「約束稽古」
~~~新堂助~~~
「1週間この地にとどまり、エーテル運法をぬしらに徹底的に叩き込む」
映画とかに出てくる鬼軍曹みたいに有無を言わせぬ勢いで、アデルは宣言した。
「返事はどうした!」
「はい、お師匠様!」
「声が小さい! もっと腹の底から!」
「はい!! お師匠様!!!!」
フルメタル・ジャケットごっこでも始めそうなノリのアデルとジーン……の目が、ギロリと俺を向いた。
「小僧、返事はどうした!」
「タスク、返事は!?」
「お、おう……」
「声が小さい!」
「お腹の底から出すんだよ!」
「ひいいいい!? すんませんっしたああ!?」
「答えは短く一回!」
「最初か最後にお師匠様を付けるんだよ!」
「はい!! お師匠様!!!!」
……なんであんたらそんなノリノリなんすか。
「次は装のさらなる強化だ! 互いに向き合い、攻撃と防御の訓練を行う!」
『はい!! お師匠様!!!!』
アデルが指示したのは、ある種の約束稽古のようなものだった。
俺がパンチをし、ジーンが防ぐ。
ジーンがキックをし、俺が防ぐ。
それを延々と繰り返し、さらに装を馴染ませるというわけなのだが……。
「じゃ、じゃあボクからね?」
いざという段階になると、ジーンは明らかに緊張し出した。
顔を青ざめさせ、ガクガク膝を震わせた。
あー……。
性格的に人を殴ったりするような奴じゃないし、ソニアさんとの授業でもとにかくひたすらどつき回されていたという話だし、暴力がトラウマになってたりするのかもしれないな。
こういうのの取り扱いってけっこう難しいんだよな。神経使うんだ。
たとえば御子神の剣術道場にもさ、けっこう子供っているわけよ。
中には剣術なんて怖いよやだーママーって泣いて逃げちゃうのもいるわけ。
そんなに辛いなら逃げてもいいし、別に辞めたっていいんだけど……でも出来ればさ、先輩としては一緒にやっていきたいなって思うわけ。
そういう子供にどうするかっていうとさ、約束稽古をつけてやるんだ。
順番を決めて、打つ場所を決めて。
ゆっくり打ち、ゆっくり守る。
綺麗なフォームで打てるようになるまで、切り返しの際を見つけられるようになるまで。
時に雑談なんて交えたりしながらさ、剣を振るうことが身に馴染み、怖くなくなるまで。
「おう、胸だ。胸にどんと来い」
緊張をほぐしてやるために、俺はわざと陽気にジーンに話かけた。
拳で胸を叩き、ここだここだと示してみせた。
「大丈夫だ。おまえがどんだけ力いっぱい殴っても、俺には傷ひとつつかないからよ」
「う、うんっ、じゃあ……行くよ?」
ジーンは左足で踏み込み、右手を大きく振りかぶった。
あからさまなテレフォンパンチ──しかも目までつむってる。
「あーりゃりゃりゃ……」
思わず俺は気を緩めた。
体から力が抜けた。
すると即座に、アデルから鋭い叱責が飛んできた。
「──馬鹿者! 油断するな小僧! エーテルキャップは小娘のほうが上なのだぞ!?」
「え?」
そのアドバイスはちょっと遅かった。
俺は軽い気持ちで右手を振り、ジーンの攻撃を払いのけようとしていたところだった。
ガギン……!
「な……っ!?」
凄まじい重さだった。
手足の連動もバラバラなジーンの右拳は、しかしまったく小動もせず、払おうとした俺の手ごと押しのけるように進んで来た。
「まともにくらうな! 死ぬぞ!?」
俺はすんでのところで体ごと後ろへ倒れ、難を逃れた。
「わ……!? わ、わ……!? あれれ!?」
てっきり俺が支えてくれるものだとばかり思いこんでいたジーンは、あわあわとバランスを崩した。
折り重なるように俺の上に倒れ、行き場を失った拳は俺の顔のすぐ脇に……。
ビシィッ……!!!!!!
と、派手な音をたててめり込んだ。蜘蛛の巣状の巨大なヒビが拡がった。
「うおおおおおおおお!?」
「うわあああああああ!?」
俺とジーンは驚愕の声を上げた。
「なんだこれ、なんだこれ、なんだこの威力!?」
「うわ、うわうわうわ……こ、これ、ボクが!? ボクがやったの!?」
抱き合うように大騒ぎする俺たちを眺め下ろしながら、アデルはこめかみをおさえた。
「そういえばしていなかったな……エーテルキャップの説明を……」
アデルの話によると、体外から取り入れたエーテルを蓄積する能力をエーテルキャップと呼ぶらしい。一度に扱えるエーテルの最大量であり、強度とイコールの関係でもある。要は肺活量みたいなもんだ。
ジーンの場合はこのエーテルキャップが人一倍大きいのだそうだ。俺なんかお話にならない程度の値であって、たとえ約束稽古であれ、下手を打つと命の危険があるほどのものなんだそうだ。
「そんな重要なこと忘れないでいただけますかね……」
「んー……あれだ、体で覚える的な?」
「……体育会系の理屈ってずるいよな」
「……んふ」
さすがにバツが悪くなったのか、アデルは笑って誤魔化した。
鬼軍曹の可愛いしぐさに、不覚にも俺はちょっと萌えた。
「さ、気を取り直してもう一回だ、ジーン」
振り向くと、ジーンはじっと自分の拳を見ていた。
「う、うんわかった。わかったけどさ……ホントに大丈夫? タスク?」
心細そうな目をしている。
あー……殴ることに怖さを覚えちまったか。
俺は内心、天を仰いだ。
俺がきちんと受けられなかったせいで、ジーンの心のバランスが崩れた。
俺を傷つけちまう……下手すると殺してしまうかもしれないと思い始めたんだ。
ここで返答を間違うと、今後のジーンの成長に関わる。
今よりもっとビビリになっちまう。
それだけは避けないと……。
「はっ、心配なんかしてんじゃねえよジーン。俺を誰だと思ってるんだ」
俺はにっこり笑ってサムズアップした。
「そうは言うけどさ……」
「さっきのはあれだ、試したんだよ。仮に受けに失敗したとして、とっさに躱し切れるのかをさ」
どう聞いても苦しい言い訳なんだけど、俺は強引に押し切った。
「ホントかなあ……?」
「ホントだって、ホントだから、とにかく打って来いよ。今度は完璧に受けてやるから」
俺はジーンの答えを待たず、基本稽古のようにその場で足を拡げ、すとんと腰を落とした。
「う、うん……そこまで言うなら……」
ジーンは俺に乗せられ、おっかなびっくり右の拳を打ち込んできた。
遠慮がちでのっそりとしたその拳は、きちんと握られてすらいない。
扉をノックでもするかのような──だが、とんでもない威力を秘めている。
すううー……。
俺は深く息を吸い込んだ。
いいか? しくじるなよ? ここがジーンにとっての正念場なんだ。
そんな風に、自分に言い聞かせた。
左腕を前に伸ばし、右の拳を左の腰骨に当てた。
左腕を肘打ちするように後ろへ引き、反動で右腕を勢いよく外側へ振った。
──タスク、人間の体はあなたが考えてるよりもよっぽど脆いものなのよ。攻撃している拳や足を狙い壊す。受けを受けとして考えず、攻撃として考えてごらんなさい。ただそれだけで、あなたという存在は相手にとってこの上ない脅威になるから。
お袋のアドバイスを思い出した。
意識を一点に集中させた。
「せやあっ!」
右の裏拳を、発声と同時にジーンの右拳へ当てた。
エーテルで守られた互いの拳がぶつかった。
ギィィィン……!
束の間、拮抗した。
ジーンの拳の重さに変わりはない。
だが今回の俺は体勢が十分に整っていた。
中段外受け、実戦じゃ絶対やらないような基本の受けを、渾身の力で行った。
防御というよりほとんど攻撃するようなつもりで行った。
「はあああああっ!」
気合で弾き飛ばした。
ジーンはよろめき、「わたたたっ……」とたたらを踏んだ。
ダメージは無い。
ただただびっくりした顔で俺を見ていた。
その顔に、徐々に喜びが拡がっていく。
「わあああっ、すごいすごいっ、すごいねタスク!」
ジーンは我がことのように喜んだ。
「出来たね! 防げたね! なんかすっごいかっこよかったよ! すごいすごい!」
ぴょんぴょん飛び跳ね、俺を褒め称えた。
「ずいぶんと必死だったようだが……」
アデルは苦笑した。
「良い受けだった。身体の動きにエーテルが連動していたな。それに、当たった瞬間拳周りのエーテルが増大していたようだが……」
「武術の基本だよ。ミートの瞬間までは脱力して、いざここぞって時に力を集中するんだ」
「なるほどのう」
「うちの流派じゃ防御も攻撃って考えるからな。普通の人間にあれやったらただじゃすまないぜ?」
「そうかそうか、なるほどのう」
俺の説明に、なぜかアデルは苦笑を深めた。
「すごいなあー、タスクはホントにすごいよ、うんうん」
目をキラキラさせて俺の拳を触るジーン。
「おいおい油断するなよ? 今度は俺の番だからな、おまえがしっかり構えとけよ? 胸だ、胸を狙うかんな? 油断してると揉んじゃうかんな?」
「え? ええええっ? む、胸を揉むぅうううっ!?」
俺が両手をわきわきさせると、ジーンは慌てて胸を隠した。
顔はひきつっているが、緊張はほぐれている。
少なくとももう、約束稽古を恐れてはいない。
そうさジーン、強くなるのは楽しいことなんだ。
だから俺と一緒に強くなろうぜ?
「さ、じゃれ合いはそこまでだ。次は小僧の番だぞ?」
口元を緩めながら、アデルは次を促した。
『はい!! お師匠様!!!!』
そんな風にして俺たちは、約束稽古を繰り返した。
ジーンの格闘技術はなかなか上達しなかったが、エーテル運法は格段に上手くなった。
身体を覆う装の輝きははっきりと明度を増した(明度は強度であり練度でもあるらしい)。
大砲みたいなジーンの攻撃を受け続けた俺のほうも、エーテル運法への理解を深めることが出来た。武術と組み合わせることによって、明度も増した。
基本技の練習が出来たのも良かった。身体の動かし方、力の入れ方抜き方、武術に必要な多くのものを再確認出来た。
そう──俺たちは確実に、強くなりつつあった。




