MagicEditer
梅雨前線がトウキョウに差し掛かってしばらくたった。ポツポツと雨が降る夜のネオン街に、轟音と真っ赤な閃光が走る。
「社長。終わったよ。怪我してる人を救助してから戻るね。」
「はーい、了解!お疲れ様。気を付けて帰ってきてね。レナの好きなアレ、買ってあるから!」
「ふふっ、ありがと。それじゃね。」
「うん!それじゃ!」
~~
そんなネオン街からかなり離れたトウキョウ郊外。とあるマンションの一室でひと仕事を終えた私は、ヘッドホンとドローンのコントローラーを机に置き、座っていた椅子を思い切りリクライニングさせる。
「んあぁ~~今回も疲れたぁ〜いい加減もっといい椅子に変えようかな?ま、そんなことより頑張った私にご褒美でしょ!レナには悪いけど、先にアイス!食べちゃおっかなぁー」
そう言って冷凍庫を開こうとした時。ガチャリとドアが開き、唯一の同居人が顔を出した。
「ただいま。あ、また抜け駆けして先に食べようとしたでしょ。まったく…こうやって早く帰らないと、いっつも抜け駆けしようとするんだから。」
「あっ、レナ!あはは…ごめんごめん。」
「今度こそ、我慢してよ。」
「はーい。」
「私にも一つちょうだい?」
「お安い御用で♪」
レナは私が投げたアイスを受け取り、先ほどまで私が座っていた椅子に腰を掛けた。すぐさま私もソファに腰をおろす。こうやって、2人でアイスを食べながら”例の仕事”について話すのがいつの間にか習慣になっている。
「今日のコラプス、どうだった?なにげに初めて夜、しかも雨が降ってる状態の戦いだったわけだけど。」
「んー確実に言えるのは、5年前、初めて魔法少女になった時よりも敵、強くなってる気がする。」
そう、彼女。楠木レナは5年前、突然魔法少女になった。ここトウキョウを中心にどこからともなく現れる怪物、世間ではコラプスといわれる奴と、レナは戦っている。
「確かに!私もそれは感じてたかも。明らかに攻撃を防ごうとしたり、レナがちょっと苦戦することも増えた気がする。」
そして、私。三上アズサは、そんな彼女の戦闘をサポートすべく、オペレーターを務めている。
「それと…」
「んっ?他にも何かある感じ?」
「気のせいかも知れないんだけど、今までのコラプスは私を見るなり、一直線に向かってきてた。でも、今日のは街を壊したり人を積極的に襲うようになってるかも。」
「ふーん…いっつも猪突猛進なコラプスがねー、コラプスにも個体差があるということなのかしら?今は分からないことがいっぱいね。…とりあえず今後はそのことも頭に入れてお互い気を付けましょう。」
「うん。」
「よぉーし、今日の反省会はこれでおしまい!ささ!今日はもう疲れたろうし、お風呂入ってきたら?」
「ん、そうしようかな。汗、いっぱいかいちゃったし。もぉへとへと…」
そう言いつつ、なんの前触れもなくレナが服を脱ぎ始めた。
「ちょい!ちょい!ちょい!何、人前で脱ぎ始めてんの?!」
「…?だって早く入りたいじゃん。」
「気持ちは分かるけど…いくら私が女とはいえ、人前でそんなハレンチなのはダーメ!」
「え~」
「もー文句言ってないで早く脱衣所行きな?風邪ひくよ?」
「は~い」
「……全く。帰ってきた途端にコレなんだから……」
魔法少女してる時のレナとのギャップがすごすぎて、毎回風邪をひきそうになる。
明るく快活な正義のヒーローからあっという間にダウナー女子へ。でも、それがまたいい!内なるレナ推しが留まるところを知らない!
いわゆるギャップ萌えってやつだ。メロいってやつだ。なんだったら、さっきの脱衣シーンもっ!!
「はっ!ダメダメダメ!こんな煩悩抱いてたら、オペレーター失格!気持ちを入れ替えないと!えーと、そうだ。納期近いやつ今のうちにやっちゃお。」
と言いつつ、私はパソコンの前に再び座り、今度は動画編集ソフトを立ち上げる。これが、私たちの表の仕事。
フリーの動画編集チーム「MagicEditer」としての仕事だ。
私たちがアイスを食べたり、お風呂に入ったりしてて分かるとおり、ここは私たちの生活拠点兼仕事部屋にもなっている。ほとんど、編集作業は私がやっていて、レナは主に依頼先とのやり取りと納期のスケジュール調整をやってもらっている。
まぁ、だいたい納期通りに私が作業を終わらせるので、レナの仕事量はほんのちょっとなのだけれど。魔法少女として日々、世の中を救ってもらってるのだ。普段はこのくらいラクしてもらわなきゃ私が困る。
そんなこんなで、大学生からこの仕事を始めてもうすぐ2年になるが、それなりに依頼も増えてきてうれしい限りだ。
そんなことを思いながら、タスクをこなしていると脱衣所からドアが閉まる音がした。レナが風呂から上がったらしい。
「アズサー!あがったぞー入るか~?」
「おかえり。私は、この作業にキリが付いたら入るよ。」
「了解。さ、アイスたーべよ。」
「またアイス食べるの?お腹壊しても知らないよ?」
「大丈夫。魔法少女の腹の中舐めないでよね。」
「はいはい。」
~~
前回のコラプスが襲来してから、もうすぐ2週間が経とうとしている。
仕事を終えてヘトヘトになった私は、ぐったりとソファに座りながらテレビの電源を入れる。ニュース番組だった。
あれからそれなりの時間が経ったはずなのに、未だに番組は魔法少女の話題で持ち切りだ。
さもありなん、今まで女児向けヒーロー、フィクションの世界でしか聞かなかったものが5年前、突然現実に現れたのだ。
そこから更に神出鬼没。身バレ防止のためとはいえ私のことを「社長」と読んでもらっているからか、世間から正体不明とされているから尚更である。
コメンテーターの中には、魔法少女とコラプスの存在はどこかの機関が作った兵器を試験する為の自作自演なのでは、と陰謀論めいたことを言う人までいる。SNSでは、毎日のように「マジョ考察」とタグ付けされた臆測コメントがされ、コラプスが倒されるとトレンドに載ってしまう程だった。
世間は、コラプスの襲来も魔法少女の活躍も正体も1つのエンタメに仕立てあげていた。
「なぁーにしてんの?」
少し低めの声が私の耳に届いた直後、後ろから手が伸びてきて、私の頬に触れた。
「オワァ!び、びっくりした〜脅かさないでよーレナ!」
「ふふっごめん、アズサ。あまりにも無防備だったからつい。それで、何かあった?ジィーっとニュース番組見て。」
「へっ?あぁーそれはーええっと」
ふとここで聞いてみたくなった。レナは、この魔法少女という存在に、世間がエンタメを求め始めていることをどう思っているのだろうと。
前々から気になっていたことではあった。でもきっと、それをレナ自身はいいものとは思っていないだろう。
考えたくもないとも思ってるかもしれない。本人は命懸けで闘っているのに、それをあんな風にされて嬉しいと思える訳が…
「言いたいことがあるんでしょ?いいよ、言ってごらん?アズサは優しいから、多分私のことを思って言葉、選ぼうとしてるんでしょ。大丈夫。嫌なことを言おうとしてないってことは、その反応でわかるもの。」
「ほ、ほんと?じゃあ…世の中が魔法少女のことを、エンタメというかなんというか…上手く言えないんだけど、レナが魔法少女になって命懸けでみんなを助けてることを、楽しんで見てる人がいる。それを、レナはどう思ってるのかなって思って…」
「ふふっ、なぁんだそういうことか。心配してちょっと損した。どう思ってるも何も、私は特に気にしてないよ。あ、嫌だから気にしないようにしてるんじゃなくて、いい意味でどうでもいいって思ってるの。」
「そう、なの?」
「だって、当たり前の話だけど、何を思うのかって人それぞれじゃん?SNS見てても、私が人を助けてるのを見て、感謝してる人もいれば、楽しんでる人、魔法少女がほんとに正義の味方なのかーって疑う人もいる。それに、私が兎や角言ったってなんにもならないじゃない?けど、この人達の日常を守ることが出来たってことは、確かにひとつ言えると思うの。そう考えると、むしろそう思われてることが嬉しいとすら感じるよ。私は。おっ!もしかして今私、結構いいこと言ったんじゃない?」
「今のでそれなりに台無しだと思うけど…」
唐突に普段聞きかない音がテレビから流れた。見てみると、臨時ニュースに番組が切り替わっていた。
「臨時ニュースをお伝えします。トウキョウ、カツシカ区Cエリアにコラプスが出現したとの情報が入りました。自衛隊が現在、対応しています。避難情報が出ていま…」
「アズサ!行かなきゃ!いつも通りサポートお願いね!」
「うん!カンペキサポートやっちゃうよ!」
レナの手がチョーカーに付いている紅く輝く宝石に触れた途端、レナの体を光が包み、そこから約10秒で魔法少女に変身した。
瞳と髪の色は紅く染まり、服もさっきとは打って変わってフリフリとした可愛らしい服装へと変化した。
「行ってきます!」
レナはそう言うと、ベランダの塀を思いっきり蹴ってジャンプ。その勢いを利用して現場へと向かっていった。
すかさず、私もパソコンの前に座り、ヘッドホンをしてレナとの無線通信に切り替える。
「レナ!聞こえる?」
「ええ社長。聞こえてるわ。」
「コラプスは今どんな感じ?」
「自衛隊の攻撃を受けてるけど…えっ!全然ビクともしてない!普通なら怯んだりするのに…」
「やっぱり、レナの予感は当たってたみたいだね。現場に着いたら即戦闘を始めて!」
「了解!」
ここで、レナとの通信を切った。
ドローンの速度を上げて自分も現場に急行する。
~~
約10分後、レナがコラプスに蹴りを放っているのが見えた。
どうやら、戦況は概ねレナが有利らしい。再び通信を再開する。
「レナ!大丈夫?!」
「ええ!なんとかね。でもコイツ強い。今までのコラプスより一撃一撃が重い。それと、ビルが乱立してて戦いにくいわ。これじゃあよしんば光弾を撃ったとしてもビルに当たっちゃう!」
確かに、いつもと比べて自衛隊の攻撃がヤケに大人しい。ビルに攻撃が当たることで被害が拡大するのを抑えようとしているようだ。
「了解、カツシカ区でビルが少ないところを探してみる!」
急いでカツシカ区のマップを開き、ビルの密度が少ない場所を血眼になって探した。
すると、レナが闘っている地点から数百メートルの地点に自然公園の存在をキャッチした。
「レナ!聞いて!ここから南東300M先に自然公園がある!そこなら、周りに高層ビルは少ないはず。そこまでコラプスを連れてこれる?!」
「Ok!やってみるしかないでしょ!いくわよ!キュアストリングス!」
レナがそう叫ぶと、ツインテールに結ばれていた髪がグングン伸びていき、コラプスの角に絡みついた。
「コラプス!私と綱引きしなさい!」
レナが思いっきり髪を後ろに引っぱると、コラプスがズリズリとアスファルトを削りながら少しづつだが引きずられていく。
コラプスも負けじと、攻撃を喰らわせようとするがレナは身軽にこれを回避していく。
ミサイルの着弾音が聞こえる。自衛隊もコラプスの身動きが封じられたことで、攻撃を再開したようだ。さっきまでは使っていなかった戦車の砲弾やRPGなどで、コラプスの背中を集中砲火している。
コラプスが地ならしのような雄叫びを挙げ、抵抗しているが両サイドの攻撃に耐えきれず、どんどん引きずられる距離が増していく。
「いいよ!レナ!その調子で頑張って!公園まであと100M!」
「了解!社長!その公園に池ってある?」
「えっ?い、池?ちょっと待って…一応あるけど…池のあるなし聞いてどうすんの?」
「ふふっ、こう、するの!」
その無線を聞いた直後、コラプスが宙に浮いた。一瞬の隙をついて、レナがぶん投げた。
そのまま放り出されたコラプスは放物線を描きながら落下していき…
ズガーン!と、自然公園の池の中へホールインワン。まさかの出来事すぎて開いた口が塞がらない。そんなことある?
「よし!狙い通り!散歩でここ、来たことあったんだよね!そんでもって…コレでトドメ!キュアフレイムアロー!!」
空中に大量の火の矢のようなものが生成され、コラプスに向かって一直線に雨のように降り注いでいく。
矢1本1本が刺さる度、コラプスは悲鳴のような雄叫びを上げ、ついにはピクリとも動かなくなった。
「よし!社長!コラプス討伐終わったわよ。いつも通り救助をしてから帰る…」
「レナ、待って!何かおかしい…」
「おかしい?」
「うん。今までのコラプスなら死骸は塵になって消えて言ってたはず。けど…コイツ、消えずに残ってる!」
カッと凄まじい光量の光が辺り一帯を包み込んだ。次に熱風、次に爆音。自分の脳が爆発と認識できた時には、公園とその半径約2kmは跡形もなくなっていた。
コラプスの自爆、あの怪物が消滅しなかったわけ。それこそ、色んなメディアでお約束みたいになってるような展開に私達は気づくことが出来なかった。
自分は現場にいなかったからドローンが壊れただけで済んだ。アズサも体の所々に深手を負ったが、五体満足。日付が変わる頃に帰ってきた。でも、2人とも無事だったから良かったねとは、とても言えない。
後日、公表された被害報道によれば家屋倒壊、約1500棟、自然公園は焦土となり、死傷者は自衛隊員含め85人にも上ったという。
当然、メディアはこぞってこの事件を取り沙汰し、魔法少女が放った技が爆発の原因ではないかなどと根拠もなしに責任を追求する声が日に日に増していった。他にも、誹謗中傷、名誉毀損など止まるところ知らない勢いだった。
…レナの部屋の前に食事を届けるのも、これで何回目になるだろうか。とにかく、爆発事件からかなりの期間がたったことは確かだ。
時間はそれなりにあった。あったはずなのに、親友に対して、何もしてやれていない自分に無性に腹が立ってくる。焦りすらも覚える。本当は、自分はレナのことを、親友だと思ってなんかいないんじゃないかと、今度は不安感に駆られる。そんなことを考えれば考えるほど、自分の気力がすり減っていくのを感じた。
そして、仕事にも手をつけなくなり毎日が「不安」と「辛い」で埋め尽くされそうな頃、スマホに1通の通知が表示された。それは、私の魔法少女愛を語るSNSアカウントをフォローしてくれたアカウントの投稿だった。
『#魔法少女 #頑張れ魔法少女
この前の事件で、根拠なく魔法少女のことを叩いている人がいるけど、私は3年前に彼女に命を救われたから今がある。出来れば、家族みんなで直接お礼を言いたい。でもできない。だから、その代わりに私に出来ることをする。私は彼女を信じてる。』
ハッと目が覚めた気分だった。自分たちは、大切にしていた信念を、危うく自ら否定し捨てるところだった。
自分はレナを、魔法少女のめを目覚めさせなければならない。それが、今の私に出来ること…急いでレナの部屋へ向かい、扉の前に立つ。
「レナ、返事をして…?」
「…………」
案の定、彼女から返事が来る気配はない。
「…じゃあ返事、しなくてもいいから…聞いて?伝えたいことがあるの……5年前、私がレナに助けて貰ったとき…」
〜〜
そう、5年前。まだ、お互い高校生。しかも、受験期真っ只中のときに私達は出会った。自分は当時、1日のほとんどを受験勉強に費やしていた。元々、勉強は嫌いではなかったが、勉強漬けの毎日には刺激がなく、大好きなアニメ鑑賞や推し活ができなくてとても飽き飽きしていた。
あの日もいつも通り、溜息をつきながら高校までの道のりを歩いていた。そして、高校まであと少しという時。コラプスが突然、校庭の地中から姿を現した。
高校とその周囲を混乱と恐怖が走り、訳も分からないまま皆、逃げることしかできなかった。自分も逃げ出そうとしたが、気が動転してなのか、体が固まって動けない。やっとのことで逃げ出そうにも、足が絡まってすぐに転けてしまう。
そして、コラプスが造作なく私を踏み潰そうとした瞬間。
「諦めちゃ、ダメー!!」
空から魔法少女に変身したアズサが現れて、私のことを守りながら戦い、コラプスを倒してくれたのだ。
〜〜
あの時、私が魔法少女に伝えた気持ち。私とレナを繋ぎ合わせてくれた言葉。あの時は、お礼の言葉として言ったけれど、今度は親友を励まし、勇気づけるためにこの言葉を言いたい。
「5年前、自分がレナに助けて貰ったとき。自分がなんて言ったか覚えてる?」
「…………」
「『助けて頂いてありがとうございます!!このご恩は一生忘れません!代々言い伝えますっ!!』って言ったんだよ?今思えば、おかしいよね。普通あんな状況で普通出てくる?」
バンッと何かを叩く音が聞こえ、レナの声が聞こえてくる。
「急に部屋の前に来て、おもむろに話し出したかと思えば、何言ってんの?何がしたいの?その話をすれば、私が笑い声を上げて笑いでもすると思ったの?もうやめて!そんな気遣いいらない!もう、私の前であの力の話はしないでっ」
「……それでも。押し付けてるようにしか聞こえないかもしれないけど…私はレナに気づいて欲しいの!あの時の言葉、今でもそう思ってる!だって、あの時レナが助けてくれなかったら、私…今ここに居ないかもしれない!レナが周りからどんなに白い目で見られても、私はレナのことを正義の味方、命の恩人だって胸を張って家族に言えるよ!SNS、見てみてよ。今のレナは、批判コメントしか拾えてないかもだけど、私と同じ気持ちを持っている人が何人もいること、知って欲しい。」
「…!アズサ…」
「忘れないで…レナは魔法少女になることで、必ず誰かを救って笑顔にしてるってことを。その気持ちがあれば、きっとまた戦えるって私信じてるから!」
「……」
言いたいことは全部吐き出した。自分の中で重くのしかかっていたものがストンと落ちた気がする。レナは、考え直してくれるだろうか、魔法少女として戦う意味を。今はただ、レナの中で心の整理がつくのを待つしかなかった。
~~
3日が経った。レナは相変わらず、自分の前に姿を現すことはない。でも、変わったこともいくつかある。
あれから、何度も食事をレナの部屋の前に届けていたのだが、今まで一声かけても返事がなかった。だが、ここ数日は軽く返事をしてくれるようになった。
それと、自分が普段、リビングに居ない夜中に、部屋から出てきてリビングで何かをしてるようだった。徐々にレナの調子が元に戻っていってるような、そんな前兆を感じつつ、今日も自分は仕事に励んでいる。
「あっ…牛乳きれちゃった。しょうがない、買ってきますか…」
仕事中の大事なお供、カフェラテを作るための牛乳を買いに行こうと、自分はレナを置いてスーパーへと出かけた。
緑のかごの中に、お目当ての牛乳と茶請けならぬ、コーヒー請けのためのお菓子も入れてレジの順番待ちの列に並ぶ。
スマホを眺めながらダラダラと待ちぼうけていると、調子が悪いのか、店内の蛍光灯のほとんどが一瞬ちらついた。かと思うと、今度は完全に消えてまたすぐに戻る。よほど調子が悪いようだ。これには店側もおかしいと思ったのか、電源の確認をするという旨の店内放送がされた。
店内の皆が普段通りに戻ろうとしようとしていたその最中、突然おそらくバックヤードにつながるであろう大きめの扉が勢いよく開いた。今度はなんなんだ…と扉に多くの視線が集まった瞬間。
「あ゛ぁあ゛…だ、*@ゲデ…に?で」
スーパーのスタッフが息苦しそうな、人間が喋るのかどうかも分からないような声を発しながら床を這いつくばって出てきた。体には黒く濃い靄のようなものがまとわりついている。
目の前で人の命が消えた事へのパニックが、その場を支配した。
ある人は戸惑いながら、またある人は甲高い悲鳴をあげながら、さっきまで買う気でいた商品の入ったかごをその場に置き去りにして出入り口へと走り始める。扉から遠くにいた人達も事態に気づいてか、焦る様子で出口へと走り出す。
だが、出入口は文字通り、入口と出口しかない。しかも、大勢の人が通ることを想定していないため、人が詰まって上手く逃げ出すことも出来ない。
そうしてる間にも、靄の範囲は加速度的に広くなっていく。自分が出口へ誘導するだけでは、限界があった。
「早く!早く出してくれっ!ひぃっ!こっちに来るなぁー!」
肥大化しすぎた出口側の人づまりの後方の数人が靄に飲まれていくのが見えた。首を何かで締められているかのような、そんな苦しそうな声が断末魔として自分の耳に無理やり入って響いてくる。助けられなかった……こうなったらもはや、手段なんか一切気にしてる暇なんか無い。震える手で近くにあった消火器を何とか持ち上げて振り下ろし、出入口近くのガラス壁を割る。
「みなさん!こちらからも出られます!こっち!こっちに来てください!」
徐々に人の流れが変わっていき、ぞろぞろ外へ流れ出していく。最後尾の自分が脱出した直後、今度は店内の全てを覆った靄が高々と狼煙のように登っていく。
「…襲って来ない?」
店の外にいるとはいえ、実体のないあいつならまだ近くにいる私達をさっきのように、範囲を広げて襲えばよかったはずだ。
なのに、襲うそぶりを一切見せない。そもそも、コラプスは実体のある巨大な怪物のはずじゃ?今までの傾向とはかけ離れたコラプスの姿に思考が追いつかない。
「お、おい!なんなんだよ、アレ!」
「………えっ?」
後ろにいた男性の声を聞いて振り返ると、街のあちこちから…いや、このトウキョウ全体に同じような靄の柱が乱立していた。
はるか上空に達した柱の頂上からは、さらに靄が生成されている。やがてそれは徐々に一つのドーム状に広がっていき、トウキョウは陸の孤島と化した。しかもそれだけでは留まることなく、靄は増え続けていく。
「このままじゃ、トウキョウにいる人。全員が…死ぬ。」
増え続けた靄がドーム全体に蔓延するのは、時間の問題。この状況ではたとえ子供だって直感で理解できる。自分たちがあんな奴に太刀打ちできないことは、余計分かり切っている。今はただ、靄がかかっていない場所へ移動し続けるしかなかった。
~~
靄が迫ってきたら逃げ、また迫ってきたら逃げるを繰り返していると、人の考えることはやはり皆一緒なのか、皮肉にもあのスーパーの時のように、一か所におびただしい数の生存者が集まっていた。
だがこの安置にもすぐに靄が迫ってきた。来た当初は、皆不安げな顔をしながら周りを伺い、黙りこくっていたが、いざその時となるとやはりパニック状態に陥ってしまう。靄の侵攻が早い場所にいた人達が遅い方に向かってなだれ込んでくるが、それを拒み続ける遅い方にいる人々。
怒号と泣き声、靄に捕まってしまった人から聞こえる断末魔に頭がどうにかなりそうだった。
「いや...!…もう、いやっ!」
一人また一人と命が消えてゆくこの惨状に耐えきれず、自分は思わずその場にしゃがみこんだ。絶望に打ちひしがれて、考えることも立ち向かおうともせず、靄が自分の足元に迫り、終わりを覚悟した時だった。
「諦めるのですか…?」
「えっ?」
突然、見知らぬ声が聞こえてきたと思ったら、辺り一帯が光で包まれ、靄も消えて無くなっていた。さっきまでしゃがみこんでいた場所とは明らかに違う。
あまりに唐突な出来事に戸惑っていると、また声が聞こえだした。
「アズサ…三上アズサ…貴方は今、力を欲しているはずです。世界…いいえ、貴方が暮らし、今を生きているあの街を、大切な存在を守りたいと思っているはずです。そうでしょう?」
「そう言われたって…それよりあなたは、一体誰なの?ここは何処?それに…私の名前…」
「私の名は、ユティス。顧問官です。貴方のことは少し前から見させてもらっていました。」
「顧問官?」
「えぇ…顧問官は、この世界が誕生したと同時に生まれ、この世界に生じた異常を正し、元ある形に戻し調和を保つ役目を生まれながらに有しています。そして、今あなたの街で起きているモノも、その異常の一つです。」
「コラプスが…?」
「奴らが現れる原因…それは人間にあります。人間の負の感情から生まれるマイナスエネルギー。それこそが、奴らの力の源なのです。私は、そんな奴らを元から断ち切るため、奴らと戦い、人々に希望を与え、マイナスエネルギーをプラスエネルギーに変える存在。【エディター】の力を一人の女子に授けました。」
「エディター……それって!?」
「そう、貴方の友人。楠木レナのことです。彼女は今戦える状態にありま…」
「当たり前でしょ?!あの日から今まで、命がけで戦ってきたのに…世間からあんなに叩かれて、後ろ指さされて!なんで…なんでレナだったの?あなた、神様みたいなもんなんでしょ!?自分の力でどうにかできないの?!」
「……顧問官は世界に直接干渉できない。マイナスエネルギーを根絶するには、その元である人間が消し去るしかないのです。私が唯一できることは、楠木レナを手助けすることしかない……ですが、あのような事態に陥るとは予測できませんでした。私の未熟さ故です。申し訳ないと思っています。」
「それで…?私が、レナの代わりに戦えっていうの?…そんなの無理…無理にきまってるっ!自分はレナみたいに…速く動けないし、強くも、優しくもない!魔法少女なんて勤まるわけないじゃん!」
「いいえ。そんなことはありません。まだ貴方は、貴方の本当の心情に気づけていないのです。先ほど言ったはずです。「貴方は力を欲している」「今を生きているあの街を、大切な存在を守りたいと思っている」と。心に問いかけてみなさい。守りたい物が見えれば、人は速く動き、人に優しく、そして強くなれます。楠木レナもそうして戦っていたはずです。大丈夫、人間が紡いできたすべての歴史を、顧問官として見てきた私です。保証はしますよ。」
「自分の大切な存在…」
様々な思い出が浮かび上がってくる。自分が長い間過ごしてきたトウキョウ。高台から見た夕日。優しい人々。大切な記憶の中にはいつも、レナがいた。楽しいことやつらいこともレナと一緒に共有してきた。もう二度と、こんな素敵な思い出が作れないのは御免だ…!
「覚悟は、決まったようですね。」
「えぇ。もう自分は自分を否定しない。あんな怪物ぶっ飛ばしてやるわ。」
「では、三上アズサ。貴方に、世界を調和に導く力を与えます。」
そう言うと、顧問官は自分の手を握り、微笑みかけるように言った。
「私は、あなた方をいつも見守っていますよ。」
自分はこくりとうなずいた。
~~
目を開くと同時に、足元ギリギリまで来ていた靄を衝撃波で吹き飛ばす。自分の手を広げて見てみると、さっきまでつけていなかった真っ白な手袋。
体の方に目をやると、これまた白を基調としたドレスを身にまとっていた。そして何より、体のうちから優しい力が湧いてくる気がした。
「やってやる…!やってやるぞっ!!」
力強く地面を蹴って大ジャンプ。近くの柱に一直線で向かう。足を曲げて蹴りの体勢に入る。この足に思いを全部載せて、力をためる。
「くらぁえぇーーーー!!!!!」
渾身の蹴りが、柱の中心をぶち抜いた。すると、柱が女性の悲鳴のような金切り声を上げながら消滅した。
「…!よし、いける!…次っ!」
すぐさまもう一つの柱を今度は拳で粉砕する。
「ぶっ壊すっ!よし、2つ目っ!!」
次は光線で一つ。間髪入れず、柱を破壊していく。
「キュアホーリーフィニッシュ!!」
その後も4つ、5つと柱を破壊し続けた。しかし、いくら破壊しても靄は再生し、一向に消える気配がない。
様々な攻撃を使っても、焦って攻撃が雑になってしまい、当たるものも当たらなくなってきた。気づいたときには、体力をかなり消耗してしまっていて、このままでは魔法少女であったとしても、すぐに限界が来ることは明白だった。
「はぁ、はぁ…柱を壊したら靄が消えるんじゃないの?何処かに本体が?!それとも…」
その一瞬の油断が命取りだった。背後から伸びた触手状の靄に気づかず、首元を掴まれ、万力のような力で首を締められる。この力のおかげで何とか耐えれているが、本来なら首の骨が折れていても何ら不思議ではない。
「…ぐっ!この、まま…じゃ…やら、れる…誰、か……れ、ナっ…」
意識が遠のいていく…こんな所で終わるのか、私の人生。まだ、何もできていないのに。…まだ、何も叶えていないのに。……まだ…何も救えていないのに…
「諦めるなぁあ!!!」
そう声が聞こえた直後、自分の首を締めていた靄が吹っ飛ばされ、そこには見慣れた熱く、けれど優しい炎を身にまとった女性がいた。
「レナ…!?」
「遅れてごめん。社長…助けに来たよ…!」
何といえばいいのか分からなくなった。助けてくれたことへの感謝、今まで心配してきたのはなんだったんだという苛立ち、無事で良かったという安堵、色んな感情が自分の中に渦巻いて、1つの言葉がついて出る。
「…バカっ。」
「…ごめん。たくさん心配かけちゃって。私、どうにかしてた。自分から進んでこの力を手に入れて使っていたのに、いつの間にか恐れるようになってた。自分にしか守れない命があるって気づいてなかった…でも、社長はそのことに気づかせてくれた。それでも、なかなか踏み出せなくて、戦うことに迷いがあった…けれど、戦ってる社長を見て勇気が出た。これも全部…全部、社長のおかげ。だから、今度は私が社長を助ける番!お願い、一緒に戦わせて?」
「…もちろん。イイに決まってるじゃん。一緒にあいつ倒して、またアイス食べよ?」
「うん!」
「そうと決まれば…行くよ!レナ!!」
「えぇ!!」
二人一斉に飛び出して、まずは手当たり次第に、周囲の柱を破壊していく。自分一人で戦っていた時とは違う、背中を預けられる相手がいるからこそできる戦い方。タイミングを合わせて互いを踏み台にして、地上に降りたり、建物に頼ることなく空中で攻撃を繰り出し続ける。今までよりもより高速で、より強力に。2分もかからず、すべての柱を破壊することができた。だが、そこまでやっても靄の再生は止まらない。
「やっぱり、本体がいる…!」
「だとすると、今の今まで本体が靄と一緒に直接攻撃してきてないってことは、本体の攻撃能力は低いはず。問題は、本体のいる場所…」
「…もしかして、まだ本体は地中にいる?」
「地中…?」
「社長も知ってる通り、コラプスは地下から突き破って出てくる。その法則が当てはまるのなら、今も靄だけでしか攻撃してこない本体の姿が一切見えないのは…」
「ずっと地中に潜み続けているからか...!そうとなれば、レナ!アレをやるよ!」
「了解!アレね。」
二人とも垂直に大ジャンプして、トウキョウ全体が見渡せる程の高さまで飛び上がる。両手を街と重ね合わせるように突き出して、息を合わせながら叫んだ。
「「キュアダブルフルバースト!!!」」
放射状に放たれた数々のビーム攻撃が、次々と地中を地表に変えていく。すると、南西部に亀のような平たい体形のコラプスが姿を現した。
「何かいる!あれが本体…?」
「レナ!とにかく、近づこう!一気に懐飛び込んで、決着をつける!!」
自由落下を使って本体に近づく。すると、向こうも私たちの存在を感じ取ったのか、体表が凸凹と変形してビームのようなものを何本も撃ってきた。
「くっ…これじゃあ近づけない!」
「なに弱気言ってるの、社長。頑張って避けるしかないの。このビームの弾幕の中なら、靄が追撃してくることもないわ。息を合わせて避け切りましょう!」
忙しなく迫り来るビームを、互いに声を掛け合いながら、左右に旋回して避けていく。ビームの熱が、自分の頬を通じて伝わってくる。
「あっつ!!ビームを初見で避けてるこっちの身にもなれっつうの!」
「文句言わない!あと少しで間合いに入れるんだから!」
「でもやっぱりこういう時は、一気に突っ込むに限るわ!」
「はぁ…どうなっても知らないよ!」
「社長は私がそういうやつだって知ってるでしょう?」
レナが落下のスピードを加速させたのを見て、自分も一気にコラプスへの間を詰めていく。すると、急にビーム攻撃がピタリと止んだ。
「よし!今がチャンス!レナ!さっきよりもデカい一発いくよ!」
「了解!社長!」
しかし、油断大敵とはまさにこのこと、コラプスはこの時を見計らっていたかのように、ビームを拡散して撃ってきた。
「きゃあ?!」
「社長!くっ…打ち尽くしたんじゃなかったの?」
「レナ…」
「社長!大丈夫?立てる?!」
「大…丈夫。けど、右の、腕が…」
「私がサポートする!次の攻撃まで多分時間がない!向こうが撃ってきたのと同時にやるわよ!」
自分の左手をレナが支えるようにしながら、狙いをつける。掌に気持ちを集中、全身を流れている血管を意識しながら、エネルギーを貯めていく。
「…!レナ。手、震えてる…怖い…?」
「大丈夫。怖くないって言ったら嘘になっちゃうけど、守りたい人がここにいるんだもん。負けてられない!」
両者のエネルギーが臨界に達する。ビルの壁やアスファルトにひび割れが起き、道路が陥没していく。
「「ここからいなくなれ!!」」
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ある夏の日。お得意先との話し合いのついでに、レナの好きなアイスを買って帰ることにした。
コラプス被害で減っていた住人が戻り、この街も徐々に活気を取り戻しつつある。
「寄り道せずに帰らなきゃ。みんなの魔法少女さんのアイスが台無しになるまえにね!」
これから先、どんなことが起きても、自分たち二人の仲は引き裂かれることはない。これから先、この街はどんな変化を遂げるのだろう。1年や10年先の未来、さらにその先のためにも自分たちは、戦いつづける。




