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平凡だった私が生まれ変わったら森の神様に好かれ龍人に愛される物語  作者: 茜雫桂香


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ホットミルク

(私は、誰なんだろう)


 私を連れ去ろうとしていた者は、闇魔法の使い手だとフィリアは教えてくれた。

 また、私に対して物を扱うように接していたことから、親族関係者ではなく、依頼されていると判断したともフィリアは教えてくれた。

 元々、どこの誰なのか。連れ去られる目的は何か、また夢の声は誰なのか。疑問がたくさんありすぎて皆が帰り、ベッドの上で布一面に咲き誇る花の刺繍が、まるで庭園のようで月夜に照らされて美しい掛布団をじっと眺めていた。


(あったかい飲みものほしいな)


 寝付けない夜に、よく前世ではホットミルクを飲んでいたことを、ふと思い出し大きなベッドからずり落ちる様に降りると、両開きの扉の片方だけを少し開けて廊下を覗く。


(誰もいない)


 当たり前だが、今は皆寝静まっている時間。厨房に行っても誰もいないかもしれない。

 それでも、ここ数日ずっと眠っていたからか頭が冴えて寝付けそうにない。

 等間隔に小さな明かりが灯っており長い廊下に敷かれた紺色の絨毯が一本の道になって照らされていた。厨房までの道は階段を降りた右奥にあると知っている。そこまで小さな足でとことこ歩き出す。

 昼間に見る廊下は太陽の光を浴びて、壁に掛けられた絵や天井絵や生けられた花を美しく生き生き魅せる。反対に夜は、静かでカーテンで閉め切られ月の光も入らず、頼りの明かりもぼんやりとして心許ない。

 前にリリィが、元々龍族は夜目が利くので明かりはいらず、人間族のみ明かりがないと見えない為。夜は自分で明かりを持って行動すると。しかし、私が夜怖くないように、また眠気を妨げないように、優しい明かりをフィリアが設置してくれたと教えてくれた。


(ついた)


 広い家の中を歩くのは運動になると感じながら、大きな厨房にたどり着いた。明かりは灯っていないが、壁の高い位置に横に長い窓があり、そこから光が入る。


(さて、飲み物はどこかな…)


 正直貴族の家の作りを理解していない私は、厨房にさえ来れば冷蔵庫たるものがあると想像していた。

 その考えも虚しく、広い厨房は何かを作るための器具しか置いていない。壁には鍋やフライパンなどがかけられている。中央には大きな四角いテーブルがあり、そこで食材を捌いたり、盛り付けたりするのだろう。掃除が行き届いていて清潔だ。

 しばらくうろうろしていたが、ただ窓から入る夜風に身を冷やすだけで、部屋に帰ろうと肩を落としていた時。ぱっと厨房に光が灯る。驚いて入り口に視線を向けると、そこにはパンが立っていた。


「…こんな時間にいかがしましたか」


 眉に皺を寄せて、訝し気に私を見る。驚きと悪いことはしていないのに、嫌われていると分かっている者に向けられた視線に更に体が冷えるのを感じる。


「あ、あの、あた、たかい、のみ」


 言い終わる前にパンの小さなため息で遮られた。


「そこの椅子に座ってください。今温かい飲み物を出します」


 料理人が休憩するようなのか小さな丸い椅子に視線をやり、厨房の奥の戸の中に入って行った。言われた通りに椅子に座り待つと、直ぐに小鍋にミルクを入れてパンが戻ってきた。すると厨房の端に並べられた火口に小鍋を置き、石をカンカンとこすり合わせて火を起こすと温め始めた。


(や、優しい)


 パンは私をよく思っていないのを知っているが、直接言われた訳でも、態度に出されたこともないので、そっと知らないふりをしているが、フィリアに仕えるメイドなだけあって作業はテキパキとしている。背中越しにパンは話しかけてくる。


「こんな遅い時間に一人で出歩いてはいけませんよ…本日フィリア様から行動に注意するように言われましたよね?」


 子供を窘めるように、少し呆れたような声が聞こえる。


「はい…」


 小鍋の中のミルクを木べらで混ぜながら続けてパンは


「…いくら屋敷の中がフィリア様が張った結界で安心とはいえ用心することに越したことはありません」


「はい」


 温め終わったのか、火を消し大きな食器棚から子供用のマグカップを取り出しミルクを注ぐ。


「どうぞ」


 目の前にはホットミルクに少し甘い匂いがするマグカップを置かれる。


「…あ、あり、がと」


 お礼を伝え両手でマグカップを包み込み、息を少しかけて口に運ぶ。飲みなれたホットミルクの味と、はちみつの甘さが口の中に広がり、冷えていた体を温める。


(優しい味…)


 湯気で潤んだ瞳でパンを見上げると、いつの間にか私の横にあった丸椅子に腰かけていた。


「お、おい、しい」


 緩んだ表情でお礼の意味をこめて言うと、先ほどまで無表情だったパンの顔が少し険しくなる。


(そんなに露骨に嫌わなくても…)


 周りに誰もおらず、私だけだからか、いつも無表情なパンからは珍しく表情豊かだ。ついじっと見つめてしまうと、パンの皺の入った使い込まれた手が私の頭を撫でた。


(…こんな小さな子供の、どこが呪い子なのか…)


 心の声は少し戸惑っているような、震えているような声だった。表情とは合わない心の声に私は瞳を泳がせた。


(それでもフィリア様の為、私の命に代えても守らなければ…)


 何か迷っている疑念から決意に変わるとき、ゾッと鳥肌が全身に立つ。


「あ、ぱー」


 カシャンとマグカップが床に落ちる音が厨房に響く。急に意識が飛ぶ感覚に襲われ体が丸椅子から崩れ落ちる。それをパンは受け止め抱き上げる。


「ごめんなさいね」


 小さく苦しそうな声が耳を通ったが表情は見えなかった。



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