択肢なんてほとんどなかったんだ──
「よし、じゃあまず、現在の状況を明らかにしよう。空気浮揚艇は大破、とても運転出来る状態ではなく、お金に替えることも出来ないような状態だ」
(部品取りすらも無理な状態か? 航法コンピュータやらドライブシャフトやら、高額パーツがいくつかあったはずだ。ジャンゴにおける品物の流通を考えるなら、悪くない取引になると思うが……)
「一部は可能だと思う。だけどこっちでの俺らの立場を考えれば、買い叩かれて二束三文だろう。そもそも交渉にすらならない可能性もある」
「北天軍の、っていわく付きになっちゃったしね……」
ジーンはまだ自分を責めているのか、しょんぼりした声でつぶやいた。
「気にすんな、ジーン」
落ち込むジーンの頭を撫でながら、俺は先を続けた。
「手持ちの資金で資材燃料を買う。輸送手段が無いので、ガリオン号には自力でここまで飛んできてもらう。現実的な案としては、まずこれが最良だろうと思う。だけどそのために必要なのもやはり交渉なんだ。ハグワッツさんに頼むにしても他の店に行くにしても、俺たちだけじゃ話にならない」
(現地の有力者のツテが必要。つまりなんとしてでもグイン・ファラッドを利用するしかないってことか……)
「だな」
俺は首肯した。
「約束の上では、こちらが向こうの依頼を飲めば、見返りとして金やら新品の空気浮揚艇やらを提供してくれることになってる。ハグワッツさんとの交渉も取り持ってくれる。そのまま上手くいくならそれでいいが……」
(船長)
ガドックが声を低くした。
「わかってるよガドック。ただの確認だよ。上手くいけばいいが、上手くはいかない。どこかのタイミングで戦いになる。そのためにも、事前に集められるだけの情報を集めたい。相手の戦力、地理地形……」
「……あのさ」
ジーンが口を挟んだ。
「出来ればボク、お姉さんたちのことも調べたいな」
「お姉さんたちってのは、メイドさんたちのことか?」
「……うん。だってさ、ファラッドさんが悪い人でも、お姉さんたちは悪くないかもしれないじゃん。脅されてるだけかもしれないじゃん」
ついさっき出会ったばかりなのに、ジーンはメイドさんたちにこだわってる。
女性同士の連帯感? 友情? 愛情?
わからないけど、ずいぶん気にしてる。
(ジーン、あのなあ……)
「わかってるよガドック。自分たちのことだけ考えろって言いたいんだろ? 余計なことに首を突っ込むなって。そんなのわかってる。わかってるけどさ……」
ジーンは弱々しく微笑んだ。
「お姉さんたち、ボクに優しくしてくれたんだ。長旅を労ってくれて、道中でついた擦り傷や打ち身を気づかってくれて。タスクとのことを話したら、張り切って協力してくれてさ。みんなで親身になって……」
ジーンは、まっすぐな目で俺の首元を見た。
超光速通信の送受信機越しに、ガドックを見ようとしている。
もちろん、見えるわけはないんだけれど。
「見えたんだ。見えちゃったんだ。お姉さんたちの体には、ところどころ傷がついてた。手首とか、足首とか、背中にお腹、いろんなところにあった。切り傷に火傷の痕、縛られたようなのもあった。古いのも、新しいのも、とにかくたくさん……。その時はそれがなんだかよくわからなかった。でも今考えてみるとさ、ファラッドさんが悪い人だって知ってから考えるとさ……それって、もしかしたら……」
性的虐待? あるいは暴行?
俺はそんなことを考えた。きっとジーンが考えたのと同じく。
「もっと知りたいって思うんだ。もっと知らなきゃって。これからボクらがどうなるにしても、どこへ行くにしても、そのことに目を瞑ったままじゃダメなんだ。そんなの、絶対ダメなんだ」
(ちっ……面倒なことを……)
「ガドック……」
「ガドック、俺からも頼む。こいつは本気でヤバい話みたいだ。お姉さんたちを放っては──」
(あーあー、いいよいいよ、わかったっ。わかったってーのっ)
不満げにため息をつきながら、でもガドックは承諾してくれた。
(仲間だからな。仲間の意思にゃ従うさ)
ちょっと照れくさそうに。
「ガドック、それじゃあ──」
(たーだーし!)
ガドックは大きな声で、ジーンの台詞を遮った。
(どうしようもねえ、とわかったらすぐ退けよ? 分相応って話だよ。人にゃあ、出来ることと出来ないことがあるんだからな)
「……っ」
ジーンは、ぱあっと顔を輝かせた。
「やったね! ガドックありがとう! タスクもありがとう! みんなで頑張ろう!」
太陽のようなジーンの笑顔を見ながら、俺は思った。
もしかしたらジーンには、リーダーの素質があるのかもしれない。
舵取りとしてモチベーターとして、みんなを良き方向に導く力があるのかもしれない。
今はまだ弱い力ではあるけれど、もしかしたら近い将来、こいつは世界を動かすような大人物になるんじゃないか、そんなことを思った。
そんなことを思って、なぜだか少し寂しくなって──ちょっと強めに抱き締めた。
「……ね、ねえタスク?」
「あ、悪い。強すぎたか?」
痛くしたかと思って慌てて身を離すと、ジーンは真っ赤になって自分自身を抱き締めた。
「いや痛くはないんだけどさ……その、今のボクって……」
「あ」
言わんとしてることはすぐにわかった。
ジーンは俺が脱がしたままの状態で、一糸まとわぬ素裸で……。
「ね? ちょっとそういうの、今は困るから……。ガドックにも聞こえちゃうし……」
「お、おう。悪かった」
ふたりして、大いに照れた。




