「今日のジーンは一味違う!!」
~~~新堂助~~~
俺が目覚めるとジーンはすでに起きていて、せっせと朝食の準備をしていた。
レーションセットの固形スープをお湯の沸いた鍋に入れ、お玉でかき回していた。
「おはよう。どうしたんだジーン、いつもは起こそうとしてもぐずって寝床から出て来ないおまえが、今日はどういう風の吹き回しだ?」
「ああ、おはよ……タスク……」
振り向いた顔を見てぎょっとした。
ぼさぼさの髪の毛、目の下には隈。
パイロットスーツもあちこち泥だらけだった。
「お、おまえ昨夜何してたんだよ……っ?」
「何……何をしてたって……? あはははは……はあ……」
ジーンは疲れ果てたような目で俺を見て……ため息をつくようにうつむくと、そのまま寝息を立て始めた。
「お、おいジーン……?」
「今夜……教えるから……今は……寝かせ……ぐう……」
お玉を握りしめながら、いきなり寝落ちした。
午後になるまで目覚めなかった。
夜になって、いつものように特訓を開始しようとした俺を、ジーンが制止した。
「待ってタスク。今日はエーテル運法の修行をしよう」
「うん?」
「いつもやってるだろ、タスク。早朝にひとりでさ」
「ああ……見てたのか」
「時々ね。今までは見てるだけだったんだけど、今日からはボクも混ぜてもらおうと思ってさ」
「おまえが?」
「うん」
「だっておまえ制御が出来ないって……や、だからこそ修行するんだろうけどさ。しかしあの威力のをもう一度ぶっ放されでもしたら、さすがに今度は止められないぞ……?」
「あのね。精霊銃を撃つだけが修行じゃないからね? それにそんなの段階的には遥か先の話だよ。とにかくボクの場合は基礎が出来てないんだ、精霊銃を撃つための土台が出来てないんだよ。だから大出力に振り回されてあんな風になっちゃうんだよ」
「お、おう……なんだか優等生的というアスリート的というか……とにかくらしくない発言だな」
「うん、ボクは変わったんだタスク」
「え?」
俺を見るジーンの目つきには、いつにない強い光がある。
「基礎練習をやろう、ふたりで一緒に。そのほうが教えるほうも楽なんだって」
「……楽? ……教える?」
「ホントはボクだけ鍛えればそれでいいかと思ったんだけど、あんまりにもドジでセンスが無くて発作的に殺したくなるから、抑止力としてひとり混ぜようって」
「誰だよそんな猟奇殺人者みたいなこと言うの……」
「お師匠様」
「だから誰だよそれ……」
「……んふ」
聞き慣れた声が、体の内側でなく外側から聞こえた。
振り向くと、綺麗な女の人がふわふわ宙に浮いていた。
古風な喋り。
ひらひら裾の長い服と、大人の女性の色香漂う豊満な肢体。
俺が抱いていたアデルのイメージはほぼ当たっていたが、ひとつだけ予想を裏切られたことがあった。
意外や意外、彼女はスパルタ教師だったのだ。
「まずは基本からだ。小僧、ぬしはエーテルを吸い込み纏え」
言われた通りにした。
自然体の構えをとって大気中に存在するエーテルを体内に吸い込み、臍下丹田を通して全身へ送り出した。
「そのまま、張り詰めろ」
エーテルを漏らさず、力強く循環させた。
やがてその流れはぐぐっと膨らみ、輝度を増して張り詰めた。
俺の周囲に、半径1メートルほどの球を成した。
「よかろう」
アデルはしかつめらしい顔でうなずくと、続いてジーンに目を向けた。
「次だ。小娘、ぬしは感じて浴びろ」
「はい、お師匠様」
ジーンは素直にうなずくと、直立した。
雨でも感じるように両の掌を空に向け、半眼になった。
変化は次の瞬間に起こった。
ジーンの全身から光が放たれた。
身体の内側から外側へ、風を伴い噴き出した。
俺のものとは違う、俺のものより出力のでかい、黄金色のまばゆい閃光だった。
「……御せよ。散じず溜め込め」
低い声で、アデルが指示した。
「はい、お師匠様」
ジーンは「くっ……」とわずかに顔をしかめ、エーテルを制御しようと試みた。
数瞬の後、エーテルは輝度を減衰させ、ジーンの体の半径1メートルぐらいの球状で安定した。
同時に風がやんだ。
「よかろう」
アデルの雰囲気は固いままだ。
労うでもなく、褒めるでもない。
「よいか? これが『張』だ。原点にして基本だ。あらゆる技と魔法はここから始まると心得よ」
「俺とジーンじゃずいぶんやり方が違ったような気がするけど……」
「それはそのままエーテルに対するイメージの違いだ。小僧は光を吸い込むと感じ、小娘は光を浴びると感じる。どちらでも構わん。己がイメージしやすいようにすればよい」
「そんなもんかね……」
俺たちの状態が完全に安定したのを見てとると、アデルは次の指示を出した。
「ふたりとも、球を縮めてみろ。もっと小さく、体の周り数センチの範囲にまで凝縮しろ」
「うう……っ」
「マジかよ難しいな……」
「凝縮だぞ? 凝縮。エーテルを散じることなく、そのままの濃度で縮めるのだ」
「ううう……っ?」
「なんちゅう難しい注文を……!」
俺は数分もしたら出来たが、ジーンはなかなか出来なかった。
出来たかと思った瞬間も何度かあったが、安定せずに弾け霧散した。
そうこうしてるうちに、体力の限界に達してへたりこんだ。
「はあ……はあ……っ」
地面に手をつき、全身で息をしている。
顎を伝った汗が、地面に落ちる。
「……っ」
その光景に、俺はちょっと感動した。
結果的には出来なかったけど、あの甘えんぼのジーンがここまでしただけでも偉い。
本気で偉大な一歩だよと、そう思った。
「偉いぞジーン、もう休んでな」
頭を撫でてやろうと、『張』を解いて手を伸ばした。
「……おい」
アデルが鋭い声を出した。
「誰が『張』を解いてよいと言った?」
マジな怒り顔を俺に向けた。
「もう一度だ。今すぐやれ」
「え……え……?」
「今すぐだ」
「あ、はい」
有無を言わせぬ口調に俺は慌てて手をひっこめ、『張』を行った。
今度はさっきより早く凝縮出来た。
だけどジーンは……。
「いつまで座り込んでいるつもりだ? おい小娘──縊り殺すぞ?」
脅し文句と同時、光を放つ無数の手が、ジーンの周りの地面から生えるように現れた。
「ひいいいいいっ?」
ジーンは慌てて立ち上がった。
必死になって張を行った。
慣れてきたのか脅しのせいか、さっきより早い。
「んー……」
俺は首をひねった。
高圧的に脅し、出来るまでやらせる。
泣き言を言う暇も与えず、ひたすら成功体験を積み上げることに集中させる。
こういう指導法があるのは知ってるし、それが間違ってるとも思わない。
だけど正直、向き不向きがあると思う。
お袋やら御子神家の道場やらでしごかれ慣れてる俺ならともかく、こんなの普通の人がやられたら泣いちゃうよ。
まして相手はあのジーンだぞ?
小さい頃から努力ということをしてこなくて、みんなに甘やかされて育ったジーンなんだぞ?
こんなの耐えられるわけがない。
いつか絶対崩壊する時がくる。
「なあアデル……」
「──待って、タスク」
アデルに物申そうとした俺を、ジーンが手で制した。
「……大丈夫。大丈夫だからさ、タスク。見ててよね? ボクの強くなるとこ」
ジーンは弱々しく──だけどたしかに微笑んだ。
なぜだかわからないけど、今日のジーンは一味違う。
そこからさらに数分かかりはしたものの、自力で『張』を凝縮することに成功した。
今度はすぐに弾けたりせず、足を震わせながらもすんでのところで維持している。
「……よかろう」
アデルは変わらず冷たい表情で、
「その状態を『装』という。身体をガードし、攻防の力を高めた状態のことだ」
「そういや大佐が使ってたなあ……」
ケルンピアの宇宙港で戦った大佐は、『装』の状態で俺と戦っていた。
俺の突き蹴りや、レーザー光線すら防いでた。
「しかし……この状態であんな激しい動きが出来るもんか?」
大リーグボール養成ギプスを着けてるようなもんじゃないか。
こんな状態であの体術……。
すげえな大佐、あんた化け物だわ。
ぞっとしている俺の気持ちを見透かしたかのようにアデルは、「そのまま走ってみろ」と指示してきた。
「マジすか……」
「冗談を言ってるように見えるか?」
「いえまったく見えません」
『装』してるだけでもめっちゃしんどいのに、このまま走る?
しかも俺だけじゃなく、ジーンまでも?
「ぎぎぎぎぎ……っ」
驚いたことにジーンは、俺よりも先に歩き出した。
ものすごい筋肉痛の人みたいな動きで、だけど一歩一歩、確実に前に進んでいる。
「ジーン、おい……?」
「だだだだ……だい、じょう、ぶだよっ? こんんんなの、へーき、へっちゃらさっ」
ジーンは俺に向かってにっこり強がってみせた。
「──寝るまでに1キロランニング。それが今日の課題だ」
「……げえっ!?」
「……っ!?」
畳みかけるようなアデルの鬼の指導。
しかし驚くべきことに、ジーンはそれすらも果たしてのけたのだ。




