蔓
厚い石壁に囲まれ燭台の火が壁の水染みを照らす。格子窓から月夜が微かに入り今の時間を知らせる。簡易なベッドは暖もそこまで取れない薄い毛布が一枚あるだけで、全身包んでも寒くて体が震える。
(今何日経ったんだろう)
空気も冷え切った牢の中で日々続けられる発生練習に言語の習得。間違えれば鞭で打たれ、見覚えのある足枷はこの牢の中しか動けない短い鎖で繋がれており、うっかり魔法が使える事を教えてしまった為に、首には足枷と同じ素材で作られた冷たく痛い首輪に中に魔具が入っているのか、全身から魔力が失ったかのように、願っても魔法が出ない。
(こんな日々を半年も続けたんだ…)
昔の私が記憶を無くすのも理解できるほど、十歳の少女には過酷で、前世の私ですら耐えられない。日々削られる精神に体力。ご飯だけは温かい物をだされるが、最低限の栄養で死なない程度の量しか出されない。
(皆に…会いたい)
一度知ってしまった温かな人々を恋しく思う。短い時間だったけど、大切にしてくれ、微笑みかけてくれた。それだけで心は救われていた。涙を流す気力さえなく、ただ格子窓から見える月を見つめる。
コツコツと前にも聞きいたことがある音が地下のこの牢に近づいてくる。
「…生きてるね」
予想は当たり、淡いピンクの瞳に綺麗なブロンド髪の女性が縦に規則正しく連なっている格子前に立っている。私の姿を見るや、腕を組み
「歌えるようになりそう?」
(歌えてたら…逃がしてくれるのかな)
何も返事をしない私に小さなため息を漏らす。
「歌えても、パルフィの病を治せなかったら処刑だしね…」
そう悲しい現実を突きつける。
私が一体何をしたというのか…記憶もなく奴隷になっていて、皆が口々に言うニュムペー族に似ていると勘違いしているだけだ。私にそんな凄い力はない。私はまた格子窓の月を眺める。
(もう…なんでもいい)
投げやりになっていた私は、歌の指導がない唯一の静かな夜の時間を邪魔されたくなくて、彼女を無視した。するとその様子を少し面白そうに、微笑すると
「これで…どうにかなるかは、貴方しだいよ」
そう言い、真っ黒いグローブの中から綺麗な手を出し、ぱらぱらと何かを撒いた。
気が済んだのか、またコツコツと音を響かせて去っていく。
(誰なんだろう…)
自由に動いているように見える彼女を誰か尋ねても、きっと私は理解できない。
彼女が何を撒いたのか分からず、ただ地面に視線を送る。何も見えず、また視線を月に戻した。
薄い意識の中で、嫌な足音が響く
(…きた)
月は隠れ太陽が昇った時間にいつも聞く足音。それは指導者の足音。
格子前に立つと、肩を上げごほんと大きな咳払いをする。
「生きていますか?朝食です。食べたら始めますよ」
そう食事を中に入れようと、鍵を開けようとしたとき
ドンッと大きな爆発音が屋敷内に響き渡る。驚いて私も指導者も目を見開く。
「な、何事ですの!!」
ガシャンと人の朝食を投げ出され、去っていく。そしてシャリンと金属が床に落ちる音が聞こえた。
(鍵!!)
格子の向こう側に指導者が落とした牢の鍵が落ちていた。私はすぐさま格子の間に手を伸ばす。
(と、届かない)
力いっぱい手を伸ばすも、首輪が邪魔して思うように伸ばせない。あと少しなのに。
(鍵がとりたい!!)
そう願った瞬間だった。何もないと思っていた床から、小さな芽が出てきた。
(え…)
その新芽は次々出てきて冷たい石畳を緑に埋め尽くしていく。驚きただ、伸びていく緑を眺める事しかできない私をよそに、頭上では大きな音や人の慌ただしい声が聞こえていた。
(か、鍵)
みるみる成長した芽は蔓となり格子の向こう側に落ちていた鍵を掬い上げた。
(意思があるみたい)
その蔓は鍵を拾い上げると、そのまま何本ある鍵の中の一本、この牢の鍵だけを持ち上げて鍵穴に差し込む。カチャと音がし扉が開いた。思わず立ち上がり出ようとする。
「っいた」
鎖が私を引っ張り戻す。頭上で起こっている騒動に紛れて
(抜け出すなら今しかない!)
乱暴に自分の足を鎖から引っ張る。ガクッバキと物騒な音が響くが全身にアドレナリンが巡っているのか痛みを感じなかった。
(抜けろ!!抜けろ!!)
必死に足を引っ張る。ガシャンガシャンと虚しい音だけが響き、先ほどまで広がっていた蔓が私の足と枷の間に何重にも巻き付いてくる。
まるで、痛みを軽減してくれるみたいに。そして鎖が繋がれているベッドの足にも蔓が何重にも巻き付き始める。するとミシミシ音が鳴りだし、やがて木材で出来ていたベッドの足が折れる。
(やった!!)
私は立ち上がり牢を抜け出した。走って階段を駆け上げる。石の螺旋階段は長く、昇っていく度に、地上での争いの音が大きくなる。
ドンッ
「兵を呼べ!もっとだ」
「闇よ相手の視界を奪え!」
大勢の兵の怒号が飛び交う。階段を登り切り、石の厚い扉の前まできた。取っ手に手をかけて引くがビクともしない。
(ここにいた時間さらに非力になってる…お願い!力をかして)
先程から石の階段を駆け上がる度に足元に緑を生やしクッションを作って助けてくれた足元の緑に助けを求める。
すると、また地面から蔓が伸びてきて取っ手に巻き付いていく。私も一緒になって全体重をかけて扉を引っ張る。
ギギギギと重い音を鳴らしながら扉がゆっくり開く。隙間から辺りを見渡すと、先ほどまでの怒号が聞こえない。静まり返った屋敷内。
(な、なにが起こってるの?)
屋敷は所々に大きな穴が空き、崩れ落ちている部分もあり、最初に通った豪華で冷たさの感じる城が無残な形となって荒らされていた。
(…今しかチャンスはない)
ゆっくり扉から体を出し、物陰に隠れながら最初に来た時の記憶を思い出し、廊下を進む。
(わっ…)
廊下には無残にも切り付けられ息絶えている兵士や氷付けにされている兵士が何人も倒れていた。
久しぶりの外の空気が冷たく鉄臭い、思わず両手で鼻を覆う。
(これ…見つかったら殺される)
恐怖で体が震えながらも無我夢中で走った。
「おい…」
背後から聞こえた声に全身の血の気が引いた。
誰かなんて振り返らなくても分かる。
「お前…どうやって抜け出しだ」
(パルフィ…)
恐る恐る振り返ると、私に向かって片手を挙げて、いつでも魔法を発動できる状態のパルフィが怒りで肩を震わせながら私を睨んでいた。




