プラネタリウム
ここは僕のお気に入りの場所だ。
どんな仲の良い友達にも、彼女にも、この場所は教えてない。
視界にはいつも満点の星空。吸い込まれそうな無音のノイズ。
バカでスケベで単純な僕でさえ、少し哲学的な気持ちになれる場所。
嫌なことがあった時や、考え事をする時、僕は必ずここに来る。
逃げ道?そんなもんんじゃないよ。ここは・・・ここはもっと・・・
目を閉じると後ろから声がした。
「起きてっか?今日は閉めんぞ。もう」
ここの主のじいさんだ。最近顔色が悪いけど、ここんとこは更に悪い。
いっつもマスクをしているし、たまに座り込んで息を荒げてる時さえある。
僕は病院に行けばと何度も言ったが相手にされなかった。
「あんまりしつこいと、もう入れねえぞ!!」
こんな感じだ。ホント頑固じじい。
僕はじいさんの名前は知らない。小4の時、好きだった女の子に嫌われて
初めてここに迷い込んだ時から、じいさんは、じいさんだ。
泣いている僕を見て
「泣いてんのか?今日は閉めんぞ。もう」
勝手に入って怒られると思った僕は、ビックリして涙が止まったっけ。
そっからは長い付き合いだ。
「起きてるよ。つーかいい加減病院行けば?もう年なんだから、そのうち死ぬよ?」
「帰れ。まだまだ死ねん。」
「あ、そ。」
じいさんは手で僕をシッシッと払いのける。
僕が裏口から出ようとすると後ろから、静かな声がした。
「ワシが死んだら、ここはどうなるんかな?」
声がいつになく優しくてとまどった。
フザケた口もきけず、情けない声で僕は言う。
「まだ死なないんだろ。・・・そんな心配いらねえヨ。」
ヘタクソな作り笑いを残して、僕はドアを閉めた。
外に出ると空にはリアルな星空が広がっている。
じいさん、死んだら星になるのかな?
あの星とあの星と、向こうの星を繋げて、じいさん座。
無愛想すぎて、図鑑には載せれなさそう。
大学受験が忙しくなっても、時々は顔を出していた。
それから20年の月日が流れて・・・じいさんは結局しぶとくて
2年前に急性の脳の病気で亡くなった。
第1発見者は僕。
じいさんは星空を見上げながら、1番良い席で冷たくなっていた。
見上げてるくせに目は閉じていて、僕には少なくとも苦しそうには見えなかった。
変なじじい。
死んでることがわかっても、なぜか全然怖いとは思わなかった。
僕の口は勝手に動いてた。
「じじい。ここ、俺が守ってやるよ。」
死体に話しかけるなんて、僕も相当危ない奴かもしれない。
僕は幽霊なんかはあんまり信じないほうだ。
でも、その時じいさんの魂っつーか、目に見えない何かがその場を離れた。
気がしたんだ。気が、ね。
身内でもなんでもない僕がまるごと、ここを継ぐのは
それなりに大変だった。
なんせあのじじい、いきなり死ぬからさ。
今でも正式に(法的に)ここの持ち主とは言えない。
まぁ、そんなこんなで今は、だいたい僕が管理をしている。
1人だけの力じゃないのは、当然だ
奥さんと、ダチと、ここを愛すみなさんと、交代で。
そういえば土曜日、受付の椅子で居眠りをしてしまった。
夢ん中ではじいさんと会った。
じいさんは僕を見てニヤッと笑って、僕はなにかを言おうとして、目を覚ました。
時計を見ると7時。閉めなきゃ。
星空の下のドアを閉めようとして、一応中を見渡した。
光を落とそうとして、2度見する。
前方の席と席の間に、黄色い小さな帽子が落ちていた。
最近忘れ物が多い。寝ボケながら帰る人が、映画館の5倍くらいいるからかもしれない。
帽子を拾おうとして、姿勢がそのまま止まった。
小学生くらいのチビスケが、人形みたいに丸くなって寝てる。
すぴー すぴー すぴー
目の下には涙の筋の後が残ってる。泣きつかれたらしい。
遥か昔の僕を、ビデオ再生してるみたいなガキ。
軽く頭を撫でながら言う。
「お〜い。チビスケ!起きてっか?今日はもう閉めんぞ?」
あの時のじじいっぽく言ってみた。
泣き疲れたガキが、ゆっくり目を開く。
「んん・・・え?・・・」
え?って。沈黙が続く。先に口を開いたのはガキ。
「ごめんなさい。勝手に入っちゃった。」
持ち合わせの1番優しい声と顔で返す。
「全然良いよ。でも次からはおっちゃんに入るよって言ってな。」
ガキの顔はまだ強ばってた。もっかい頭を撫でてやる。
「名前は?」
「こーへい!」
「こーへい。ここ、気に入った・・・てゆうか、好きか?」
「え?・・・わかんない。」
子供は正直だ。
「でも。凄いね!」
なんだかめちゃめちゃ嬉しかった。
「そ、そーかぁ!また見たいか?」
ガキはちょっと考え込んで、ニコッと笑い頷いた。目が熱くなる・・・・
少し涙が出た。なんの種類の涙なのか、自分でもわからない。
いい大人になって情けない。
じいさんが見てたらどんな顔するだろう。
「おっちゃん。大丈夫?」
「あぁ、ありがとな。」
「ねぇ、ここの名前、なんて言うの?」
涙をぬぐう。静かに、自分に言い聞かせるように言った。
「プラ・・ネタリウム」
「え〜?プレネテルーム?変な名前。あ、帰んなきゃ。」
ガキはランドセルと帽子を持って、出口に走り出した。
ちゃっかり裏口に回ってやがる。僕は黙って見送る。
ガキが振り返った。
「おっちゃ〜ん!泣いちゃダメだよ。また明日来るからね、プレネテルーム!!」
そう言って小走りのペンギンみたいに、出て行った。
館内に静けさが戻る。とても気持ちいい静けさ。
「プレネテルームじゃねえっつーの。プラネタリウムだっつーの。」
じいさん、僕が、いや俺が、これからもここを守るよ。
星空を見上げると憎たらしいじじいのニヤケ面が見えた気がした。