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美奈子ちゃんの憂鬱

美奈子ちゃんの憂鬱 学校のかいだん

作者: 綿屋 伊織

 ピチョーン


 闇は音を強くさせるのだろうか。

 それとも、昼間、騒がしい学校という場所特有の反動なのだろうか。

 その音は、奇妙なまでに強く響いた。


 「……あれ?」

 その音に気づいたのは、忘れ物を取りに来た一人の女子生徒だった。

 

 ピチョーン


 まただ。


 自分の教室がある建物。

 毎日歩いているだけに何がどこにあるか、大体わかる。


 ピチョーン


 そこに、水道があることも。


 「もうっ。誰か閉め忘れたのかしら?」

 生徒は何気なしに水道に近づいた。

 普段、水を飲んでいる、蛇口がいくつも並ぶ、本当に何の変哲もない水道。

 コンクリート造りの流しの上には古ぼけた鏡がつけられている。

 何の、変哲もない、水道……。


 「あら?」

 水道に近づいた生徒は、きょとんとして立ちつくした。

 水が、出ていない。

 流しは乾いたままだ。

 「……変ねぇ」


 念のためだ。

 生徒は水道の蛇口を、端からすべて締め直した。

 全ての蛇口から水が、出ていないことを確かめ、

 「これでよし」

 生徒は水道から離れた。


 しかし―――


 ピチョーン


 水の、音がした。


 「……えっ?」




 翌日のこと。


 「ああ?あの水道のこと?」

 「知っているの?」

 珍しくお弁当を頬張る未亜に、美奈子が驚いたように訊ねた。

 「蛇口閉めても流れているんだもの。昨日、すごくびっくりしたわ」

 「用務員さんは壊れているわけじゃないって言ってたけどねぇ」

 「結構曰く付きだったりして」

 おかしさを堪えながら、それでも手を並べて前で垂らす仕草をするのは、クラスメートの浅野澄香だ。

 「やだ。何のよ」

 美奈子は面白そうに笑って済ませようとするが、

 「昔、首つり自殺があったとか」

 「……どうやってよ」

 「例えばフックを天井に」

 「まぁ、学校って、不思議な話は多いからねぇ」

 「未亜!無視しないで!」

 「この前はそれで大変な目に……」

 「あったの水瀬君じゃん。美奈子ちゃんのめりこみパンチで」

 「え!?何何!?何の話!?」

 「澄香ちゃんにはぁ。教えてあげる。あのね?」

 「未亜っ!」

 美奈子が赤面しながら怒鳴った。

 「とにかく、学校の怪談なんてもうゴメンですからね!?」

 「こら!私を無視して勝手に話を進めないでよ!」

 浅野が堪らず抗議する。

 「今度のは本当だよ?」

 未亜は浅野の頭を撫でながら言った。

 「例えばぁ……開かずのトイレとか」

 「開かずのトイレ?なによそれ、前よりありがちじゃない」

 「そうだけどさ。あのね?離れのあの男子トイレの一番奥、ずーっと前から釘付けされているんだって」

 「あんた、男子トイレ入ったの?」

 「それはさておき……実はこのトイレ、用をしていると下から手が出てくるんだって。なんでも、原因は50年前、このトイレにはまって死んだ生徒の地縛霊だとか」

 「未亜」

 美奈子がため息と共に言った。

 「ここの建物は、全部建てられてから20年以内」

 「―――あれ?」

 「あれ?じゃないっ!」

 浅野の他、聞いていた女子生徒が未亜に突っ込む。

 「にゃぁぁっ!みんなそっちの趣味が!?」

 「うるさいっ!今度ヘンなこと言ったら、茶巾の刑だっ!」

 「わーんっ!私ミニだから出来ないよぉ!」

 「あ、でも私もそういうの知ってる」

 そう言ったのは、やはり同じクラスの安藤静だ。

 「階段の踊り場の大鏡ってね?満月の夜になると、異世界につながってしまうんだって」

 やっだぁ!

 みんなから黄色い声があがる。

 「でね?もし、鏡の前に立っていると、死に神が現れて、異世界に引き込まれてしまい、二度とこっちの世界に戻ることは出来ないという……」

 怖ぁい!!

 いいつつ、みんなの顔は笑っている。


 怪談。


 それは単なる娯楽でしかない。

 そういうものなのだ。


 「でもさ」

 美奈子が疑問を口にした。

 「二度と戻ってこれないのに、どうして話が伝わっているの?」

 「……あれ?」

 安藤は首を傾げてしまった。

 「お約束?」

 「モロ、ね」

 「にゃあ。はーいっ!提案!」

 未亜は元気に手を挙げて言った。

 「みんなで確かめようよぉ!」

 「確かめる?」

 

 

 その日の夜。

 満月のあかりがこうこうと照りつける中、校舎に忍び込む者の影があった。

 浅野に安藤、そして……

 「きゃーっ!かわいいっ!」

 二人に抱きしめられているのは、葉子だ。

 「ごめんねぇ。どうしてもついてくるって聞かなくて」

 申し訳なさそうに手を合わせる美奈子が葉子に言った。

 「葉子?言うこと聞かないと、もう連れてこないからね?」

 「はぁい!」

 葉子は、元気に返事をする。

 ベンチコートに毛糸の帽子、手にはミトンの手袋と、寒さ対策は万全。

 その姿が、葉子の愛らしさをさらに強調していたから、初対面の浅野と安藤は葉子が可愛くてたまらない。

 「それにしても……」

 美奈子は、安藤達にだっこされる葉子を見ながら呟いた。

 「いいの?こんなのバレたら叱られる程度じゃ……」

 「未亜は、大丈夫って言っていたけど?」

 浅野はそういうが、

 「その未亜は?」

 「あれ?」

 肝心の未亜の姿が見えない。

 いるのは、葉子をいれて四人だけだ。

 「何?あの娘、いいだしっぺのクセにフケたの?」

 「にゃあ!ゴメンねぇ!」

 噂をすれば何とやら。

 未亜が窓から顔を出す。

 「遅い!先生にバレたら!」

 「心配するな」

 未亜の背後に、壁のように立ちふさがるのは、南雲だった。

 「な、南雲先生!?」

 生徒の顔が一様に凍り付く。

 「心配するな。俺は今日、宿直だ」

 「こら未亜!」

 安藤が未亜の耳元で怒鳴る。

 「どういうつもり!?先生連れてくるなんて!」

 「にゃあ。何あるかわかんないしィ。……あ!お弁当、持ってきたよ?」

 「作ったの俺だぞ?」



 「ごちそうさまでした!」

 手を合わせた葉子は、口の回りいっぱいにご飯粒をつけたまま、大声で言った。

 「あ。エラい」

 お茶をすすっていた安藤が感心したように言った。

 「ウチの弟、絶対言わないもん。葉子ちゃんはエラい」

 「そりゃ、こんな教育ママに育てられてるんだからねぇ」

 葉子の口回りをハンカチで拭く美奈子を横目に、未亜がにやついた笑みを浮かべる。

 「成る程」

 浅野と安藤は、同時に頷いた。

 「―――さて」

 未亜は腰を上げた。

 「そろそろ出発する?」

 めいめいが立ち上がった。

 「賛成」




 ピチョーン


 水道は、今夜も水の音を響かせている。


 「―――本当だ」

 居並ぶ生徒から感心したような声があがった。

 「蛇口は閉まってるのに……」

 「水の音、どこから?」

 「……」

 南雲が黙って水道の下に潜り込んだ。

 「……成る程な」

 「先生?」

 「下を見て見ろ」

 「下?」

 懐中電灯に照らされた水道の下。

 そこには、先端に漏斗がつけられた一本の水道管があった。

 水は、そこに落ちていた。


 「なぁんだ。これが水の音かぁ」

 「ああ。水泥棒の仕業だ」

 「水泥棒?」

 「一滴ずつだとメーターが動かないから気づかれない。そういう仕組みだ」

 「これ、どこへ続いているのぉ?」

 葉子の疑問に、全員が水道管を見る。

 「―――トイレの方角だ」



 「ね、ねぇ!いいの!?」

 浅野と安藤は及び腰だ。

 「男子トイレに入るなんて!」

 そう。

 いくら何でもこれだけは避けたいというが、彼女達の考えだ。

 「にゃあ。じゃ、ここで待ってて。葉子もね?」

 「えーっ!?見たいぃ!」

 葉子はタダをこねるが、

 「お姉ちゃん達を守るのが、葉子のお仕事よ?」

 美奈子にそう言われた葉子は、うれしそうに頷いた。

 「うんっ!」

 単純な子でよかった。

 美奈子は心底、そう思った。


 ギイッ

 音を立ててドアが開く。

 暗いはずの男子トイレの中。


 「お姉ちゃん」

 ヒョコッ。

 美奈子の横から顔を出したのは、葉子だった。

 「これっ!お姉ちゃん達を守るって約束は!?」

 「ドア開きっぱなしだよ?」

 トイレのドアは全開にされたまま。

 ドアの向こうからは安藤達の顔が見える。

 「ねぇ。お姉ちゃん」

 葉子が興味津々という顔で美奈子に訊ねた。

 「これ、なぁに?」

 葉子が指さしたのは、

 「こ、これは……」

 美奈子は、無言で未亜の腕を掴むと、自分の手と未亜の手を重ねた。

 「未亜、タッチ」

 「ニ゛ャ!?ズルい!」

 「未亜お姉ちゃん!これなぁに!?」

 「こ、これはね?男の人が……おしっこする……」

 珍しく未亜の言葉もとぎれとぎれだ。

 「どうやって?」

 来た。

 美奈子はさっと未亜と距離をとった。

 「ほ、ほら!南雲先生!」

 「なっ!?」

 「葉子ちゃん?この人は男の人だから、この人に聞いて!?ね?」

 「おじちゃん」

 「おじっ!?」

 南雲の目が点になった。

 「お嬢ちゃん……おじちゃんって……俺のことかい?」

 「うんっ!」

 「お兄さん……じゃなくて?」

 「おじちゃん」

 「……」

 「先生、諦めて」

 「信楽……お前にもいつかわかる日が来るぞ」

 「おじちゃん」葉子の顔が曇りだした。

 「こ、これはだな……お父さんから教えてもらうべきことだ。うん!そういうものだ!」

 南雲の手が葉子の頭に触れる。

 それだけで葉子の手はすっぽり隠れてしまった。

 「そういうものなの?」

 「そういうものだ!」

 「そうなんだ」

 南雲先生、上手く逃げたな。

 居合わせた生徒達の偽りのない感想だ。

 「……ど、どうした!?」

 南雲は、生徒達からの冷たい視線に気づいて狼狽した声を上げた。

 「別に」と未亜。

 「何でもありません」と美奈子。

 「い、いや、しかしだな」

 「問題から逃げるなっていう先生の言葉が信じられなくなっただけです」

 「それって、俺が教師として問題だと?」

 「短く言えばそうです」 

 

 ずんっ。

 暗い雲を背負って落ち込む南雲を見捨てるように、トイレの中を見回す未亜が、それを見つけた。

 「あれ?」

 一番奥の個室トイレから、かすかに灯りが漏れていた。

 「あ、あそこ、開かずのトイレだよ?」

 未亜の声が心なしか震えていた。

 「な、何!?」

 怪談話なんて全然ダメな美奈子はもっとヒドい。

 南雲の影に隠れるように、そっとのぞき込むのが精一杯だ。

 「水道のパイプは、あそこへつながっているな」

 南雲の目は、壁に巧みに設置された水道のパイプを見逃さなかった。

 「な、中に何があるの?」

 「ラチがあかない」

 南雲はドアに向かって歩き出した。

 「せ、先生!?」

 「ドアをぶち破る」

 「そ、そっか!センセ、頑張って!」

 未亜の声援と同時に、南雲の拳が、トイレのドアを吹き飛ばした。


 ベキッ!!


 「……」

 「……」

 「……」


 そして、


 「……」


 七人全員の顔が凍り付いた。


 七人?


 そう。七人だ。


 未亜、美奈子、南雲に葉子、ドアの向こうから安藤と浅野。

 そして―――


 「ど、どうしたの?」

 トイレの中で、酒瓶を抱えて南雲達を不思議そうに見つめているのは、


 水瀬だった。


 床には段ボールが敷かれ、火のついたロウソクで灯りをとり、隅っこにはキャンプで使うガスコンロが転がる狭いトイレの中。

 水瀬は、毛布にくるまって酒瓶を抱えていた。


 「み、水瀬君!?」

 美奈子が驚きの声を上げた。

 「ここで、何してるの!?」

 聞かれた水瀬は、蚊の泣くような声で小さく答えた。

 「……ね、寝泊まり」

 「寝泊まり!?こんなトイレの中で!?」

 「にゃあ。水瀬君……」

 未亜が、気の毒そうに言った。

 「最近、公園で姿見ないと思っていたらぁ」

 「……」

 「こんな所に住んでいたんだぁ」

 「……うん」

 「その前の橋の下はぁ?」

 「この前の増水と取り締まりで……」

 「そんなところまで!?」

 「っていうか、水瀬、何でまた」

 南雲は教師として訊ねた。

 「お前、一体……」

 「……ぐすっ」

 水瀬は泣きそうな顔で俯くだけ。

 「水瀬」

 南雲の大きな手が水瀬の肩に触れた時、水瀬は言った。

 「……お父さんに勘当されて……行くところがなくて、それで……行き着いた公園や橋の下だったけど、あまりに寒いしミジメだし……ぐすっ」

 「……とにかく」

 南雲は水瀬の肩を軽く叩いてぼやいた。

 「やれやれだ」

 「本当、大したことじゃなかったねぇ」

 未亜も残念そうだが、

 「これだって大したことよ!」

 美奈子のツッコミは、虚しくトイレに響くだけだった。



 「さて。次はぁ」

 突然の参入者である水瀬を加え、一行が向かうのは、階段だ。

 「階段?」

 「うん。あのね?」

 未亜が階段の大鏡にまつわる階段を簡単に説明した。

 「それ、僕知ってるよ?」

 水瀬は得意満面にそう答えた。

 

 階段下から見る大鏡。

 そこには、確かに不気味な影が浮かんでいた。

 安藤達がそれを見て小さく悲鳴を上げるが、

 「よく見て」

 水瀬は平気そうにそう言った。

 「あれね?満月の光に照らされた窓の外の木が映っているだけだよ」

 「……あっ!」

 そう。

 鏡に映し出されるのは、不気味ではあるが、確かに木だ。

 「なぁんだ」

 未亜は、何気なしに階段に足を乗せようとした。

 「だめっ!」

 鋭い声を上げてそれを止めたのは、なんと葉子だ。

 葉子は、未亜の服にしがみついて未亜を行かせまいとする。

 「よ、葉子ちゃん!?」

 「行っちゃダメっ!」

 葉子は、怒ったような声で未亜に叫んだ。

 「行ったら、戻れなくなるよ!?」

 その強い声に、未亜は、

 「う……うん」

 不承不承ではあるが、足を階段に乗せなかった。



 帰り道。

 南雲は宿直に残り、結局、水瀬も宿直室に泊めてもらうことになった。

 「水瀬君、布団で眠れることで涙するなんてねぇ」

 「いっそ、美奈子ちゃんの家に泊めてあげればよかったのに」

 「それやったら……」

 未亜の脳裏に、崩壊炎上する美奈子の家が浮かぶ。

 「やってみる?」

 「……耳に入ろうものなら、私達の住む所がなくなるわ」

 「あの怖ぁいお姉ちゃんのこと?」

 「そうよ。葉子」

 笑いながら、美奈子はふと、後ろを見た。

 「―――えっ?」


 「あーあ。結局、空騒ぎだったね」

 安藤がぼやき、

 「怪談なんて、こんなものかなぁ」

 浅野が失望感の漂うため息をつく。

 「にゃあ。怪談だからねぇ」

 しかし……

 「美奈子ちゃん、どうしたの?」


 美奈子はじっ。と、校舎を見つめていた。


 「美奈子ちゃん?」


 「ねぇ……未亜」


 「にゃ?」


 「私達の教室ってさ」


 「うん」


 「平屋……なんだよね」


 「にゃ?」


 未亜は言われて校舎を見た。


 改修工事のため移動した、1階建ての旧校舎が目に映る。


 「そうだけど?」


 未亜は、美奈子が言わんとすることがわからない。


 「屋上は、どうやって登ったっけ?」


 「確か、外からハシゴ」


 「じゃ、あの階段って、どこへつながっているの?」


 「……」


 翌日、美奈子達が校舎中をくまなく探したが……

 そこに階段は、なかったという。





綺羅「久しぶりに短編です」

助六「さっさと「姫神」終わらせましょう。それと「ナイトメア」短編三部作」

綺羅「いやね?思いついたら書きたいのが作者というものでね……」

助六「書け」

綺羅「三部作は10日まで待ち。その間に」

助六「書け」

綺羅「……はい」


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― 新着の感想 ―
[一言] もうちょっと分かりやすく書けたらいいなぁ、と思います。でも、全体の構成はよかったと思います。
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