第十七話 NPC
古い看板のかかったおっさんの店の扉を少し乱暴に開ける。
扉には「clause」と看板がかかっていたが、おっさんが『用が有るなら遠慮せずに来い』と言っていたから気にしなかったが…
カウンターに居るおっさんは口髭に白いクリームをつけながら、イチゴのショートケーキを食べていた。おい…まさかとは思うが、ケーキ食うからって店閉めていたわけじゃないだろうな?
「おっさ…ガイツさん今いい?」
「……今おっさんって言いかけただろ」
「気のせいじゃないかな?」
おっさんはしばらく手を止めていたがケーキの誘惑に負けたのか、何も言わずにケーキを食べ続ける。これもいつもの事なので気にしないでカウンターに腰かけて食べ終わるのを待つ。
店内はいつも通りに客の一人もいない、まさに閑古鳥が鳴きそうなほどの店だ。こんなんでよく営業できるよな。
しばらく店の中から通りを眺めながら待つ。通りはいつもなら他のプレイヤーが何人か目につくはずだが、今は殆ど誰も通らない。
俺が街中を回っていた時にも何組かのPTが出ていくのを見たが、そんなに気になるものなのかな。俺はもう少しこの町で依頼をこなさないといけないので行くのはもう少し先だな。
♦
「さっきまで外が騒がしかったが、何かあったのか?」
「どうも…ゴブリン・キングが討伐されたらしいですよ」
ケーキを食べ終わり、奥から珈琲とミルクを持ってきてミルクを俺に手渡しながらそんなことを聞いてきた。
「ほぉ、それは良い事だな。これで良い鉱石が流れてくるな」
「鉱石ですか?」
「あぁ、あの町は良い鉱石が取れる鉱山があるからな。鉱山の町ダリアっていわれてるからな」
「そうなんですか~。あ、このミルク美味しいですね」
ミルクを味わって飲みながら、おっさんと世間話をする。
このゲームのNPCは高性能AIによって行動している。だから、NPCそれぞれが自分の思考を持っているので普通に話をするだけでも結構有意義な時間が過ごせるのだ。
ミルクを飲み終わる頃に、店に来た本題を話す。
「…さて、本題ですけど。コレ直せますかね?」
ポーチの中から半ばからぽっきりと折れた片手剣、装甲が傷だらけでワイヤーナイフが無くなった腕盾をカウンターに置く。
「…お前さん、どうしたらこんなにボロボロになるんだよ」
「まぁ、いろいろと」
胸ポケットから黒縁の眼鏡をかけ、片手剣と腕盾をざっと見てため息をついた。
「片手剣は駄目だな。腕盾は…装甲をとっかえるしかないな」
「そうですか…素材出しますんで、少し安くしてもらえますか?」
「まぁ、いいけどよぉ。お前さん、最近結構稼いでるんじゃねえのか?お前さんも鍛冶師なら素材は取っておいたほうが良いんじゃないのか」
「う~ん…金はありますけど、少し大きい買い物したいんで。それに本格的に鍛冶をするのはまだ先なんで…」
「そうか…鍛冶の相談なら乗ってやるからいつでも来いよな。それで…ま、お前さんはお得意さんだしこれ位は素材込みで半値でいいだろう。んで、素材は?」
「これでいいですかね?」
ポーチの中から素材となる鉱石を全部出す。
「ドサッ」と、大量の鉱石がカウンターから落ちるほどポーチの中から出てくる。
「おま、どんだけあるんだよ」
「えっと、亜鉛鉱石、すず鉱石、銅鉱石、鉄鉱石各一ダースと銀鉱石が五個だな」
森の中で採ってきた鉱石とキング討伐の報酬の鉱石全部だ、流石にアイテム化すると量が多いな。一個一個が手のひら大の大きさの石だが、流石に五十個近くあるからな。
「流石に多いだろ、こんなにあったらお代はチャラどころか俺が支払わねえとな…」
「まぁ、理由があるんだよな。この腕盾のもう片方を作ってもらえないですか?」
「だと思ったよ。う~ん…」
鉱石を一個一個見ながら唸るおっさん。おっさん曰く、この腕盾は試作品であり失敗作でもあるとのことで、その理由は腕盾の構造にある。
腕盾はウルフの皮を何枚か重ねて強化したグローブに三枚の金属板を重ねて作った装甲を付けて、さらにワイヤーナイフの装置を付ける事により完成する。
その強固な作りのせいでかなりの重さがあり、さらに皮を重ねているグローブを元にして装甲を付けているので動かしにくいのだ。半端な腕力では腕を動かすことも困難なほどらしい。
てか、そんなもの作んなよなおっさん。
「構造は同じでいいんだよな?」
「いや、少し変えてほしいんですよね。ああ、元の右腕用の方も」
「うむ…で、どんなふうに変えるんだ?」
「それはこの設計図を見てもらった方が早いですね」
「ほう、どれどれ…」
事前に考えていた設計図を渡す。この設計図は鍛冶師のクラスアビリティの【設計】で書いたものだ。この【設計】は頭で考えて物を実際に図面におこしてくれる便利なものだ。まぁ、手直しはしたんだけどね。
「成程な……分かった、やってみるよ。だけど時間がかかるぞ」
「えぇ、分かってますよ。短時間で雑な物よりも時間をかけて完璧な物を作ってほしいんですよね」
「へっ、分かってるじゃねえか。だからお前さんは好きなんだよな」
「…このロリコンが」
「いや、違うからな!俺は断じて「はいはい、じゃあお願いしますね。お代は完成品と引き換えで」お、おう」
そのまま窓を開けてそこから通りに出る。え?なんで窓から出るのかって?さっき乱暴に開けたから扉が壊れちゃったんだよね。まぁ、言わなければバレナイヨネ?
♦
「おばちゃん、カレー」
「はいよ、お待ちどうさま」
「…早いね」
「まぁ、お前さんは何時も同じものしか頼まないからね。入ってきたら準備するようにしたのさ。だから、他の物頼まないでおくれよ」
「この店カレー屋さんだっけ?」
「何言ってるんだい、しがない町の食堂だよ」
そういってすぐに奥に引っ込んでいくおばさん。いや、俺もうこの店でカレー以外食えないのかよ。美味しいからいいんだけどね…
「おぉ、アオちゃんじゃねえか。同席良いか?」
「…ん?」
「お、ほんとだ…おばちゃん、ウルフのステーキとエール大!」
「あ、私は草原サラダと葡萄酒~」
俺がカレーを食べていると、町の警備の人達が入ってくる。警備の人達は大柄な若い男性と初老の男性小柄な女性の三人組で、入って来るなり俺の居るテーブルに同席してきた。
三人とはとある依頼の関係で知り合ったのだ。それ以来ちょくちょく話したりする。若い男性と小柄な女性は付き合ってるらしく、俗に言う『リア充爆発しろ』的な雰囲気を醸し出している。
「アオちゃん、隣町行かないのかい?」
「う~ん、あんまり興味ないかな。それにまだ依頼も残ってるんで」
初老のおじさんが俺の隣で料理を待ちながら聞いてくる。
例のカップルはイチャイチャしながら楽しそうに話をしている。その風景を見ていると、本当に生きている人間のように感じる。これも技術の進歩なのだろうな…
皆の料理が運ばれてくると、賑やかな食事になる。俺の方はもう食べ終わって、食後に葡萄酒をちびちびと飲んでいる。
「はい、あ~ん」
「ん…美味しいなぁ~」
「…」
分かるぞおじさん、独り者にこの雰囲気は毒でしかない。
目の前で繰り広げられる甘い空気に、顔をしかめながらサンドイッチを口に詰め込んでいるおじさん。サンドイッチをエールで流し込み一言。
「けっ!イチャつくなら他でやれってんだ。ここは食堂であってお前らの家じゃねえんだぞ」
「え~別にイチャついてなんか…なぁ?」
「うん、普通ですよぉ~」
「…もういい。アオちゃん、カウンターで飲みなおすぞ」
「おごってくださいよ?」
「勿論だ、飲みまくるぞ」
おじさんが雰囲気に耐えられなくなり、エールを持て席を立つ。俺もそれについていく形で席を立つと、後ろから二人の声がかかる。
「「あ、じゃあついでに」」
「お前らは自分で払え!」
おじさんが一括して、俺と二人でカウンターで酒を飲み交わす。
あのカップルを見ていると昔のことを思い出す。まぁ、あそこまで露骨にイチャイチャしてなかったけどな。そういえば、夏の長期休暇は帰ってくるのかな、あの二人は…
少しリアルの事を考えながらも、おじさんと酒を飲み会話をして楽しむのだった。