「新たな相手!?」
~~~新堂助~~~
さて修行の日々だ。
俺たちは強くなったが、アデルの無茶ぶりも激しさを増していた。
ある日のことだった。
俺たちはとある窪みの前に立っていた。
広大な大地のただ中にある、綺麗な円錐形の無数の窪み。
そのひとつの前に立っていた。
「いやいやいやいや、いくら余裕が出てきたからってさ。これはさすがに無茶ぶりじゃないですかね? お師匠様」
「だがぬしよ、いつも同じ相手ばかりではレベルアップも頭打ちであろ?」
「そうかもしんないけどさあ……」
俺は頭を抱えた。
『外惑星探検記』にはこうある──この赤茶けた大地の危険なるは、他に一切の遮蔽物なく、ために太陽光が真っ直ぐに照り付けることである。陰陽なきは危険生物の住処痕跡をあやふやにし、我が冒険隊においても多くの犠牲者を出した。中でも危険なるは、大地に点々と存在するピットフォールである。直径50センチ程度のそれは、しかしひとたび足を踏み込めば、突如陥没して侵入者に襲い掛かる大自然の咢となるなり。
「グスタフ、ボレ、シーティー、トルステン……。ロキの船に乗っていた船員20名中、4名がいきなりやられたって書いてるんだけど……」
「それは単純にその者たちが弱かったからであろ?」
「言い切るねえ……」
──そう、今までは避けて回っていたサンドイーターの巣の前に、俺たちは立っていた。
「まあうだうだ言わずやってみい。当たって砕けろの精神だ」
言うなり、アデルは手近な小石を窪みの中に転がした。
「え」
「え」
俺とジーンが硬直する中……。
「……んふ」
コロコロコロ……斜面に沿って転がった小石は、突然起きた震動で跳ね上がった。
跳ね上げられて、窪みの中心あたりにちょうどよく引き込まれ、そして──
ゴバアアアアアアアア!
轟音と共にその化け物は現れた。
ジャンゴ特有の赤茶けた土に似た色の胴体は、丸くわずかに膨らんでいる。
小さな顔には不釣り合いな大きな顎がついている。
その特異な形状と狩猟法により、地球ではアリジゴクと呼ばれる生き物。
それを全長3メートルほどにまで巨大化させたようなやつが、目の前にいた俺たちに向かって襲い掛かってきた。
「うえ……っ?」
「ひいいいっ!?」
俺とジーンは同時に悲鳴を上げた。
自分たちよりちょっとデカいぐらいの大きさなのがなおさら気持ち悪くて、嫌悪感で鳥肌が立った。
「装を怠るなよ。食われて死ぬぞ?」
「てめえ他人事だと思って……!」
「土を飛ばして攻撃する。大顎で噛みつく。毒液を注入するのが基本の攻撃方法3つだ。ちなみにこの毒液は病原菌だらけでな。注入された獲物は皮膚が黒く変色して死ぬらしい」
「説明乙……じゃねえふざけんなこら! てめえどこ行くつもりだ!?」
「空中で高見の見物」
「振るだけ振っといて、しれっと自分だけ安全地帯に行こうとしてんじゃねえよ!」
「おや、こちらを気にしてる暇などあるのか? ほれ、いまにも後ろから毒液が……」
「てめえ絶対あとで泣かしてやるかんなー!?」
やむなく……本当にやむなく俺たちは、サンドイーターとの戦いに突入した……。
「きゃああああああっ!?」
「ジーン! 装だ! 装で耐えろ! 絶対解くなよ!? 絶対だぞ!? これはフリじゃないかんな!?」
「わかった! わかったよう! わかったけど……タスク、なんとかしてよおー!」
「なんとかっつったっておまえ……」
サンドイーターは巨体に似合わぬ素早さでにじり寄ると、ジーンに毒液を浴びせかけた。
白くぬめぬめした液体が装に触れ、ジュウウウッと蒸発するような音をたてた。饐えたような臭いが辺りにたちこめた。
「いやあああああっ!?」
悲鳴を上げたジーンに頭からかぶりついた。
ガシガシと大顎を動かし、装ごと叩き潰さんばかりの勢いだ。
「やだあああああっ!!」
装が破られたわけではないが、ジーンは恐怖のあまりしゃがみこんだ。
精神の集中が乱れたのか、装の明度が薄れ揺らいだ。
あ、こりゃいかん。
恐怖は人を弱くする。
万が一にも装が解けるような事態になれば、ジーンは即死する。
「ジーン!」
ジーンを助けようとサンドイーターに近寄った俺に、横合いから土の塊がぶつけられた。
「なんだと……!?」
直径50センチぐらいの大きな土の塊、それ自体は装で防げたしダメージもなかったが、横合いからってことはまさか……。
悪い予想は当たっていた。
別の穴から顔を出した新手のサンドイーターが、遠間から俺を狙撃してきたのだ。
「……んふ」
見上げると、アデルがSっ気全開の笑顔で空中を漂っていた。
両手に小石を抱えている。
その数は10か20か……え、30……!?
「……早く倒さんと、どんどん増えるぞ?」
「てめえいいかげんに……!」
文句を言おうとした俺に、新手のサンドイーターが凄まじい勢いでかぶりついてきた。
大顎を振り回し、装の上からガジガジしてきた。
「ちっ……」
俺はあえて冷静に見をつけた。
勢いは半端ないが、大顎の力は装を貫通出来るほどじゃない。土塊も毒液も、すべて問題なく防げる。
待ち伏せ捕食型のせいだろう、足はか細く、長距離を走れそうには見えない。
性質上、巣から遠く離れることもないだろう。
てことは単純に、走って逃げればいい。
いいのだが、それじゃ成長には繋がらない。
「……っ」
俺はぎりっと歯を食いしばった。
そうだ、勘違いしちゃいけない。
俺たちはレベルアップのためにここに来たのだ。
逃げてどうする。
「やるぞジーン!」
「やるって何を……!?」
「教えたろ、地球の武術!」
「教わったけど……ええーっ!? 本気で!? 本気でやるの!?」
「立ち上がれ! 立って戦え!」
「でも……でもさあ……っ」
「強くなるんだろ!? ジーン! なあおい、俺にカッコいいとこ見せてくれよ!」
「うううー……っ」
俺の言葉にジーンはしばし躊躇していたが、やがてゆるゆると足に力を入れ、立ち上がった。
唇を噛み拳を握り、意を決したように眼前の敵を見上げた。
サンドイーターは変わらず、大顎で攻撃し続けている。
頭部が忙しなく動くので、なかなか的が絞れない。
せっかくやる気になったものの、俺以外の生物を相手にしたことのないジーンはどう仕掛けたらいいかわからず、戸惑っている。
「ジーン、上段上げ受けだ!」
「え? え?」
「練習しただろ!? 顔面を突かれた時の受け技! そいつの大顎もちょうどいい位置にあるだろ!? じゃあ同じだ! 考えるんじゃねえ! 引き手を鋭く引いて、反動で左前腕をかち上げろ!」
「う……うん! わかった!」
「行くぞ、せーのっ!」
俺たちは同時に、両腕を眼前で交叉させた。右腕を肘打ちのように引いて、左前腕でサンドイーターの大顎をかち上げた。
サンドイーターはがくんと頭を後ろにのけぞらせ、無防備な腹部を晒した。
──普段は地中に隠れている弱点が、目の前に晒された。
「そこだ! まっすぐ右正拳!」
「て……てやあーっ!」
エーテルに守られた俺とジーンの右正拳が、大砲のようにサンドイーターのどてっ腹をぶち抜いた。
サンドイーターはガクガクと胴体を揺らして暴れていたが、やがて動かなくなった。
「よっしゃやった! ってうおおおーっ!?」
「や……やったの!? っていやあああーっ!?」
やったはいいが、突いた場所がちょうど毒嚢のある位置だったのだろう。
大量に噴出した毒液を、俺たちは頭から浴びてしまった。
まあそれ自体は装で防げるからいいんだけど……。
「ひゃあああああっ!?」
毒液まみれになったジーンの姿は、視覚的にとてもヤバいものだった。
綺麗なお顔やお手てやお胸や下腹部に、べっとりと白濁液が絡みついている。
重力に伴い体を滑り落ち、地面に染みを作っていく。
「ううう……どろどろだよう……臭いもキツイし、お風呂入りたいよう……」
掌で毒液をすくって嫌そうに顔をしかめるジーン。
「ぐ……っ」
聞きようによってはヤバくもとれる発言だなあと思いながら、しかし鉄の自制心で俺は耐えた。
「お、おうそうだな……お風呂入りたいな……うん」
「……どしたのタスク? なんか変だよ? 顔赤くして」
「ん? うーん? そうかあ? そんなことないだろう」
「そうかなあ……なんか目つきが怪しいような……」
おそらくは女子の本能的な部分で俺を疑い、半眼になるジーン。
「あ、あー……あれだな。赤くなってるとしたらあれだな、戦闘で興奮してるせいだな」
「こんなので興奮しちゃうんだ……男の子って……」
じっと、咎めるような目で俺と毒液を見比べる。
はい、その発言もちょっとヤバいですね。
「そ……そうだな、うん。興奮しちゃうんだよ……はは、困ったもんだよな。男ってのは」
俺は頭をガシガシかいて誤魔化した。
「……ぬしらよ」
すっかり気の抜けていた俺たちに、アデルが声をかけてきた。
「イチャイチャしてるとこ申し訳ないのだがな。ほれ、続きが待っておるぞ?」
「い、イチャイチャって……っ」
「……ん? 続き?」
動揺して顔を真っ赤にするジーンと、いやーな予感に硬直する俺。
そうだ、アデルが両手に持っていた大量の小石の行方……。
「団体様、ご到着ー」
アデルの指さす方向から、サンドイーターの群れが迫って来ていた……。




