退治る姫
残酷表現かもしれませぬ・・・・・・。
そこは、廃屋だった。かつては城下の長が住んでいたのだが、先代の長がここで妖に殺されたため、それから使われていない。ひどい荒れようだった。
微かに妖気の残り香がある。確かに妖がいたようだ。だが、これほど微かなものでは、気配を手繰ることができない。
「千尋、どうするの?地道に聞き込みでもする?」
遙が問いかける。
千尋は、顔をしかめて答えた。
「それはいくらなんでも避けたいけど・・・。札が無くちゃ、占術もできないし。六壬式盤もここには無いし。どうしようかなぁ。」
これが城下町でなければ、まわりに居る害のない弱い妖たちや、人の霊などに聞くことができる。だが、人が多い場所にそういったものは寄り付きにくい。
途方にくれていたとき、千尋は背後から、人とは異質ななにかの気配を感じた。反射的に振り返ると、そこには、妖しい雰囲気を漂わせる妖艶な女性が立っていた。そして千尋は、彼女のことを知っている。
彼女を見止めると、悠が露骨に嫌な顔をして、げっ、とうめく。
「出たな祗園のババァ。」
いつもの優しい雰囲気はどこかへ吹き飛んでいる。
それとは対照的に、千尋は顔をパッと輝かせ、
「久しぶり!」
と女性にとびつく。
女性は、まさに祖母が孫を見るような眼差しで、千尋の頭を撫でる。
「ああ、久しぶり。元気だったかい?」
そう言うと、声を潜めて囁く。
「悠の表情が随分柔らかくなった。千尋に頼んで正解だったよ。」
それに千尋は、にこりと笑ってうなずく。
女性は、悠の方を向き、楽しげに笑む。
「ババァとは随分な言われようだねぇ。こんな綺麗な女はなかなかいないよ?」
女性の言葉に、悠は蔑むような笑みをむける。
「ババァが嫌なら化け狐とでも呼んでやろうか?はるか昔から京に住んでいる祗園の九尾さんよ。」
「言ってくれるじゃないかい。まだ生まれて数百年の青二才が。」
顔を合わせれば必ずこうなる二人を、千尋と遙は遠めで眺めていた。だが、そのことを知らない聯は、唖然とそれを見ている。
遙が苦笑して聯に説明する。
「あたしと悠が妖だってことは知ってるわよね。あたしは鬼で、悠は九尾なの。それで、あの女の人も九尾。二人は随分前からの知り合いらしくて、仲が良いのよねぇ。」
聯が二人の方を見て、
「仲が良い・・・・・・?」
と呟いたことは誰も知らない。
千尋が、遙の説明に補足を加える。
「それと、妖には寿命ってものがないの。だから、大怪我をしたり、大病を患ったりしない限り死ぬことは無い。だからああいう会話の内容になるのよ。」
悠が二五〇歳ほどなのに対して、祗園の九尾は何年生きているのかわかったものではないのだ。
------十分後------
悠が肩で息をしているのに対し、祗園の九尾は余裕の笑みを浮かべている。
「あんたが口で適うわけないじゃない。」
遙の冷静な指摘に、悠がくっ、とうめく。いつもと完全に立場が逆だ。
「それで、なんでこんなところにいるの?」
千尋の問いかけに祗園の九尾は、ああ、そうだった、と話し始めた。
「実は昨日、御所を妖が襲ったらしい。その妖が京から逃げ出したと知って、気配を辿ってみたのよ。そしたら、千尋のとこに行ったとわかったから、教えてあげようと思って。でも、もう知ってたみたいね。」
「ええ。さっき知ったところだけど。でも、詳しい居場所がわからないのよ。」
祗園の九尾がなにかを言いかけたそのとき、五人の間を緊張が駆け抜けた。
「どうやら、探す必要はなくなったみたいね・・・・・・。」
遙が、独り言のように呟く。
廃屋の中に、それまでなかった気配がある。
気配からして、かなりの強さの妖だろう。
真剣な顔をした祗園の九尾が、皆に話しかける。
「わたしが聯を守ってるから、三人で妖を倒して。それでいい?」
悠は若干不服そうだったが、何も言わない。
「千尋、身固めくらいしておきなさいよ。今日は札が無いんだから。」
遙が言うと、千尋が笑って
「わかってるよ。」
とうなずく。そして、手で四縦五横に切る所作をしながら、
「青龍、百虎、朱雀、玄武、空陳、南斗、北斗、三台、玉如・・・。」
と唱える。すると、千尋の体が、見えない壁に包まれた。
それを待ち、悠が呼びかける。
「それじゃあ、行こうか。」
見ず知らずの妖とともに残された聯は、言い表せない居心地の悪さを感じていた。
それを見かねた祗園の九尾が、聯に話しかける。
「ふふ、驚いたでしょ。」
聯は、少し戸惑ってから、
「・・・はい。」
と答えた。
「心配?」
「・・・わかりません。僕は、妖がどういうものなのか、全く知りませんから・・・。」
自嘲気味な微笑で答えた聯に、祗園の九尾は笑って話す。
「素直な子ね。気に入った。千尋は、人間にしては強いわ。悠と遙も強い。まあ、心配はいらないでしょうね。」
祗園の九尾の笑顔につられて、聯もそうですか、と笑った。
「あら、いきなりお出ましね。」
遙が、いつもと違う好戦的な笑みを浮かべて言う。
三人の目の前に現れたのは、牛のような妖だった。普通の牛と違うのは、体全体がどす黒く、角が異様に長いことだ。
「だが、思っていたより小さいな。」
悠が、薄気味悪そうに呟いた。
「わたしが先制攻撃を仕掛けるわ。多分当たらないけど、悠と遙は直後に二撃目を叩き込んで。それで決める。」
「わかったわ。」
「りょーかい。」
そう言うと同時に、二人の体に変化が生じる。
悠の両耳は狐のそれになり、九本の立派な尾がはえる。遙の耳はとがり、その後ろから二本の角がはえてくる。口元からは、二本の犬歯が覗く。
「じゃあ、行くわよ。」
そう言うが早いか、九字刀印を結び、四縦五横に切りながら、
「令百由旬内 無諸衰患!!」
と叫ぶ。
すると、透明な刃のようなものが数本、妖牛に向かって飛んでいった。
「ぐるるるるぁ!」
しかし千尋の予想通り、刃は全て弾かれる。それと同時に、妖牛が、凄まじい速さで彼女に向かって走ってくる。
「・・・っ、急急如律令!」
とっさにそう叫び、簡易結界を張る。結界は、突進してきた妖牛によってすぐに砕かれたが、千尋が逃げる時間を稼ぐには十分だった。
その間に、妖牛の後ろにまわった悠と遙が、少し長めに見える日本刀で斬りかかる。だが、妖牛の動きが予想より速く、角によって受け止められる。
「嘘っ!?」
すぐさま悠が、横なぎに二太刀目を入れる。今度は妖牛の体が切り裂かれ、血が噴き出す。だが、致命傷にはならない。遙がすかさず、妖牛の傷口に向かって、刀を突き立てる。
「ぐるらぁぁぁ!」
傷口から内臓が溢れるが、妖は生命力が強いため、倒れない。
二人が戦っている間に、千尋は呪言を唱えながら、北斗七星を描くように歩を進める。そして、
「悠、遙!!」
と叫ぶ。すべてを了解している二人は、すぐさま身を引く。
千尋はそれを見届けると、刀印を十字に切り、叫んだ。
「臨兵闘者 皆陣列在前!!!」
妖牛の体に凄まじい衝撃が奔り、そのまま妖の体は掻き消える。
あとには、静寂だけが降った。
「ふぅ・・・。終わったな。」
悠が、疲れたように笑って言う。
「そうね。さ、千尋、帰りましょ。聯も待ってるだろうしね。」
「ええ。」
いやー、おそくなりました!
一ヶ月間にテスト四回という殺人的スケジュールのため、
更新がおくれております!
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