「強くなるための道筋!!」
~~~新堂助~~~
エーテル運法の修行を終えると、アデルはすぐに「疲れた、休む」と言い残して俺の中に引っ込んだ。
寝床に籠もるので、死んでも起こすなとのことだった。
いやいや、おまえは俺の体のどこに寝床を設えてんだよ、怖えよ。
と思ったけど、「肝臓の裏」とか真顔で答えられても嫌なのでやめておいた。
「さて……」
疲れたし、俺も寝るか……。
なわけもなく。
俺はすぐさま日課の自主トレを始めた。
右上段手刀──前進して右三戦ち──左中段逆突き、右中段追い突き──前進して左猫足立ち──右掌底中段受け、左貫き手中段突き──前進して右猫足立ち──
突然空手の型稽古を始めた俺を、ジーンは驚いた表情で眺めていた。
それは「休まないのかなタスクは」という驚きであり、「なんだろこの不思議な動きは」という驚きでもある。
定められた手順で定められた技を繰り出す空手の型稽古は、約束ごとの決まったシャドーボクシングなんていう風に形容されることもあるが、実はまったく違うものだ。
まず複数の敵との戦いを想定している。
当然敵は前からだけでなく左右や背後からも来るし、刃物を持っていることだってある。こちらが懐手の時にだって襲って来る。
身体操作や運足には、だから様々な配慮や試行錯誤が施されている。敵を突き飛ばしたり振り払ったり、わからない者が見たら首をかしげるような動作もある。
当然、神秘的に見える。
日本人どころか地球人ですらないジーンにはなおさらだろう。
「ふぁー……」
最初きょとんとしていたジーンの目は、徐々にキラキラ輝き出した。
地面に体育座りして、わくわく顔で俺の動きを眺めてる。
……よーし、ここからはサービスだ。
『ナイファンチ』、『バッサイダイ』、『五十四歩』を終えた俺は、そのまま次の型に移行することにした。
両手を下方に下げ、竹刀を握るような形に構え直した。
ジーンが俺の動きを見て「おっ?」という顔をした。
種目自体が変わったのに気づいたか。
そう、次にやるのは剣道だ。
打太刀と仕太刀に分かれてやる日本剣道形。
昇段審査や公開演武以外で目にすることはまずないだろうから、空手の型稽古よりかなりマイナー。
俺は頭の中に仮想敵を思い描いた。
ポニーテールの女剣士──御子神が竹刀を振り上げる姿を。
「キェアアアー!」
相上段からの面抜き面。
相中段からの籠手抜き籠手。
相下段の突き返し突き……。
7つからなる太刀形をなぞり、陰陽五行の理合いを確かめていく。
納刀すると、ジーンが「おおおおおー……っ」と手を叩いた。
ようし……もひとつサービスだ。
お次は古流武術だ。
組み手乱取りの存在しない古流武術では、型稽古が練習の根幹となる。
狭い屋内、対鎧武者、タイマンに他対一……。とにかく様々なシチュエーション様々な相手を想定しているのが特徴だ。
俺はすっと腰を落とすと、前後に足を開いた。
頭の中に仮想敵を思い描いた。
闇の世界の殺し屋みたいな目をした女武術家──お袋が仕掛けて来る姿を。
砕き(当て身)を躱し、引き倒しての腕固め。
腕をとられた状態からの解き(脱出法)と蹴上げ。
太刀の振り下ろしを捕り、引き倒しての、首への足刀……。
「すごいすごい……っ、なんかわかんないけどとにかくすごいねっ! タスク!」
残心しながら呼吸を整える俺を、ジーンは盛んに称えた。
「へへっ、そうだろ? こいつは型稽古ってんだ。昔の強ーい人たちが考えた練習形式さ。踊りみたいに見えるかもしんないけど、バカにすんなよ? 意外と実戦でも役に立つんだからな?」
「バカになんかするもんか。ねえねえっ、さっき言ってたのってこれ? 完璧なイメージを作り上げるってやつ」
「そのとーり。こーゆうのをさ、俺は何千回も何万回もやってきたんだ。頭の中でイメージを思い描いて実践するのは得意中の得意ってわけだ」
いつもの俺ならここでえっへんと胸を張るところなんだが……。
「どしたのタスク? 真面目な顔して」
「いや……」
型の中には強くなるための意志が詰め込まれてる。
偉大な先人たちの血と汗が染み込んだ、武の結晶とも言うべきものだ。
それを反復練習するということは、すなわち先人たちに近づくということでもあり……。
──だけどそうやって追いついた先にいるのはさ、ただの人間なんだよな。
空手、剣道、古流武術。
それぞれみんな達人かもしれないが、エーテル使いじゃない。
人間には勝てるかもしれないが、それ以上の存在には勝てない。
ましてやあの『闇』には……。
「……タスク?」
薄ぼんやりとした記憶の向こうにあるあの光景──
東北の山中、お袋と親父を呑み込んで消えた『闇』──
張・装・転。
三種を使いこなす俺には、もっと違う動きが出来るはずだ。
だったらそれに応じた型があるべきだ。
人間の枠を超えた極限の型が。
「……そうだ、俺は人間を超えなくちゃならないんだ」
「……タスク? どうしたの?」
「ようし……。物は試しだ、見てろよ? ジーン」
俺は肩幅に足を開き、軽く膝を曲げた。
両手を体側にだらりと下げた。
全身から力を抜き、自然体で立った。
ピンと、体の中に一本の芯が通った。
呼吸が楽になり、気持ちが落ち着いた。
目に意識を集中すると、ほわほわ青い光の玉が浮かんでいるのが見えた。
20……30……。
「まずは張」
空気と共にそれらを吸い込み、臍下丹田へ降ろした。気を乗せ、経絡を通して全身へ送り出した。
足の裏、膝、腰、背中、肩から手の先、頸椎を通って眉間と頭頂へ。
エーテルを漏らさず、力強く循環させた。
やがてその流れはぐぐっと膨らみ、輝度を増して張り詰めた。
俺の周囲に、半径1メートルほどの青い球を形作った。
「次に装」
力を逃さず、青い球を凝縮させた。
体の周り数センチのところに、明度の高いエーテルの壁として固着した。
「そして転──」
仮想敵は3人。
3対1か……うん、強すぎる奴はやめとこう。
前方に名もなき剣道家、左右に名もなき空手家がふたり、っと。
左猫足立ちで待ち構える俺に、剣道家が摺り足で近づいてくる。
間合いに入った瞬間、竹刀を大上段に振り上げた。
「しっ……!」
左前蹴り──蹴り足の先にエーテルを集中した。光り輝くつま先で、剣道家の腹を突き刺した。
蹴り足を降ろしつつ、振り向きざまに右下段払い──前腕にエーテルを集中した。側面から仕掛けてきた空手家の蹴上げを、臑ごと叩き折った。
「うわ……っ?」
俺の手足が空を切る音のすさまじさに、ジーンは驚きの声を上げた。
「まだだぜジーン、驚くのはまだ早い」
──トン、と。
なんの動作もなく、筋肉の収縮ひとつなく、俺の体がいきなり右へ30センチ移動した。
後ろから仕掛けてきていた空手家は突然の俺の動きに対応できず、前蹴りを空振りさせた。
──逃がさん。
浮いた蹴り足を片手で掬い上げた。空手家はたまらず、その場に尻もちをついた。
立ち上がろうとしたところへ足刀。首をへし折った。
「タスク……今のってもしかして……。エーテルで飛んだの?」
ジーンは、遅れていまの行動の意味に気がついた。
「そうだ。跳んだんじゃない、飛んだんだ。筋肉の力じゃなく、エーテルで地面を叩くようにして自分の体を飛ばした」
「ふぇえええー……」
「炎を纏いながら攻撃したり、手刀の先から真空波を飛ばしたりとかも考えたんだけどな。まだまだ思案段階だ。とりあえずは出来そうなことから組み込んでみた。強い蹴り、強い払い、相手の意表をつく動き。な、悪くないよな? ちょっと荒いかもしれんけど、初めてにしては上出来だろ?」
武術革命とまで言うと大げさか? でもかなり、いい手ごたえがあった。
「俺の創った俺の型だ。言うならば、新堂流エーテル格闘術の第一歩ってところかな。そのうち道場でも開いて、多元世界中を教えて回るか。……あれ、ダメか。エーテル使いってそもそも希少なんだっけ? 生徒がいないんじゃあなあ……」
……まあでも、強力な武器には違いないよな。
俺はぎゅっと拳を握った。
心の中でつぶやいた。
──なあお袋。どうやら強くなるための道筋は見つかったみたいだぜ?




