「彼女は知らない」
~~~新堂助~~~
アデルのごり押しにより、翌日は移動を取りやめて一日中エーテル運法の修行をすることになった。
移動の間に空気浮揚艇の助手席でジーンを休ませてやろうという俺の目論見は、あっさりと崩された。
修行の流れは昨夜と一緒だった。
最初は「張」から、次に「装」を行う。
そのまま1キロ走。
1キロ走って小休憩、1キロ走って小休憩。
3回繰り返したところでジーンの速度が目に見えて落ちた。
俺についてこれなくなり、その分俺の待ち時間が増えた。
待っている間も装を解くなと言われたので大人しく従った。
装状態のまま、アデルと少し話をした。
アデルによると、エーテルにはふたつの基本形がある。
張──自身の周りに球形に展開し、維持すること。
装──「張」で張った球を身の周り数センチ範囲に凝縮すること。「張」の状態でもある程度の攻防力アップは望めるのだが、それをより先鋭化させたのがこの「装」だ。
他に「転」と「召」という応用形があり、俺が「転」を、ジーンが「召」をそれぞれ極めることが最終目標、という話なのだが……。
「とりあえずは張と装、というところにしておこうかの。意識することなく呼吸と同じ感覚で張を行い、装状態で1時間以上連続して動けるようにするのだ」
「するのだって簡単に言うけどさ……これけっこうキツイんだぞ?」
ふわふわ宙を漂うアデルを、俺は半眼で見上げた。
「エーテルそのものであるあんたにはわからんかもしれんけどさ。俺たち人間にはキツイの。海の底を……しかもけっこうな深度のところを走ってるような感じなの。身体全体に負荷がかかってろくに前に進めねえし、なんだか息苦しいし」
「ふん、意外と頭の固い男よの。エーテルを自身の体と切り離すから重いだのなんだのと考えるのだ。不可分のものと思ってやってみろ」
「だって体の外から来るもんだろ? それをなかなか自分のものとは思えな……あー……いや、でも、そうか……」
悔しいことに腑に落ちてしまった。
ようは武器術の基本と同じだ。
──タスク。武器は体の延長であり、体そのものであると考えるの。例えば刀であるなら柄尻を通して切っ先まで、神経線維が伸びていると考えるの。長さ厚さ、力のモーメントまでひっくるめて自分のものだと考えるの。そうすれば、刀は必ずあなたに答えてくれる。イコールあなたの強さになる。「刀は侍の魂」っていう言葉にはね、そういう意味も含まれてるんだから。
ふふんと得意げに語るお袋の顔を思い出した。
そうだ、エーテルと武器をイコールで結べばいい。
「ちょっとジーンに教えてくる」
アデルに言い置くと、俺はバテバテのジーンのところまで走った。
「ちぇ、まいったぜ。ジーンを怒らせちまった」
アデルのところに戻ると、呆れ顔で迎えられた。
「……無理もなかろう。修行仲間が自分よりも先に装を会得して、しかもこれ見よがしに見せつけてきて、そのまま置いてけぼりにされたりしたら、そりゃ機嫌も悪くなる」
「いやー、まさかこんなに変わるもんかと思ってさ……」
ジーンに教える傍ら自分でもやってみると、効果は劇的に現れた。
体の一部として考えることによって、余計な力みや張りがなくなった。
手や足がスムーズに出るようになり、呼吸もしやすくなった。
むしろ筋肉の動きをアシストしてくれるようになり、素の状態より明らかに速度が上がった。
ほとんど加速装置でもつけたような動きが出来るようになった俺はテンションが上がってしまい、ジーンをぶっちぎってコマネズミのように走り回った。
──ほうっておかれたジーンはぶんむくれ、俺を無視して走り始めた。
「……それで、肝心の教えのほうはどうなったのだ? 小娘は変わったか?」
「伝わりはしたみたいだ」
ジーンの走り方は目に見えてよくなった。
曲がっていた背筋が伸び、手足もきっちり振れている。呼吸も楽そうだ。
「もともとの運動神経に難ありだから強烈に変わったりはしてないけどさ、でも見ろよ、最初とは全然違うだろ?」
「……ふむ」
アデルは眩しそうな目でジーンを見た。
厳しさの抜けた、優しい表情になった。
こほんと小さく咳払いすると、アデルは再び表情を固くした。
「では次だな。段階を上げよう」
「え」
「思ったよりも進みが早くて良かった。次はもっと高度な内容に移るとしよう」
「え」
ちょっと待て。
マジちょっと待て。
「なあおい、さすがにちょっと休憩しようぜ? ここまでずっと走り詰めじゃんか」
「苦しい状況でさらに苦しいことをするから意味がある」
「……おまえホントに体育会系な。いやわかるけどさ、わかるんだけどさ、相手を選ぼうぜ? 相手はあのジーンなんだぞ?」
「だからであろ」
「……なんだよ。だからって」
「時間がないのだ」
「時間? 星穹舞踏会に間に合わせるって意味なら、あいつは出ないぞ? 『嫁』なんかにならない。ずっと俺と一緒に……」
「そういう問題ではない。『嫁』なんぞはどうでもいい」
「だったらなんで……っ」
アデルは首を横に振った。
はあと深いため息をついた。
「ぬしと同じことよ」
「ジーンが? 俺と同じ? どういうことだよそれ……」
「自分で言ったことをもう忘れたか? ぬしが今までどんな生活を送ってきたか。どうしてそうせねばならなかったのか」
「俺が? 俺はだって……」
特別だからと言いかけて──とある想像に、俺は震えた。
「……まさか、あいつも狙われてるってことか? 俺みたいに……?」
アデルはこくりとうなずいた。
「ソニアが……あれの母御が冒険者だったという話は知っているな?」
「うん、伝説の……ってレベルの冒険者だったって。だから国民に人気が高くて、政治力も高くて支持も厚くて、3期連続当選中だって」
「人気……」
「どうかしたか?」
「いや……」
アデルは小さくかぶりを振った。
「……昔な、大きな戦があった。首都星どころか銀河中を巻き込むような大きな戦でな。辺境星のただの学生だったソニアまでも、砲手として徴兵された。ぬしよ、悪魔砲は知っているな?」
「精霊銃の別名……蔑称……だよな?」
──精霊使いが残忍無比な悪魔と化す、だから悪魔砲。
そんな風にガドックは言ってた。いやに神妙な表情で。
「激しい戦だった。どちらの側にも多くの死者が出た。戦の中で、ソニアは精霊使いとしての才能を開花させていった。数多くの敵船を防御フィールドごと撃ち落とした。戦意高揚のためもあるのだろうが、軍の広報もやたらと持ち上げてな……鉄槌の魔女なんぞと呼ばれ担ぎ上げられた。人気とやらもいや増したよ。望むと望まざるとに関わらず」
アデルは皮肉に口を歪めた。
「戦争には犠牲がつきもの。そうは言っても承服出来ぬという者がおるのだ。昔の話だとはいえ、忘れられぬ者もおるのだ。輝く光を憎む闇が、光の娘を喰らおうと咢を広げる、これはそういう話なのだ」
「だから狙われてるって?」
「そうだ。宇宙港で撃ち上げられた古き嵐の精霊を多くの者が見た。それがきっかけであの時のことを思い出す者も中にはいるだろうな。過激な連中の動きも活発になるだろう。時間がないというのはそういう意味だ」
「ジーンが……」
本人ではなくジーンが。
恨み、復讐、そういったもののために狙われる。
「てことは何か? ジーンの周りにいつも家の人がくっついてて何かと世話してくれてたのも、ソニアさんがジーンに厳しいってのも、全部がジーンを守るためで……」
アデルは黙ってうなずいた。
「……あいつ自身はそのことを知らないのか?」
俺は意地になって走っているジーンを見た。
聞く限りでは、ジーンはソニアさんのことを避けている。
辛い仕打ちを受けたと恨んでいるふしすらある。
だから家出までして親元から離れようとしている。
危険へ自ら飛び込もうとしている。
「なんでソニアさんは何も言わないんだ? 言ってくれればジーンだって……」
「……ぬしの母御は教えてくれたか?」
アデルは静かな瞳で俺を見つめた。
「いや……それは……」
「ぬしが狙われているのは自分のせいだと、教えてくれたか?」
「や、だけどさ……」
「同じことなのだ。親の因果が子に報いた。明らかに出来ようはずもないから、ただ子を強くする道を選んだ」
アデルは大儀そうに肩を鳴らした。
「ま、いずれは気づくであろ。その後どうするかは自身が決めること。周りがとやかく言うものではない。こちらとしてはただひたすら鍛えるだけだ」
そう言って、アデルはわずかに口元を緩めた。
慈しむようなその表情はまるで、母がわが子に向けるようなものに見えた。




