天狗と姫7
「三人がここへたどり着くにはもう少しかかるだろうし・・・・・・」
「・・・え・・・・・・?」
完全に自らの思考の海に沈んでいた聯は、女の言葉で現実に引き戻される。
女の顔からは先ほどまでの表情は消え失せていて、今は感情の読めない笑みが浮かぶだけだ。
「・・・聞いてくれる?私の昔話。」
「・・・・・・昔話・・・?」
「ええ。・・・もう、随分時間がたってしまったわ・・・・・・。」
そう言うと、彼女は懐から紅い勾玉を取り出した。よく見ると、それにはびっしりと文字が羅列されている。
「ここにはね・・・私の主の過去が詰まってる。主が、最も幸せだった時間が・・・・・・。私の主が狂ってしまった、すべての要因が・・・・・・。私が、あなたを含む、何人もの子供たちを攫った理由が・・・・・・」
これは、約束の勾玉。
あの日、光の中で。少年と妖が交わした、契りの証。
「それって、どういう・・・・・・?」
そう尋ねたけれど、曖昧な問いかけに答える声はなく、この不可解な女天狗は、勾玉にふーっと息を吹きかけた。
すると、勾玉が光を帯び始め、数秒の後、視界が真っ白に霞む。
「・・・・・・っ!?」
聯はとっさに目を瞑って。
次に目を開けたとき、眼前に広がっていたのは、先ほどまでとは全く違う光景だった。
うっそうと生い茂る木々と、涼やかに重なる鳥たちの声。
そこは、見紛うことなきただの森。少なくとも聯にはそう見える。
「これは・・・・・・?」
事態が飲み込めず、半ば呆然と呟いた自分の声が、どこか遠いような気がした。
そもそも、さっきまで近くにいたはずの女天狗はどこにいったのか。昔話とかなんとか言ってたくせに、と、客観的に見れば若干的外れな怒りがふつふつと湧き上がってくる。
その、もう全く意味がわからない状況に、途方に暮れかけたその時、
「開耶様、牛若丸!」
聞き覚えのある声にはっとして振り返った。
やはりそうだ。
女天狗がこちらに向かって走ってきている。ただ、先ほどよりも髪が短く、服装も違う。
それに何より、表情が明るい。
だが、そんなことを気にしている余裕は、残念ながら聯には無かった。
彼女は少なくとも味方ではないはずなのだが、知っている顔があることにひどく安堵する。反面、自分は一体どれだけ臆病なのかと、自虐のため息を心の中でついた。
「あの、これは一体・・・・・・」
緩みかけた口元を抑えながら、状況の説明を求めようとしたのだが、
--------------スッ、、、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
たっぷり数秒間の間をおいて、聯が間の抜けた声を出した。
だが、それも仕方のないことだ。
だって、女天狗が。彼の体をすり抜けたのだから。
何の違和感もなく。
僅かな痛みさえ感じさせずに。
「~~~~~っ!?」
聯の背筋を、氷解がすべりおりる。
どういうことだ。
何だ今のは。
え?何?は?叫んでもいいですか??
聯は、もう何がなんだか完全にわからなくなってしまい、いっきに心細さがはね上がった。
しかも、錯乱したために、女天狗が先ほどまでと違うということにまだ気づかない。
彼は、半ば放心状態で女天狗が駆けて行った方向を見る。
「・・・・・・・・・・っ」
そして声を失った。
さっきから驚いてばかりだ。寿命の2、3年は縮んだのではないか。
そこには、二人の人がいた。といっても、ただの人間なら、さすがの聯も驚かない。
一人は少年だ。と思う。顔は少女にしか見えないのだが、男装(と言うのも変だが)をしているので、
おそらく少年だろう。
問題はもう一人。先ほど女天狗に‘牛若丸’と呼ばれていたのがあの少年だとすると、‘開耶’と呼ばれていた人物だ。少しくせのある長い髪と服装、女天狗ほどではないが整った容貌から、女性であることは明白なのだが。その背中には、漆黒の翼がはえていた。
まさかと思い目をこすってみるが、やはり何も変わらない。
「・・・・・・はぁ。」
立て続けに理解不能な出来事が起こると、人間は恐怖することをやめてしまうらしい。
突如、妙に冷静になり、彼女が妖だとしたら翼があっても不思議ではないじゃないか、と落ち着いてしまった。というか、開き直った。
幸い、向こうにはこちらが見えないようだし、こうなったら暫くここにいてやろうという気になる。
すると、まるでそうなるのを待っていたかのように、彼らが話し始めた。
「ああ、秋莢、おかえり。」
牛若丸が言った。
どうやら女天狗は秋莢という名らしい。
「ただいま。・・・ただいま帰りました、開耶様。」
秋莢は、一度牛若丸に笑みかけた後、開耶に向かい仰々しく礼をとる。
「うん、おかえり、秋莢。・・・それで、どうだった?愛宕山の様子。」
「はい。愛宕の大天狗殿も、お変わりなく。平和すぎてつまらないと仰っておりました。」
「ふふ、あの人らしいわね。もういい歳なんだし、平和すぎて困ることもないでしょうに。」
「いい歳って言っても・・・妖に寿命なんてないんだろう?姿も変わらないって聞いたし。それに、実年齢でいえば、開耶とそんなに変わらないとか秋莢が言ってたよ。」
「百歳違えば全然違うわよ!・・・まあ確かに、私が鞍馬の大天狗と呼ばれ始めてからの時間と比べたら、あんまり変わらないかもしれないけど・・・・・・」
開耶の言葉に、聯は軽く目を見張る。
彼女がかの有名な鞍馬の大天狗か。鞍馬の大天狗は女だったのか。というか、それではここは鞍馬山だとでもいうのか。
「開耶様は元々が人であられるので、普通の妖と年齢意識が違うのかもしれませんね。」
「俺がここにきて四年たつけど、二人ともなんにも変わんないねぇ。」
「まぁ、妖だからねぇ。」
秋莢が何気なく答えた。
その瞬間、
ザァァァァァァ---------------------------・・・。
急に世界が暗転する。
「うゎっ!?」
それと同時に、麻痺していた恐怖が戻ってきた。
まったく今日は良い事がない。
反射的に目をつぶって、けれど、周囲の空気が変わった事に敏感に反応する。
そして目を開けると、そこは見覚えのある薄暗がりだった。
「どうだった?・・・って言っても、まだ途中だからわからないでしょうけど。」
声に反応して顔を上げれば、そこには女天狗、秋莢がいる。
ただ、彼女は景色が変わる前よりも髪がのび、表情に翳がある。
聯はそこで初めて、あの森の中の風景が、何かの術で見せられた夢か幻だということに気づいた。
「今のは・・・・・・?」
聯の訝しげな問いに、秋莢は淡く笑む。
「言ったでしょう?昔話って。・・・今のは、主が最も幸せだった頃の記憶。」
「貴女の主というのは、鞍馬の大天狗・・・・・・。」
「ええ、そうよ。私が仕えるのは、私の生涯でただ一人、あの方だけよ・・・・・・。」
秋莢の口元に刻まれた笑みが、少しだけ哀しげに見えた。
「さて、まだもう少しあるわ。説明が足りてなかったと思って、一度戻したのよ。この勾玉が見せるのは、あくまでも幻。本当にその場にいるような感覚になるけれど、決して干渉はできない。」
それだけ憶えておいて、と言いおいて、彼女は再び勾玉に息を吹きかける。
仄暗くなっていた勾玉の光が、再び明るくなった。
視界が再び、真っ白に霞んだ。
受験が終わるまで更新遅れます・・・多分・・・。
すんません・・・(_ _lll)