入学
「全員揃ってますよねー……んじゃぁ、SHR始めますよー」
どこか抜けた様なゆっくりとした口調でHRの開始を告げる声。
その声の発信源は黒板の前で名簿張とにらめっこしていた女性―――副担任のエイダ=フールティ先生。
身長はやや低めであまり発育の良くない体型は中学生を連想させる。
所々ほつれ、虫食いのあるスーツはサイズが合っておらず、だぼっとしていて、本人の小ささに拍車をかけていた。
さらに、肩ら辺で切り揃えられていたであろう白い髪は濁っていて、明らかに手入れされていない事を物語っている。
なんというか、【ホームレス中学生】的な……そんな感じがする。
「それでは、皆さん? 一年間よろしくお願いしますね」
「……………。」
気の抜けた挨拶とは逆に教室内に漂う妙な緊張感が、返事を返す事を躊躇わせる。
「じゃ、じゃあ出席番号順にっ、自己紹介してください」
反応をとらない生徒にうろたえる副担任が同情を誘う―――しかし、俺はこの沈黙を破ってまで人に助け舟を出せる程、余裕はないのだ。
―――この緊張感と沈黙、俺の余裕の無さの訳。
簡単だ。
俺以外の同級生が全員女子だからだ。
今日は高校の入学式で、新入生である俺らを歓迎するかのような晴天。
まさしく、新しい世界の幕開け―――その初日だ。
大変喜ばしい事だ。
―――――しかし、クラスメイトが俺を除いて全員、女子とはどう言う事だ?
自意識過剰ではなく、確実にクラスメイトの視線の先は俺だ、これは確信をもって言える。
というか、挨拶してる時位は副担任の方に顔向けろよ。
可哀想だろ。
大体、席も悪い。
なんだよ、この真ん中+前から2列目って。
前後左右からひしひしと視線を感じる―――つか、体ごと振り返ってまで俺見るなよ、俺の前の列2人。
俺は前から相対するかのような視線から逃げるようにして、窓側をちらりと見る。
「………………………。」
ヘルプミーと目で訴えるが、薄情な幼馴染みの物部結衣は当然のように無視した。
なんて奴だ、と心の中で毒突く。
その薄情さに反比例するかのように大きな胸は相変わらずだな、と付け足す。
胸の方に偏り過ぎだと俺は思う、予々思う。
もしかして、俺、嫌われてるのか? ――――なんて思考もしてみたがが、俺は彼女に嫌われるような事をしていない………あの白状の原因は俺じゃないハズだ。
「………くん? 」
6年という歳月の中で、この幼馴染みの顔を忘れたのだろうか?
「霞 雹夜くん! 」
「はっ、はいぃ!?」
自分が呼ばれている事に今更ながらに気付き、慌てて返事を返す―――しかし、それがいけなかった。
結構、大きめな声量で裏返った声を出してしまった。
案の定、教室の所々からクスクスと忍び笑いが聞こえてきて、更に落ち着けなくなる。
俺は生まれてこの方、女性と付き合った事は無い。
しかし、苦手意識は感じなかった。
―――――無理だ、これは無理だ。
俺の限度の範囲をはるかに越えていた。
いくらゲームが大好きなオタクでも、同じゲームを永遠と、ずっとしてたら3日で飽きるだろ。 ―――――いや、オタクの限界がどれだけのモノか知らんけど。
オタクの話は置いといて、だ。
クラスメイト35人の内、男は俺1人だけ。
詰まるところ、女子は34人。
副担任も女性で、一応、担任も女性……らしい。
未だに顔を出さない担任も女性だと思うとため息しかでない。
「い、一応苗字のね【か】すみの【か】だからね、11番の尾崎さんの後はっ、12番の霞君なんだよっ……だから、じ、自己紹介して下さい」
気が付けば、副担任のエイダ=フールティ先生が俺の前で頭をペコペコと下げていた。
――――ちょっと、ホコリ臭い。
手入れされていないのは髪だけじゃないようだった。
「します、しますから! そんなに頭を下げんで下さい」
「ホントですか!! それは良かったです、良かったです……。」
がばっと顔を上げ、俺の手を握り締め詰め寄って来る――――痛いし、近いです先生。
「………っ!?」
はっとして気付く―――注目がすごいっす。
しかし、そのなんだ。
ここで失敗すればこれから、俺の3年間は暗いモノになるだろう。
それは俺がしてきたアルバイトよりも過酷で熾烈を極めるだろう。
それに、すると言った以上、しない訳にはいかない。
しっかりと立って、皆の方へ体を向ける――――目と目と目と目と目と目と目と目と目と目の注目。
その目の一つに知った目が含まれていて、安堵する。
さっきは俺を見捨てた薄情な幼馴染みの佐々木結衣の見る者全てを魅了する黒く、澄んだ瞳。
その瞳は普段はその長い前髪に隠されて見えないが、今はピンで前髪が中央分けになっていて、露出していた。
いつもそうしてれば良いのに。
「え、えっと……、霞雹夜です。よろしくお願いします。」
単純こそ至高。
英語で、シンプル イズ ザ ベスト。
え? カタカナだって?
スペルなんて飾りさ。
だからさ、やめろよ、その視線。
その『もっとしゃべってよ』的な視線やめろよ。
それと『それで、終わりじゃないよね?』的な空気、テメェ、どっから湧いてきやがった。
「………………。」
俺は居た堪れない気持ちになって現実逃避に走る。
そして、回想。
俺が、なぜ、ここに立つ事になったかを。
原因はあのアルバイトでの一間だろう。
俺は次に何を言おうか考えながら、自分の記憶の海を漂う事にした。