天狗と姫4
「それでは、こちらでお待ち下さい。」
そう言って平伏し、襖を閉めた女中に笑顔をむけると、千尋はそのまま思考の海に沈む。
なぜ聯は消えたのか。それも、あの場にいた三人の誰にも気づかれず、一瞬で。
おそらくあれが神隠しだ。原因がわからないはずである。ほとんど間違いなく、人の仕業ではないだろう。
千尋には、ひとつ気になっていることがあった。
彼女だけではない。多分、悠も遙も思っていること。
聯が消える直前に感じた、微かな妖気。状況から鑑みても、神隠しに関係のある可能性は高い。本当に微弱な妖気だったが、悠や遙ほど力のある妖ならば、妖気を隠すこともできる。
しかし、もしも本当にそれほど力のある妖ならば。
「そんなのを相手にするのはちょっと・・・」
「きついわよねぇ。」
「・・・・・・」
「・・・息ピッタリだったぞ?」
一瞬、なんともいえぬ雰囲気を漂わせたが、悠の一言で三人同時に吹き出す。
「・・・っはは。まさか、全員同じこと考えてるとはねぇ。」
「全くだな。珍しく遙が静かだと思ったら。」
「一言余計よ?悠。」
「でも、そりゃあまあ、み~んな同じこと考える気持ちもわかるけどね。」
「まさか全員気づかないとはなぁ・・・神隠し。」
「この遠江遙人生最大の不覚だわ・・・。」
そういえば遙って何歳なんだろう、という全く関係ない疑問が浮かんだが、それはまた今度聞くことにして、千尋はスッと表情を引き締める。
「・・・ねえ、あのね、悠、遙。私さっき・・・女の人とすれ違ったんだけど・・・。」
そこでいったん言葉をとめ、二人の顔色を窺うようなしぐさをとった。だが、悠と遙が無言で続きを促してくるので、何も言わずに再び話し始める。
「その時は、少し違和感を感じたくらいで、よくわかんなかった。でも、今思うと、女天狗じゃなかったかと思うの。」
透き通るような、妖しい雰囲気を秘めた美貌も。まとっていた衣も。文献にあるような女天狗のそれと一致する。
美しい黒髪を膝まで伸ばし、綺麗に化粧をしていた。そして、緋色の袴、小袖五ツ衣、薄絹という出で立ち。その道に少し詳しい者ならば、誰もが一度は聞いたことがある。
神隠しの犯人が天狗ならば、妖気のことも説明がつく。
彼女の説明に、悠がひとつうなずき、口を開いた。
「俺は気づかなかったが・・・お前が言うなら間違いないんだろう。」
彼の言葉を、今度は遙が継いだ。
「少なくとも、これから調べていくうえでは、犯人は女天狗ということを前提にしたら?」
「そうね。」
ちょうどまとまったとき、襖が開いて、栴蘭と閻禾が姿をあらわした。
千尋の表情が、ほんの少しだけ強ばる。
「あ、あの・・・申し訳ありません。聯が・・・神隠しに・・・・・・」
僅かに目を伏せている彼女の不安を知ってか知らずか、栴蘭は、前に会ったときと何も変わらぬ笑顔を浮かべる。
「いやいや、預けると言ったのはこちらなんだ。そんなに謝ることではないよ。」
その言葉に、千尋がハッとして顔をあげると、栴蘭と思いきり目があった。
「・・・・・・!」
そして、彼の表情を見て、思わず目を見開いてしまう。
彼の瞳は、何の不安も映していなくて。
ただまっすぐ千尋を見つめ、微笑んでいた。
彼女を信頼しきっていると、そう言わんばかりの凛とした表情で。
「解決できるのだろう?」
ただ一言、そう尋ねた。
尋ねるというより、確認に近かったかもしれない。
「・・・・・・。」
千尋は正直、ものすごく怒られるんじゃないかと思っていた。だってきっと、親というのは、子供を何よりも大切に思っているものだから。自分にはまだ、よくわからないけれど。
随分前に、祗園の九尾が言っていた言葉を思い出す。
----------親なんてのは、単純な生き物でねぇ。子供のためなら、命を簡単に捨てちまうようなやつらばかりさ。
きっとそれは、本当なのだろう。
もしかしたら、栴蘭だって、すごく不安なのかもしれない。
けれど、それを全く顔に出さず、千尋に任せてくれていることが、ただ単純に嬉しかった。
だから。
彼女も、栴蘭の瞳をまっすぐに見つめる。
一点の曇りもない、自信にみちた瞳で。
自信にみちた表情で。
口元に、僅かな笑みさえ浮かべて。
「はい。必ず。」
はっきりと、そう言った。
彼女の言葉を聞いた栴蘭は、数度瞬きをしたあと、悪戯っぽく笑んで大仰に嘆息する。
「だめだぞー?千尋ちゃん。そんな簡単に断言しちゃあ。もしそれで失敗したら、できるって言ったじゃなーい!ってことになりかねないだろ?・・・ま、失敗しなけりゃいいんだけどな!」
「最後までカッコイイ雰囲気で終われないんですか?あなたは・・・。」
先ほどまで、後ろで黙って端座していた閻禾が、肩をすくめて苦笑する。
そして、千尋の方に向き直り、
「そこまで言うんだもの。もう、策はあるのよね。ウチのもやしっ子をよろしくお願いします。」
と笑った。
千尋たちは、それから半刻とたたないうちに城を発った。
「・・・かっこよかったですよ。」
閻禾のいたわるような声音に栴蘭は、なんとも言い表せぬ曖昧な苦笑を浮かべる。
「そうかぁ?・・・なら、いいんだが・・・。頼むぜー、千尋ちゃん。もしものことがあったら、俺は・・・俺たちは・・・。君を、許せなくなっちまう。」
千尋は何も悪くない。けれど、親とは、そういうものだ。
「・・・本当に、応援してあげたくなる子だわ。」
閻禾の言葉に、栴蘭も心からうなずく。
「ああ。強くて、優しくて、聡明で。とてもいい子だ。」
ずっと、昔の話。
「必ず、もう一度、貴女に会いにくるよ。」
「約束よ?・・・牛若・・・。」
必ず、もう一度。
この場所で、逢おう。
二週間であげる予定だったのに・・・。
テストとかぶるなんてええええええええええっっ!!
・・・というかんじな今回でした☆
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