Interlude:Girl's Agreement.
~~~御子神蛍~~~
官舎の裏庭が小さな運動場になっているのは、学生寮だった頃の名残りだという。
テニスコート2面分ぐらいあるそのスペースは、他にすることのなかったセリの手で整備されていて、雑草も小石も綺麗に取り除かれている。
周囲は高い塀が取り囲んでいて音も漏れづらく、まったく理想的な稽古場になっていた。
何もしなくても肌に汗の浮くような、暑い日だった。
時期的にはこちらは初夏にあたるらしく、憎らしいほどに晴れた空には白い雲がぽっかりと浮いていた。
風に乗ってどこまでも飛ぶ、自由な雲。
なんとなく旦那様の姿と被った。
「旦那様……」
こんなシチュエーションで共に汗を流せたら最高なのだが、生憎と留守だった。
ショコラの話によるならば銀河辺境にいるのだとかで、戻りには時間がかかるとのことだった。
「戻って来たらさっそくここでひと勝負……の前に、エーテル運法の稽古でもつけてやろうか」
早くに母上を失ったせいでエーテル運法の相伝を受けていないであろう旦那様の、おそらくはそれが唯一の弱点だからだ。
宇宙港でも相当苦戦していたようだし……。
「むしろ今なら勝てる……? いや、そうではない。他人の弱点につけこむのは卑怯者のすることだ。……いや、旦那様なら躊躇なくつけこむな。きっと笑いながら突いて来る。そういうわんぱくなところが私はその……ひ、非常に好ましいと思うのだが……」
「──おい、アンタ。妄想を捗らせるものたいがいにしな」
「な……っ!? なんだと!?」
私は慌てて顔を上げた。
褐色の肌、パーマがかかった薄紫色の髪。同色の唇から呆れたようなセリフを吐き出すのは、最近の私の稽古相手であるキーラ・バルバロだ。
革のブーツ、革のツナギ、ホルスターには光線銃が二丁というガンマンスタイル。言動含め、とても大企業の社長令嬢には見えない。
「せっかくあたいが地球とは違うケルンピアのエーテル事情を説明してやってるってのに、ちょーっと気を抜くとすぐにあの男の妄想で頭をいっぱいにしやがって。たいがいにしろよ、この色ボケ女がっ」
「だ……誰が色ボケ女だ! というかそもそも私は妄想などに耽っていない!」
「じゃあ言ってみな」
「え」
「さっきあたいが説明したこと、頭から言ってみな」
「や、それは……」
キーラはハアと大仰にため息をついた。
「仕方ねえ、もう一度説明してやるよ。こっちではさ、エーテル使いの戦闘スタイルを観客に説明しやすいように、運営がそれぞれ名前をつけてんだ。素手での近接格闘に特化した格闘士、砲台型の魔法使い、アンタみたいなのは女剣士。あたいの場合はこいつ──」
話し途中でキーラが尻の片側を持ち上げるようにした──と思った瞬間、腰元からレーザーが飛んできた。
「女銃士ってさ!」
さすが路地裏決闘ランキングの上位ランカー、腕はたしかだ。
狙いのつけずらい早撃ちでも、正確に心臓を狙ってくる。
だが──
「それで意表をついたつもりか!? 小賢しい!」
私はエーテルを集中した竹刀の物打ちで、レーザーを弾いた。
跳ね返ったレーザーは、逆にキーラの足元に円錐状の穴を穿った。
「ちっ……ずりいんだよそれ!」
キーラはこちらの側面に回り込むように走りながら、もう一丁を引き抜いた。
二丁拳銃スタイルで、膝に鳩尾、下腹部に顔面など、狙いを上下に散らして撃ってきた。
「おっと……今度のはなかなか気が利いてるな! そうだ、貴様は腕はたしかだが、狙いが真っ正直すぎるきらいがある!」
私はエーテルで全体を強化した竹刀を、円を描くように体の前で動かした。
物打ちで、柄元で、レーザーの連射を防ぎ散らした。
「そのへらず口がどこまで保つかな!? そうらそら、上下に分けて連射されると何も出来ないだろう!? 悔しかったらさっきみたいに跳ね返して……ってむおっ!?」
タイミングを見計らって弾いたレーザーが、キーラの首元を掠めた。
「──跳ね返せないと思ったか?」
「くそ……っ」
体勢を崩したキーラの懐に、一気に飛び込んだ。
頭を低くして、下から竹刀を振り上げた。
「くうっ……?」
光線銃を一丁弾き飛ばした。
キーラは顔をしかめ……だがすぐに、にやりと笑みを浮かべた。
──接近を待っていたというのか!?
ぞわりと背筋が粟立った。
光線銃一丁での攻撃ならどんな距離からでも弾いてみせるが、隠し玉があるとなると話しは別だ。
私に銃口を向けると同時、キーラは何事かをつぶやいた──
「『多頭蛇!』」
射出されたレーザーの質が変化した。
直線的に飛んでくるはずのレーザーが先端から枝分かれし、多方向に拡散した。
拡散したレーザーはイソギンチャクが獲物を捕らえる時のように収束した。
まったくの同タイミングで、私も声を発していた──
「『秘伝、鳴神』!」
エーテルの効果で地面から体を浮かせ、横方向への力を加えることで空気浮揚艇のように動く技だ。
私の体は半弧を描くように移動し、ただちにキーラの背後をとった。
「目の付け所は悪くなかったな。だが残念、私が一枚上手だ」
竹刀を振り上げた私の視界を、レーザー光線が掠めた。
「なんだと……!?」
すんでのところで、私は後ろへ跳んだ。
「ちっ……外したか!」
見上げると、弾き飛ばしたはずの光線銃が宙に浮いていた。
まるでそれ自身が意志を持つかのように私に狙いを定め、レーザー光線を飛ばしてきた。
「……エーテルで操っているのか?」
「多頭って言ったろ! 人の話はよく聞くんだな!」
宙に浮いたままでは威力のある打撃が打放てない。
攻撃の瞬間、必ず私は鳴神を解く。
その瞬間ならば躱せない。
そういう読みだったのだろう。
「……なるほど、いい狙いだ」
素直に感心した。
私の反射神経があと少し鈍ければ危なかったかもしれない。
「初めて貴様に脅威を感じたぞ」
「その上から目線、ムカつくんだよ!」
キーラは唇をひん曲げながら追撃を加えてきた。
二丁の連動、レーザーの拡散収束。
多頭蛇はたしかに厄介な技で、私は鳴神の連続使用を強いられた。
消耗戦の様相を呈し始めた戦いは、ほどなく──
「……なんだ? もう終わりなのか?」
「畜生っ……この体力バカめ……っ」
キーラの限界が先にきた。
肩で息をし、額に汗を浮かべている。
顔が真っ青なのは酸欠のせいだろうか。
「い、いいか? 待ってろよ? 回復したらもう一回だ。今日……中にっ、絶……対っ、アンタに……勝つからなっ」
立っていられなくなったキーラは、その場にへなへなと座り込んだ。
宙に浮いていた光線銃が、力なく地面に落ちた。
「ふむ……」
私はいささか拍子抜けしながら竹刀を肩に担いだ。
熱の籠もった戦いだっただけに残念だ。
「今の技……いつからだ?」
「一昨日からだ。閃いてな」
「ほう、一昨日か……」
期間が短い割にはよく練られた技だ。
転のコントロールも上手く出来ていた。
「悪くない……いや、正直かなりのいい技だ。だが消耗が激しいようだな。体力をつけるか、あるいは一度にやることをもっと単純にするべきだ」
「へえへえ、ダメ出しありがとよっ!」
「……褒めているのになぜ拗ねる?」
「負けたから拗ねてんだろうが! しかも必死に練習した技にダメ出しまでされて! てへへえへへって笑えるわけねえだろうが! しかもアンタは全然本気を出してねえってのにさ!」
ひどく非難めいた口調だ。
「……本気を出してないだと? 私が手抜きをしているとでも?」
「そうだよ! あたいのこと舐めてかかってるからアレを使わないんだろ!? アレをさ!」
「アレ……?」
本気で首を傾げる私に、キーラはビシッと指を突きつけてきた。
「アンタの持ってる剣だよ! 精霊憑きの!」
「精霊憑き……剣……? ああ──」
私はようやくキーラの言うアレに思い当たった。
地球を発つ私に、母上が授けてくださった剣のことだ。
御子神家の家宝──
「鏖花百雷のことか」
「鏖花百雷? ああ、なんでもいいよ。とにかくそいつだ。そいつを抜かせないことにはお話にならないんだよ」
「鏖花百雷を抜く……?」
私はかぶりを振った。
「生憎だが、それは無理な相談だ。あれを授かった時、私は母上にくれぐれも申し付けられたのだ。『本当の強敵を前にした時のみ抜きなさい。抜いた時には死をも覚悟なさい』と」
「それが舐めてるってんだろ。言っとくけどな、稽古とはいえあたいは本気の本気で挑んでんだ。殺意を籠めてな。にも関わらず、アンタは指摘されるまで鏖花百雷のことに思い当たりもしなかった。それが証拠だ。あたいは弱い、抜くに値しない、そういうことだろ?」
「ふむ……」
たしかにその通りだ。
キーラは強いが、鏖花百雷を抜かねばならないほどの脅威であるとまでは思わない。
「だが待て、これはただの稽古であって……」
「アンタにはただのでも、あたいにはそうじゃないんだよ」
キーラの目は本気だった。
本気で私が鏖花百雷を使わないことを悔しがっていた。
「どうしてそこまでする? なぜそこまで、貴様は強くなるのを急いでいるのだ?」
尻についた土を払いながら、キーラは立ち上がった。
体力が回復した……わけではないようだ。
ふらふらよろめきながら、根性だけで立っている。
「星穹舞踏会まであと2週間。あたいはそこでジーンを倒してケルンピアの『嫁』になる。どうせあいつは逃げるから不戦勝になるだろうが、もし逃げなかったとしたら……」
キーラは震える己の足を、苛立たしげに殴りつけた。
「精霊銃を相手にするなら生半可な努力じゃ足りねえんだ。それこそ命を投げ出すほどの覚悟と積み重ねが必要だ。わかってんのか、おい?」
「わからんが……まあ、わかる」
「なんだ、そりゃ?」
キーラは肩をずっこけさせた。
「意地でも勝ちたい相手がいる、そういうことだろう? 宿敵、因縁の相手、命を賭してでも負けたくない相手。そういう気持ちはわかるからな……」
私は頭の中に旦那様の顔を思い描いた。
生まれついての宿敵、好敵手。
小憎らしくて、愛しい顔……。
「そう言えば、ジーンとやらは旦那様と行動を共にしているのだったな……」
妙齢の娘であり、女好きの旦那様にとっては初めての金髪娘であり、私たちに内緒でふたりはガリオン号で暮らしいていた……。
「内緒の……ふたり暮らし……」
ふつふつと、心の底から怒りが沸いてきた。
ぴきぴきと、こめかみに青筋が立った。
「……なんだいアンタ、怖い顔して」
「よし、力になってやろう」
「え」
「力になってやると言ったのだ。貴様を徹底的に鍛え上げて、ジーンとやらを捻り潰す」
「え、なんでアンタ、急にそんな協力的に……?」
「いいかキーラ、死んでも勝つのだぞ?」
「いや、あたいが死んだら元も子もないんだけど……」
「うるさい、勝てなかったら私が貴様を殺すぞ?」
「目ぇ光らせて言うのやめなよ……冗談に聞こえないよ……」
「冗談ではない、すべて本気だ」
「えぇ……」
青い顔をするキーラの肩をガシリと掴み、言い聞かせた。
「敗北はまかりならん。よいか? これは女同士の戦なのだ」




