「循環変転と対抗変転」
~~~新堂助~~~
「転とは、張・装という基本を身に着けた者が行使するエーテル運法の応用形であり、より実践的なエーテルの御し方の技術である。身に張り、身を装ったエーテルを転ずる。つまり、ぬしらの現在その状態から行う術なのだ」
「……この状態から?」
「へえー……」
俺とジーンは、毒液まみれの互いの体を見合った。
「まずは身を守っているエーテル装。その外側に意識を集中せよ。小僧、ぬしがこの間やっていた体の使い方と同じだ。ミートの瞬間拳の周りに力を一点集中させたように、体の外面、外部との境界線に集中せよ。毒液を吹き飛ばすつもりで勢いよくだ」
「外部との境界に勢いよく──」
俺は両手を体側に垂らして自然体の構えで立ち、ジーンは直立して雨を掌で感じるような動きを見せた。
互いに最も集中出来る姿勢で、エーテル装と外気の境に意識を集中した。
「吹き飛ばすつもりで──」
ぐっと気合いを入れると、エーテル装の外側が明度を増し、全体的に数ミリほど広がった……だけだった。
毒液にはなんの影響もない。
「ダメだぁ~、全然動かな~い」
ジーンに関してはピクリとも動いていない。
「弱音を吐くのは早いぞ。さ、もう一度だ」
パンパンと手を叩くアデルに従い、俺たちは何度も同じことを繰り返した。
外部との境界に勢いよく、吹き飛ばすつもりで気合いを入れる。
外部との境界に勢いよく、吹き飛ばすつもりで気合いを入れる。
しかし全然上手くいかなかった。
エーテル装の動く幅も、一定以上からは伸びなくなった。
ジーンに至ってはもっと深刻だ。
最初から微動だにしない無風状態。
「ほっ」
「やっ」
「はっ」
「よっ」
「ちょあさーっ」
無駄に掛け声のバリエーションだけが増えていった。
「ふぅむ……いきなりは難しいか……」
アデルは眉間に皺を寄せた。
「……面倒だが、いちから説明してやるか」
なるべく簡単に頼みます。
「最初に言った通り、転は応用形だ。張・装という基本から始まる。概念的な基本応用ではなく、中継点としてそこを必ず経由する必要がある」
張・装を行っていなければ転は行えない。
転ずる、という言葉の意味合い通りというわけだ。
「ふむふむ……」
大人しく話を聞いていた俺に、突然アデルが振ってきた。
「質問だ。今ぬしの張っているエーテル装。それは一体どういう性質を持っている? 敵の攻撃を遮断した。液体の侵入を防いだ。なら空気はどうなっている? 光は熱は水は音は重力は? 臭いはどうなっている? すべてをシャットアウトしているか?」
「どういう性質って言われると難しいけど……そんなことしたら大変な目に遭うってことだけはわかるよ。だから答えはNOだ」
空気を通さないんだったらすぐに窒息だ。
光を通さないんだったら何も見えない。
熱を通さないんだったら凍死、脱水症。
水分を通さないんだったら、音を通さないんだったら、重力を通さないんだったら……とにかく色々大変だ。
「全部をシャットアウトしてるわけじゃない。通すべきものを通して、通すべきでないものを防いでる……ああそっか。マスクみたいなもんなのか……? 塵や埃や、細菌を伴う分泌物を通さず、空気みたいに必要なもののみ通す……。通す通さないの基準は……そうか、フィルターだ。エーテルにはフィルターのような性質がある。大っきくてゴテゴテしたのが張で、小さいけど高性能なのが装だ」
アデルは鷹揚にうなずいた。
「その通りだ。フィルターの名は循環変転と対抗変転という。前者は外界から取り入れたものを活用する機能。後者は外界の異物を排除する機能だ」
「リフ……ラフ……?」
「名前はこの際どうでもよい」
アデルは肩を竦めた。
「普段は無意識下で制御されている機能だ。呼吸や歩行に特別意識を払わぬように、ぬしらは考えることなくそれらの機能を使っている」
「そうなのか、けっこう俺たちすごいことしてたんだなあ……」
「あんまり実感わかないけどねえー」
顔を見合わせる俺とジーン。
「ちなみに」
アデルは得意げに口元を歪めた。
「老廃物などの、人体にとって不必要なものを排出分解したりもしている」
「お……お師匠様……それじゃあ……っ?」
ジーンの声が驚愕に震えた。
「そうだ。水浴びせずとも臭わない」
「おおおおおおー……っ! すごい! すごいよお師匠様! それって全世界の女子の夢じゃないかっ!」
「……んふ、ようやく凄さがわかったか」
盛り上がる女子ふたり。
「ともあれ、構造は理解出来たようだな」
アデルはコホンと咳払いして、脱線から戻ってきた。
「最後に手本を見せよう。自分にとって害となるものを無意識下で排除してくれる対抗変転。これを意識的に活用するのだ。焼き尽くす、吹き飛ばす。そういった強烈な意をこめるのだ。呪いにも似た気持ちで思うのだ。水底すれすれに潜航するように、意識の糸を深く垂らせ──」
アデルは服の袖をまくって白い腕を外気に晒した。
細く優美な指先を地面に向けた。
その先には、毒液が水溜りのようになっている一角があるのだが……。
「お、おいアデル……?」
「──お師匠様!?」
アデルの指先が毒液に触れた──瞬間。
シュボワッ!
超高温の青白い炎に包まれたアデルの手が、瞬く間に毒液を蒸発させた。
あとにはなんの変哲もない窪みだけが残った。
「すっげえ……!」
俺は思わず息を呑んだ。
熱波が風を生み、地面の上を這うように拡散していく。
土中の水分が蒸発したのか、白い蒸気のようなものが風になびいている。
装のおかげで熱は感じないが、おそらく素の状態なら耐え難いほどの熱量だったはずだ。
「お師匠様……手はなんともないのっ?」
ジーンが心配して駆け寄るが、アデルは「……んふ」と気持ちよさげに目を細め、これ見よがしに腕をくるくる回した。
「炎を纏い、同時に炎を拒絶した。2つ同じ割合ならば怪我は負わぬ。それだけのことよ」
アデルは俺に目を向けた。
「オウカンサソリの群生地で、ぬしも同じことをしたはずだ。目の先から超高温のレーザー光線を放ち、同時にそれを防ぐ壁をも生み出した」
「そうか、あの時俺がやったのは……」
火裂東吾の魔法を使ってオウカンサソリの群れを焼き払った──のではなく、慣れ親しんだ術式でイメージを補強し、転を行ったんだ。
似てるようで、でも全然違うことをしてたんだ。
「意識する……深く細かく想像する……」
「……どうしたのタスク? 急にぶつぶつつぶやき出して」
「言葉、動き、自然現象……あらゆるものをつきつめて考える。武術家が頸を練るように、魔法使いが呪いを学ぶように。考えることが、繰り返すことが、装を強くする。それはやがて転となる……」
「タスク……?」
俺は掌を上に向けた。
半眼になり、意識を集中した。
いつだったか、妙子が言っていたことを思い出した。
「……炎を作り出すには三つの要素が必要だ。可燃物・酸素・点火源。可燃物をエーテルとする。酸素をエーテルでかき集める。エーテル粒子を高速で擦り合わせて点火源とする──」
ポッ……
掌の上に、小さな炎が生まれた。
青くちろちろと揺らめく、鬼火のような炎の塊。
「うわあああーっ!? 出来てるっ、タスク! 出来てるよ!」
ジーンは大声を上げて驚いた。
「なんで!? なんでいきなり!? タスクなんで!?」
「ほお……」
アデルは感心したように息を漏らした。
「わかったぜ。お師匠様の言う通りだ。より具体的に、細部まで徹底的にイメージするのがポイントだ。勁を練るって武術では言うんだけどさ。それと同じだ。殴る蹴るの動きを追求する。重心の位置、筋肉の締め具合、呼吸に歩法、発勁のタイミングに至るまで、完璧なイメージを作り上げる。俺は今まで何千回も何万回もそういうことを繰り返してきた。だから出来る。そしてさ……」
炎が俺の全身に燃え移った。
熱くはなかった。高揚感と共に燃え盛った。
迫り来る宵闇を追い払うように煌々と光を放ち、毒液を焼き尽くした。
「だからこそわかるんだ。こいつは武術の革命になる──」




