天狗と姫2
聯が御影の城に居候しはじめてから一月ほどが過ぎた。もう葉月も後半に差し掛かろうとしている。しかし、秋になったとはいえ、体にまとわりつくような蒸し暑さが続いていた。その間、聯はほぼ毎日悠に稽古をつけてもらい、剣の腕もかなり上達したらしい。
そんなとき、聯の親たち、つまり、一の城から文が届いた。
その内容はこうだ。
最近、一の城下で神隠しが多発している。
我らではどうやっても尻尾がつかめない。
もしかしたら妖の仕業かもしれない。
御影家に調査を依頼したい。
もちろん焔も栴桜も、すぐにでも助けに行きたかったが、御影家の当主とその妻が、簡単に城を離れるわけにはいかない。
そこで、千尋と聯に白羽の矢が立った。彼女たちに断る理由があるはずもなく、知らせを受けてすぐ、悠、遙とともに一の城下にやってきた。
一家の城下は、人通りが異常なほど少なかった。そして、皆何かを恐れているようだ。やはり神隠しが原因なのだろうか。
「僕が居たときは、もっと活気のあるところだったんだけど・・・」
聯が少し寂しそうに言う。
そんな聯の表情を見た千尋が、一瞬つまらなそうな顔になって、でもそれをすぐに掻き消して笑う。
「それじゃ、活気を取り戻すためにも、早く神隠し事件を解決しなきゃね。」
「うん。」
二人のやり取りを目元を綻ばせて見ていた悠が、頃合いを見計らって口をはさんだ。
「詳しい事情が全く分からないし、一度城を訪ねたほうがいいだろう?」
「城下の地図か何かも欲しいね。」
遙がそう付け加える。
「じゃあ、僕が案内するよ。少し歩くけど・・・」
「ええ。もちろんお願いするわ。」
少し自信なさげだった聯だが、千尋の即答を聞いて安心したようだ。はにかんだような、それでいて嬉しそうな表情で笑む。
傍から見れば初々しすぎる二人を、後ろから肩をすくめて微苦笑で眺めていた悠と遙だったが、
「・・・っ!?」
微かな妖気を感じて、体を強張らせた。
強張った体のまま、千尋に呼びかけようと前を見ると、彼女も妖気を感じたらしい。鋭い目つきで辺りを探るように首をまわしている。
「・・・あの、これは一体・・・・・・?」
一人だけ状況が把握できずにいる聯が、少し間の抜けた声音で誰にともなくたずねた。
しかし、あとで話すという目顔が返ってくるばかりで、誰も明確な答えを提示してはくれなかった。
「・・・???」
その後数秒、千尋、悠、遙の三人が緊張で鋭敏になった感覚を研ぎ澄ませ、聯だけがわけも分からず立ち尽くすという状況が続いた。だが、それもわずかの間だけで、三人はすぐに緊張を解き、
「もう・・・なにも感じないわよね?」
「ああ。一体何だったんだ。」
「聯には悪いことしたわね。」
と、今妖気を感じたということを彼に説明してくれた。
説明を聞いている間、聯がわずかに顔をしかめたことには、誰も気づかない。
「とにかく、感じなくなっちゃったものは仕方ないし、とりあえず城にむかいましょ。」
「うん。」
千尋の言葉を合図にするように、聯が案内を再会した。
そうして、かなりの間歩いたように思う。千尋は何食わぬ顔をしているが、普通の姫にとっては、かなり辛い距離だろう。ようやく城が見えてきた。正確なことはわからないが、もう、誰そ彼と言ってもいい刻限のはずだ。誰そ彼は、人の見分けがつきにくく、妖が最も人と交わる時間帯である。先ほどの妖気のことを考えると、急いだほうがいいかもしれない。
その考えをほかの三人に伝えようと、千尋が自らの思考の海から意識を引き戻した、まさにその瞬間。
一人の女とすれ違った。
もちろん普通の女ならば、気にすることは無い。ただ、女とすれ違ったとき、なにか胸騒ぎのようなものを覚えたのだ。
女の背丈は、普通より若干高い。美しい黒髪を膝まで伸ばし、綺麗に化粧をしている。そして、緋色の袴、小袖五ツ衣、薄絹という格好だ。
ひどく美しい女性だと思った。
だが、そんな思考は、遙の動揺した声に掻き消された。
「・・・え・・・?ど、どういうこと!?」
「・・・どうしたの?」
千尋が怪訝な顔でたずねると、悠が焦燥を隠そうともしない表情で応えた。
「何言ってる!聯がいないだろう!?」
「・・・・・・え・・・・・・・・・・?」
どこか上の空だったから気づかなかったのか。はたまた別の理由かはわからないが、確かにさっきまでそこにあったはずの聯の姿が、忽然と消えていた。
はい!
いつものごとく文章力なんて欠片もありません☆
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