猫
僕の前には猫がいる。
ゆっくりゆったり寛ぎながら。
悩みと期待の重圧で、つつけば壊れてしまいそうな僕を静かに覗いてる。
苦しそうだな、人間よ。
猫の瞳が嘲笑う。
毎日同じ時に起き、毎日同じ作業をし、毎日同じ時に寝る。
そんな人生楽しいか?
猫は喋ってないけども、思いはしっかり伝わった。
猫には悩みがないだろう。
仕事も何もないだろう。
無駄に生きてるだけだから。
僕は強がり言い返す。
確かに俺は猫だから、人間よりは自由だが、無駄に生きてるとは思っていない。
仕事が何の役に立つ? 勉強が、発明が、進歩が何の役に立つ?
それこそ無駄じゃないのかね?
猫の瞳は真っ直ぐで、迷いも何も見つからない。
進歩したから僕たちは、人間社会に守ってもらい、猫と違って平和に生きる。
敵や病から身を守り、食べるものにも困らない。
それが無駄だと言うのかい?
僕は何かを守るため、猫に向かって言い返す。
それはお前だけだろう。
社会に混ざれぬ者たちは、今も何処かで苦しんで、自分の身体を傷つける。
苦しい社会から逃れるために、自分の命を傷つける。
そんな悩みは猫にはないぞ。
猫の意見は正しくて、僕は思わず俯いた。
お前は猫にはなれないが、獣のように自由に暮らし、自然の流れに身を任す、そんな人生も送れるはずだ。
なぁ人間よ、名も知らぬ人間よ。
くだらぬ社会から逃げてみないか?
猫の瞳は優しそう。
だけどそれでは駄目なんだ。
僕はやっぱり人間だから、社会の中から出られない。
なぁ猫よ、名も知らぬ猫よ。
僕はどう生きればいいんだい?
顔を上げて訊いてみた。
だけどそこには瞳は無くて、視界の端に尻尾が消えた。
猫は小さくニャアと鳴き、僕の前から消えていった。