淡いピンクの瞳
(温かい)
全身を何かに包まれて、それが温かく心地よかった。
しかし体が小刻みに振動していて、眠気眼だった意識もはっきりしてきた時に、自分は毛布にくるまれて運ばれているのだと理解した。
(そうだ、パンに眠らされたんだ)
ホットミルクからは馴染みの味しかしなかったのに、いつの間にか意識が遠のいていたのを思い出す。きっと何か入っていたんだ。現に全身を覆う毛布を剥ごうとしても体に全く力が入らない。
耳をよく済ませると、荷台に乗せられているのか、ガタガタと車輪がレンガの上を転がっている音がし、少し籠って馬の地面をける音がする。
あんなに気を付けてと皆から言われていたのに、そして誘拐している張本人のパンにも言われたのに。
易々と誘拐されている自分にあきれ返る。
(もう、誰が私を誘拐しているのか、逆に辿った方がいいかも)
そう開き直る事にして、静かに連れていかれた。
長い時間運ばれたと思ったら馬が止まり、話し声が聞こえてくる。
(誰?パンじゃない)
声の主は男性三人ほどで、パンの声は一度もしない。
「ーだぞ、承諾書はー」
「これー持ってー」
「確かに、ではー国へのー何の要件ー」
全体の会話は聞き取れないが、フィシオロゴ国から出ようとしているのは理解できた。だがどの国に入ろうとしているのか聞き取れない。
(出国するのはまずいのでは?!)
ここまで私が冷静だったのは、心の片隅でフィリアが助けに来てくれると高を括っていたからだ。いつだって助けに来てくれたフィリアへの信頼が、ここにきて難しいと感じた途端、不安や恐怖が襲い掛かる。
「いいだろうーへ」
(門番さん!!止めて!この人誘拐犯です!!)
心の中で叫ぶも、声も体も動かない。
願い虚しく、門が開く音が聞こえ、また振動と馬の走る音が聞こえる。
(あぁ国を出てしまった)
私はどうなってしまうのだろうという不安と一番最初に目覚めた時に、私は傷だらけだった事を思い出すと背中に汗が伝う。
いくら回復魔法が使えると理解していても、痛いのは嫌だ。しかも回復する前に死んでしまったら元も子もない。
(何て無力なんだ)
ガクッと肩を落としながら、ふいに私は思い出す。リリィとフィリアの会話を。
ー
「気づかれましたか?!花が咲いています!」
「お家のお花は1週間に1度変えているのですが、今日が変える1週間目なのです。ですが、見てください。私達が来た廊下の花瓶の花は、もう変えたかのようにキラキラ咲いています。」
「1週間なので、もちろん枯れはしませんが、さすがに少し萎れているものです。」
「もしかしたら、本当に。」
「朝から素敵なことが起こりましたね。さて朝食をとりましょう。」
ー
(花…もしかしたら)
頭の中でペオーニアを思い浮かべる。大きいと不審がられるかもしれないから、小さな道端に咲く花の大きさで
(どうか…花を咲かせて)
きっと等間隔に咲いたペオーニアを見つけてくれるかもしれない。真っ暗で何も見えないけど、できるかもしれないと、私は大地に呼び掛けた。
長い時間揺られ馬が止まる。まだ体に力が入らないまま怖くて眠っているふりをした。
ガサガサ布がすれる音が聞こえる。すると大きな扉が開く音が響くと、荷台の中を動かしていた男性が声を出す。コツコツと靴が鳴る。その音は高くヒールだとわかる。
「お待たせ致しました。言われた少女を連れてきました」
「ふん。見せよ」
「今は薬で眠らせております。目覚めても指一本動かせません」
「…無力効果の薬か」
「はい」
ガサガサと音が近くなり、急に顔が冷気に触れた。冷たくて、一瞬瞼が震えた。運んだ男性は扉から出てきた女性に話しかけ、返答した女性は冷たく、高貴な方と分かる口調だった。
私の顔を見ているのだろう、怖くて瞼を閉じたままの私に、ふっと女性の笑った息がかかった気がした。
「ーぎゃああああ」
少しの静寂の後、男性の大きな悲鳴が響き渡り、思わず瞼上げた。
「…お前の務めは終わりだ」
視界には首に一本線を入れられた男性が痛みに悶え、手で慌てて傷口を抑える姿だった。
(え、え)
人が目の前で傷つけられる姿など前世でも無かった場面に、心臓が大きく波打ち、血の気が引く。見たくないのに体が固まって目を見開いてしまう。
「やはり、起きていたか」
涼しげな眼差しと視線が合う。淡いピンクの瞳は可愛らしい色なはずなのに、温度を感じない。長くウェーブのかかったブロンドの髪は彼女の美さを際立たせる。真っ黒で足首まであるグローブを纏い、高いピンヒールを履きながらも重力を感じさせない動きだ。
女性越しに悶えていた男性は大量の血で水溜まりをつくり息絶えていた。
唇が勝手にガタガタと震え、奥歯も音を鳴らす。怯えている私に女性は口角だけ上げ、笑みをつくると
「安心しろ、お前は殺さない」
そう告げると、右手を挙げる。すると扉から数名の鎧をきた兵士がやってきて私を抱え上げる。
「あの方の所へ運べ」
「は」
女性はそう命令すると、またコツコツとヒールの音を鳴らしながら、扉の中へ入って行った。




