「張・装・そして転へ」
~~~新堂助~~~
薄紅色の空の下、赤茶けた大地の上を、全長3メートルのアリジゴク──サンドイーターの死体が埋め尽くしている。その数、実に40。
もげた手足、地面に突き刺さった大顎、体のどこの部分なのかもはや判然としない皮と肉、繊毛が微かな風になびいている……。
悪夢のような光景の中、しかしひときわ強烈なのが臭いだった。
臭いの根源は、サンドイーターの体内の毒嚢に蓄積されている白濁色の毒液だ。
毒液には無数の病原菌が住んでいる。獲物の神経を麻痺させて動きを止め、肉を腐らせて食べやすくする。宿主と寄生虫のような関係性。
その病原菌が臭いのだ。
俺たちは装のおかげで傷こそ負わなかったが、毒液自体は避けられず、全身に浴びてしまっていた。
今も装の外側にべったりねっとり貼りついていて、迂闊に装を解くことも出来ない。ちょっとでも触れたら終わりだからだ。
「うう~……お風呂入りたいよ~、シャワー浴びたいよ~。ドロドロ臭くて嫌だよ~う」
毒液まみれで非常にやらしい感じになってしまったジーンが、おねだりするように俺の腕を引いた。
「ねえタスク、お水……なんとかならない? ドバッとかけて洗い流しちゃおうよ。ついでに体も拭いてさ、綺麗にしよ?」
言うまでもなく、冒険において水は貴重なものだ。
水場の確保、全行程における消費計画、それらはあらゆる準備よりも真っ先にされるべきものなのだ。
なんせ人体の6割は水分であり、これが3~5%も下がろうものならただちに脱水症状を呈することになる。まともな活動すら出来なくなり、漏れなく死に至る。
脱水が原因で死にかけたことのある俺は、以来、水に関してはことさら気をつけていた。
空気浮揚艇に積んだポリタンク内の残量も、バッチシ記憶してる。
ふたりが1日2リットル飲んだと仮定して、あと3日分。
明日中に街に着いて給水出来ればいいが、出来なかったら例のオウカンサソリの群生地であるオアシスまで戻るしかない。
戻る行程に2日。つまりまったく余裕はない。
「ダメ」
「ええ~……お願いだよ~」
「ダメったらダメ! おまえも冒険者の端くれなら、風呂とかシャワーとか贅沢言わない! この程度の汚れがなんだ!」
「うう~……でもお~……」
ジーンは唇を尖らせて不服そうに唸った。
「でもさー、じゃあこれはどうするの? 毒液に触れたら病原菌にやられて死んじゃうんでしょ? このままじゃ装が解けないじゃん。一生張ったままでいなきゃならないの? そんなの無理だよ。お師匠様の特訓のおかげで今はこうして普通にしていられるけどさ。それだってあと何時間保つか……」
ちっちっちっ、俺は人差し指を振った。
「そんなの簡単だ。地面に体を擦りつけたり、砂を浴びたりすればいい。言っとくが、おかしなことを言ってるんじゃないぞ? 砂浴びなんて、野生動物は普通にやってることなんだからな?」
「……ボクは野生動物じゃないもん」
ジーンは不満そうに頬を膨らませた。
「だいたいさ、それでホントに全部とれるの? タスクは自分の体の全部の箇所を、砂浴びだけで綺麗に出来ると思ってるの?」
ふっふっふっ……バカめ、その質問も織り込み済みだよジーンくん。
「出来るさ、ジーン。ひとりでは無理でもふたりなら」
「……どーゆーこと?」
「つまりはこういうことだ。見逃してるとこがないか、互いに観察し合うんだ。んで、汚いとこに砂をかけて払い落としてやるんだ」
「ふうーん……なるほどそれなら………………ん?」
ジーンは眉をひそめた。
「それって……タスクがボクの体に触るってこと?」
「直接じゃないぞ? 装越しにだ」
「そ、そういう問題じゃないよ。直接じゃなくても気になるじゃん。場所によってはやっぱりその……ほら……恥ずかしいというか……」
ジーンは顔を赤らめ、口をもごもごさせた。
「え、どこ? どこを触られると恥ずかしいんだ? 試しにお兄ちゃんに聞かせてごらん?」
「言わないよ! 何を期待してるんだよもう! タスクのバカ! 変態エッチ! 最初からそれが狙いだったんだね!? ボクに触って! エッチなこと言わせて!」
「ちなみに最終的には直接体に触れて、『もし装越しに染みてたら大変だから、互いにパイロットスーツを脱いで確認しよう』とやるつもりだった」
「……………………っ!?」
反射的に自分の体を抱きしめ、絶句するジーン。
ふっふっふっ、14才童貞の想像力を舐めんなよ?
俺の頭の中ではすでに貴様は何十回となく全裸に剥かれているのだ。
「……盛り上がってるところ悪いが、ぬしよ、毒液をなんとかする方法はあるのだぞ?」
アデルが口を挟んだ。
「というか、そこまで織り込んでの修行であるし」
なるほど、装を強化した俺たちをぶつけるにしては、サンドイーターはずいぶん弱い相手だと思っていたが……。
狙いは毒液だったってわけだ。除去の修行をするつもりなんだな?
「ちぇっ……計画的で有能なやつめ」
「何故に舌打ちされねばならぬのか……」
俺の態度に首を傾げるアデル。
「あのね、空気読んでくれるかな。もう少し焦らしてたらジーンが半泣きで降参してきてさ、『タスクぅぅぅ……ボクもう限界。装を張ってられないよう。ボクの体にくまなく触れてもいいから、砂の掛け合いっこしよ? ね……いいでしょ? お・ね・が・い(桃息』とかエロい感じにおねだりしてくるとこだったんだからな?」
「し、しないよそんなこと! 勝手にボクで変な想像しないでよね!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐジーン。呆れ顔のアデル。
ともあれこうして、俺たちの『転』の修行は始まったのだ。




