穏やかな時間
(久しぶりね、あの時はありがとう)
(ええ、元気になってよかったわ)
艶やかな美しい毛並みのペリは長い首を、私が伸ばした掌まで下して触らせてくれる。
聞こえる声は優しく、心配してくれていたのだと伝わる。
「本当に…ペリはニアが好きなんですね」
私が差し出した林檎を大きな歯でしゃくりとかじり、甘い果汁をこぼしながら夢中で噛み砕いている。その様子に驚くフィリア。
「ペリは、やさしい」
最後は私の掌に零れた果汁を長い舌で舐めとり、ヒヒンと鳴く。
私が目覚めて月を一月跨いだ。
最近は本格的に気温が上昇し、リリィが用意してくれる服は半袖に変わって生地も薄くなっている。
傷が完全に治り、少しずつ体力が戻ってきて、今日は非番のフィリアと庭を散歩していた。
「失礼しますね」
フィリアは私を軽々抱きかかえると、ペリに素早く跨る。
私を鞍の前にちょこんと座らせ、その後ろでフィリアが手綱を取りながら、包み込むようにして走らせた。
私の体を心配してか、ゆっくり歩くペリに、頬をなでるやわらかな風が心地よく、髪がふわりと揺れる。
「大丈夫ですか?」
フィリアの声が頭上から落ちてくる。
「うん、風が、きもちいいね」
その返答に安堵したような、そうですねと優しい声がまた落ちてきた。
陽の光を浴びた木々の葉がきらめき、涼やかな風に揺れる草花の間を静かな時間がゆったりと流れていた。
濃い緑が広がった丘の上までくるとペリから降りて、枝を広げた木の下で、リリィが用意してくれたランチバスケットを広げた。
「はい、少し辛めのサンドイッチです」
「ありがとう」
フィリアが渡してくれたサンドイッチを頬張ると、馴染みのある味。胡椒と粒マスタードをきかせた少し辛めの味付けが口の中に広がり表情が緩む。
その表情をみてフィリアも満足そうにサンドイッチを口に運ぶ。穏やかな時間が流れる。
「…ニア」
食後の紅茶を飲んでいると、ふと低いフィリアの声が私に向けられる。
「はい?」
視線を向ければ、先程までの柔らかい表情が引き締まり、眉が少し下がっている。
「…実は、現王アルセイド陛下からニアに会いたいと言われています」
(きっと今まで、私の体調を気にかけて断ってくれていたんだろうな)
これまでの事の顛末を聞いていた私は、今の今まで目通りを命じられていないことの方が不思議に感じていた。
「はい」
素直に返事をする。フィリアは少し複雑そうな顔をしている。
何も言わず、優しい大きな手が私の頭を撫でる。
(…陛下に会わせるということは、それだけ周知されるということ…まだ素性が分からないのに…)
大きな不安を抱いている声が響く。フィリアの思うことは、私も思うことだ。
誘拐もされてしまう程、知っている人はニュムペー族だと勘違いする程に似ている容姿。
しかも、ニュムペー族だと断定も、否定も現状できない状態で、また狙われてしまう可能性だってある。
(ようやく、体調が戻ったというのに…)
複雑な心の声が胸に響く。私も不安だ。それでも、フィリアの気持ちを軽くしたいと思った。
撫でる手を両手で包み込む。
「だい、じょうぶ。フィリアが近くに、いてくれる…でしょ?」
首を傾げれば、口角を優しく上げて頷いてくれた。
「ええ、もちろんです」
(必ず、誰からも守ります)
その後は、また再び穏やかな時間が過ぎていく。




