Interlude:Promise of Stars.
~~~キーラ~~~
ケルンピアは、「自由の民」を意味する古い言葉だ。
優れた航行技術を持った海洋民族であるケルンピア人は、8つの海を制したことで得られた富を、東のロックラント大陸と西のアーデルファタム大陸とを結ぶグレダ運河の建設に注いだ。
何百年もの期間を経て完成を見た自由の航路は、さらに巨万の富を彼らにもたらした。やがて惑星そのものを支配する礎となった。
時巡り宇宙航行の技術を得た彼らは、冒険の舞台を宇宙へと変えた。
発見、開拓、移住、交易。
開拓者精神の赴くままに、彼らは拡がり続けた。
そのたびに国は富み、さらに大きく栄えた。
だが首都星から離れるということは、危険に近づくということでもあった。
海賊やギャング等の犯罪者集団、暴力的な原住民や原生生物と戦うための力が必要だった。
各種シールドや火器による船の武装化。
乗組員個々人の戦闘訓練。
規模の大きな商会になると、完全武装の私兵を満載した武装船を数十隻という単位で抱えているところもある。
あくまでも規模の大きな、の話だ。
商いの小さな商会にはどだい無理な話であり、それでもなお危険な星域で活動しようとするならば、運否天賦に任せるか、あるいは外部業者に依頼するしかなくなる。
バルバロ・セキュリティーズはそういった外部業者──民間警備会社のひとつだ。
拡大を続ける銀河系の、政府の手の届かぬ辺境に生きる民間人のために創られた。
人命、財産、理念理想。
侵し難い多くのものを守るために設立された。
顧客を守るため、社員たちは充分な戦闘訓練を積んでいる。
日常的に荒事に携わるため、気性の荒い者も多い。
そのため、時に犯罪者集団や任侠団体のような扱いを受けることがある。
小学校に入ってしばらくすると、キーラのクラスはふたつに別れた。
ひとつは彼女の取り巻き。将来を嘱望される社長令嬢に取りいることで、何がしかの恩恵に預かろうと考えている連中。
もうひとつは反対派。キーラの家業を忌み嫌い、遠ざけようとする連中。
か弱き星々が強い力を持つ惑星に引かれるように、反発するように、彼女の周りは彼女を中心に動いていた。
ある日のことだった。
移動教室の時、忘れ物をとりに教室へ戻ったキーラの目に、ひとりの女の子の姿が映った。
誰もいない教室、その女の子はひとり椅子に座って本を読んでいた。
どちらのグループにも所属していない女の子だ。
誰とも喋らず、いつも黙々と本を読んでいる。
キーラも喋るのは初めてだった。
「おいアンタ。次の授業、移動教室だぞ? みんな理科室に行ってるぞ?」
「……え? うん? ええーっと……?」
「なんだっけアンタ……ジーンだっけ? 次の授業、移動教室だって」
「ううんっと……?」
時間をかけて本の世界から戻って来たらしい彼女は、目をぱちぱちさせてキーラを見た。
輝くような金色のショートヘアと、明るい空色の瞳が印象的な、綺麗な女の子だった。
「えっとね、ボク今、ご本を読んでたの」
「あ? ああ知ってるよ、見りゃわかるよ。そうじゃなく移動教室が……」
「キーラは知ってる? 惑星ジャンゴに住んでるオウカンサソリのこと」
「あ?」
「サンドイーターってのもいてね、穴の中にじっとして、獲物が引っかかるのを待ってるの」
「あ?」
「ロキに貰ったの、おまえが一人前の冒……」
「あーあーあー、あれだ。もういいよ」
べしっと、キーラはジーンの額にチョップした。
「痛いっ」
ジーンは悲鳴を上げた。
涙目になって額を押さえた。
「うぐっ……なにすんのさぁ……」
「アンタが黙らないから黙らせてやったんだよ。ご本とやらの話はあとにしな。あとでまとめて聞いてやるから。今は理科室に行くんだよ」
ぐいと手を引いて、ジーンを立たせた。
「わわわっ?」
戸惑っているのを、無理やり引っ張って歩かせた。
「今……ご本の話はあとでしなって言った?」
本を大事そうに抱え直しながら、ジーンは聞いてきた。
「あ?」
「あとでまとめて聞いてやるからって言った?」
「……言ったか? 言ったかもな? だったらなんだ?」
「していいのっ? あとでボクのお話、聞いてくれるのっ?」
腕にかかる力が急に強くなった。
予想外に強い力で、ジーンが踏ん張っているのだ。
「なんだよ、わかったよ。聞いてやるから歩けっての。今はともかく……」
苛立ちながら振り向いたキーラの目の前で、ジーンはものすごい表情をしていた。
興奮で顔を赤くして、口もとをむずむずさせて、大きく目を見開いていた。
「アンタ……なんて顔してんだよ……」
予想以上の食いつきに、キーラは後ずさった。
しかし手を掴まれているので逃げられなかった。
「だってだって……ボク、嬉しくて……っ」
ジーンはぐいっと身を乗り出した。
「初めてなんだっ。初めてボクのお話を聞いてくれるって人が現れたんだっ」
感極まったという風に言った。
「みんな聞いてくれないんだもん。ボクが話しかけるとすぐにいなくなっちゃって。そのうち誰も近寄って来なくなって……」
「ああ……」
人と関わらず本の中に閉じこもってる暗い奴だと思っていたが、どうもそうではないらしい。
人付き合いが下手で避けられているのだ。暗いのではなく、ただ単に面倒な奴なのだ。
「キーラはそんなことしないよねっ? だって、約束したもんねっ? 約束は守らなきゃだよねっ?」
「ああー……」
「ねっ?」
圧の強い念押しに、キーラはため息をつきつき頭をかいた。
「……ちぇ、わかったよ。約束するよ。アンタの話を聞いてやるよ」
「最初だけ聞いて、すぐにいなくなったりしないっ?」
「しねえよ、ずっと、最後まで聞いてやる。それでいいか?」
「うんっ、うんっ、うんっ」
ジーンはぶんぶんと首を縦に振った。
太陽のような笑顔で笑った。
「ありがとうっ! キーラ!」
バシャリと顔に水を浴びせられたことで、キーラは目を覚ました。
視界に入ったのは御子神だ。ポニーテールの女剣士がバケツを小脇に抱え、凍えるように冷たい目でキーラを見下ろしていた。
「……昼の日中に大の字でご就寝とは、いいご身分だな」
「あれ……あたいは……?」
辺りを見渡した。
クロスアリア官舎の裏の運動場に、御子神とふたり。すぐ傍には光線銃が二丁転がっている。
子供の頃の自分も、子供の頃のジーンも、どこにもいない。
「そうか……気を……」
炎天下の苛烈な特訓のせいで、気を失っていたらしい。
束の間見ていたのは、死の間際に蘇る何とかいうやつだろうか。
「休憩するか? 水分とって、エネルギーを補給して、ゆっくり休んで英気を養って、それから再開といこうか?」
御子神はバケツを投げ捨てると、小馬鹿にしたように口元を歪めた。
「そうだな、それがいい。合理的だ。科学的トレーニングというやつだ」
「けっ……煽るんじゃねえよ……」
キーラは歯を食いしばりながら立ち上がった。
「舐めてんじゃ……ねえよ……っ」
エーテル運法の修行は、死と隣り合わせだとよく言われる。
根本部分を精神力や想像力に依存するためだ。本当の強さを手にするためには、自分の極限に挑戦しなければならないのだ。常識やハードルやリミッター、そんなものに縛られていてはたどり着けないところにそれはあるのだ。
「科学的トレーニング? 補給休憩? 合理的手法? そんなもんクソ喰らえだ」
「ほう……」
御子神は楽しげに目を細めた。
「たいした根性だが大丈夫か? 相手が半死半生だからといって手を抜くほどに、私は甘くはないぞ?」
「上等だっての。こちとら遊び半分でやってんじゃねえんだよ。あたいは強くなる。強くなってジーンを倒して、バカどもの希望の星になるんだ」
キーラはエーテルの糸を地面に垂らすと、落ちていた光線銃の銃把に絡みつかせた。
拾い上げ、両手に構え、トリガーを引く。それらを一挙動で行った。
まばゆいレーザーが、大気を歪ませるほどの熱を放ちながら飛んでいく。
「ふん……」
流れるようなキーラの動きに、御子神はわずかに眉を開いた。
だが慌てず騒がず、竹刀を振ってレーザーを弾いた。
「疲労のせいで逆に無駄がなくなったか? もっと追い込んだら、もっと良くなるか?」
「余裕こいてられるのは今の内だよ! 御子神! アンタに鏖花百雷を抜かせた上でぶち倒す! 必ずだ! 約束だ!」
「面白い! やれるものならやってみろ!」
「──くっらええええええええええええ!」
竹刀を上段に振り上げた御子神に、キーラは身を低くして突撃していく。
銃と竹刀、レーザーとエーテル、御子神とキーラ。
打ち合う音が、弾ける音が、気合の声が、いつまでもいつまでも、運動場にこだましていた。
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