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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

【猫又】

作者: もろ
掲載日:2026/07/03

――九月四日――




抜け出せない沼。


また――


九月四日が来た。




「お願いっ!」


「助けて!」


女は泣き叫ぶ。


何度も。


何度も。


声が掠れる。


それでも懇願する。




ベッドに縛られたままの女。


両手足の縄が擦れる。


血が滲む。


身動きできない。


そのまま乱暴される。




仮面の男は満足そうに女を見下ろした。


手には銀色に光る刃物。


恐怖する女。


刃物を振り上げると、躊躇なく女の腹に突き立てた。


目を見開く。


真っ赤な血が白いシーツを染め上げていく。




スマホが、全ての惨状を淡々と記録していた。




――九月三日――




――早朝。


部屋のベッドで目を覚ます女。


頬には涙の跡。




「また……戻った?」


同時に――


言い難い苦痛と陵辱を思い出す。


トイレに駆け込む。


胃液を吐く。


毎回同じ行動。




――朝。


キキーッ!


交差点。


甲高いブレーキ音が響いた。




ドンッ!


黒猫が宙を舞う。


アスファルトに叩きつけられた。




車は減速すらしない。


そのまま走り去った。




この沼にはまってから繰り返される。


いつもと同じ光景。




女は立ち尽くしていた。


虚ろな目。


痩せた顔。


生気のない表情。




猫が痙攣している。


口から血を流しながら。




「……」


女はしゃがみ込んだ。


今まで何度も見捨ててきた猫。


困っている人も。


泣いている人も。




どうせ自分も死ぬ。


そう思っていた。


だから、自分も他者を見捨てていた。




だが。


今回は足を止めた。




「最期に……善いことでもしようかな」


初めて女は血まみれの猫を抱き上げた。


痙攣する猫は、苦しそうに女を見上げた。




その時だった。


「あ……」


猫の尻尾が一瞬だけ二本に見えた。


だが。


次の瞬間には一本だった。


「気のせいかな……」




女は猫を動物病院に連れていった。




――夕方。


廃ビルの屋上。


風が吹く。


女は手すりの向こうを見下ろした。




「死ねば……脱け出せるかも……」


何度目の夜だろう。


分からない。


ただ――


明日になれば殺される。


それだけは知っていた。




女は飛んだ。


身体が落ちる。


地面が近付く。


終わる。


そう思った瞬間――


影が飛び出した。




ドガッ!


何かにぶつかった。




視界が暗転する。




――夜。


女が目を覚ます。


病院だった。


白い天井。


消毒液のにおい。




「助かったの……?」


女は茫然と呟いた。


看護師が困った顔をする。


「起きたのね。助かったのは奇跡よ」


「……」


「それとね。貴女の下に、猫がいたらしいわ。普通なら、貴女もただじゃ済まなかったはずよ」




女は息を呑んだ。


「猫……?」


「黒猫だったらしいわ。回収しようとしたら……消えてたらしいわよ」


看護師が怖そうに答える。




あり得ない。


猫が人間を支えられるはずがない。


そんなこと。


絶対に。


だが。


女には分かっていた。


あの時。


確かに、何かが自分を受け止めた。




そして――


胸を締め付ける現実を思い出す。




「また……」


唇が震える。


「また殺される……」




――深夜。


日付が三日から四日に変わる頃。


病院から女が忽然と消えた。




――九月五日――




ニュース番組。


『身元不明女性の遺体が発見されました』


『警察は殺人事件として捜査しています』




――九月三日――




――早朝。


部屋のベッドで目を覚ます女。


頬には涙の跡。




「また……戻った?」


同時に――


言い難い苦痛と陵辱を思い出す。


トイレに駆け込む。


胃液を吐く。


毎回同じ行動。




スマホを見る。


【九月三日】




何度も繰り返した日。


女はタイムリープしていた。


気付けば、終わらない二日間に沈んでいた。




最初は犯人を探した。


警察へ行った。


逃げた。


隠れた。


だが――


駄目だった。


誰も信じてくれなかった。


家族も友人もただ困惑するだけ。


世界に見捨てられたと感じた。




九月四日。


必ず捕まる。


必ず殺される。




何度やり直しても。


対策を練っても。


結末は変わらなかった。


九月五日へ進めない。




やがて――


女は諦めた。


殺される前に、死ぬことにした。




それが前回。




ニャー。


窓辺から鳴き声が聞こえた。


女は振り返る。


そこにいた。


黒猫。


金色の瞳。


尻尾が怪しく揺れる。


揺れる尻尾が二本に見える。




「あ……」


前回、助けた猫。


「何で……?」




前回までとは、違う状況だった。


窓を開け招き入れる。




ニャー。


猫は語りかけるように鳴いた。




「私ね……」


女は嗚咽した。


なぜか、話したくなった。


胸の内を聞いて欲しかった。


「……明日殺されるんだ……」




猫は静かに隣へ座った。


ただ。


黙って聞いていた。


女を見上げる。


その瞳はどこか人間のようだった。


そして。


女の手の甲に落ちた涙を舐めた。


 


――その日。


女は猫と過ごした。


公園を一緒に歩いた。


コンビニで猫用おやつを買った。




久しぶりに笑った。


久しぶりに空を見た。




――河川敷。


夕焼け。


女は猫の頭を撫でた。


「変だよね」


猫は尻尾を揺らす。


「明日死ぬのに」


苦笑する。


「今回は……少し楽しい」




猫は返事をしない。


ただ隣に座る。


温かかった。


忘れていた。


誰かといる温もりを。




そして――


夜が来た。




――九月四日――


深夜零時。


日付が三日から四日になった。




目を覚ます女。


見知らぬ部屋。


だが――


知っている部屋。


何度もこの部屋で……




ベッド。


拘束された両手両足。


「……」


最悪の一日が始まる。




女は目を閉じた。


どうせ同じだ。


世界は自分を見捨てた。


抵抗しても無駄。


叫んでも無駄。




やがて扉が開く。


仮面の男が入ってきた。




「やっと二人きりになれたね」


知らない声。


だが――


何度も聞いた声。




ピコン。


スマホの撮影音。




仮面の男が女に覆い被さる。


女は動かない。


叫ばない。


もう疲れた。




その時だった。


シャァァァッ!!




「うぎゃぁぁ!」


男の悲鳴。


黒い影が飛び掛かった。




「えっ!?」


猫だった。


鋭い牙が男の首に食い込む。




「どうして……!」


女が驚く。




男は刃物を振り回した。




猫は避ける。


飛び掛かる。


血が飛び散る。




シャァァァッ!!


猫が女の腹の横に着地。


男を威嚇する。




ズズ。


猫の尻尾が二つに分かれた。


猫又。




次の瞬間――


拘束が切れた。


猫又が縄を噛み切ったのだ。


女を見る。


金色の瞳。


まるで――


『諦めるな』


そう言っているようだった。


 


女は震える手で、撮影スタンドのスマホを掴む。


警察へ通報した。




男と猫又は争い続ける。


転倒。


怒号。


悲鳴。




そして――


遠くから。


ファンファンファン。


サイレンの音が聞こえた。




――九月?日――




早朝。


目を覚ます女。


白い天井。


消毒のにおい。


 


だが――


部屋ではない。


病院だ。




女は恐る恐る聞いた。


「今日は……何日ですか?」


看護師は不思議そうな顔をした。


「九月五日ですよ」


女は固まった。




九月五日。


九月五日。


九月五日だ。




ループが終わっていた。


女は、ようやく沼の底から息ができた。




「終わった……」


涙が溢れた。


止まらなかった。


生きている。


明日がある。


もう殺されない。




その時――


ニャー。


どこからか猫の鳴き声が聞こえた。




女は窓の外を見る。


何もいない。


けれど。


優しい鳴き声だった。




「ありがとう……猫又」


風がカーテンを揺らした。




女は思う。


世界は自分を見捨てたと思っていた。


けれど――


あの日、助けた小さな命は、自分を見捨てなかった。




――数日後――




公園のベンチ。


女はスマホを操作する。


画面には、動物愛護団体の申込みフォームが表示されている。


必要事項を打ち込む。


迷わず送信ボタンを押す。




秋風が髪を揺らした。




もうループはない。


もう追われてもいない。


明日がある。


それだけで嬉しかった。




その時。


ニャー。


聞き覚えのある声。


振り返る。


黒猫がいた。


金色の瞳。


風に揺れる尻尾が、一瞬だけ二つに見えた。




「会いに来てくれたの?」


猫は答えない。


ただ。


満足そうに目を細めた。


女は微笑む。


「ありがとう」




秋空の下。


黒猫は静かに歩き去った。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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